第三十二話
◆竜也視点◆
何がなんだか解らない。
僕は、伊藤役員からアリスが裏切っている事を告げられ責める為に会議室を訪れた。
そこでは普段どおりのアリスが淡々と僕を打ちのめした。
そして僕が完全な敗北を認めると突如、陽菜さんが現れた。
そして僕を慰めているところに今度は叔父さんまで。
もはや僕の頭は混乱の局地にあった。そろそろどこかから【ドッキリ大成功】というプラカードが出されるんじゃ無いかと考えていると。
「竜也君? 平気かね?」
「ああ。すいません叔父さん。ところで何でここに?」
「何でも何も。顔合わせだよ。今日からここの会社の役員になるんでね」
「へぇー。そうなんですかぁ…………って!? 役員っ!?」
僕はがばっと顔を上げるとアリスを見た。
「言ったでしょう? この会社に詳しい人間をヘッドハンティングしてるって」
確かに言っていたが…………。
「だからって何で叔父さんがっ!」
「取引相手だからこそ会社の内情を知り尽くしている。そして問題の社員のお目付け役としてこれ以上の適任は居ない。この話が本格的に動き出したときから私は天川秀雄をスカウトしていたのよ」
その瞬間全てが繋がる。アリスの思惑。天川の叔父さんがやけに僕と陽菜さんの仲を認めていた件について。
僕は憑き物が落ちたようになるとアリスを見つめる。
「なっ。なによっ?」
珍しくうろたえるアリス。
「流石はアリス。僕の完全に負けだよ」
相談をした時点で全てを解決する布石を打っていた。そんなアリスだと気付いたからこそ僕は素直に負けを認める事ができた。
「いやー。めでたい! 今日は俺の出世も決まったし、陽菜の安全も確約できたし。こうして竜也君が家に来てくれたんだからな」
叔父さんは缶ビールを片手に酔っ払っている。あれから会議は解散となり、僕は叔父さんに是非にと誘われて天川家を訪れたのだ。
「いや。ですからそれは全てここにいるアリスの計略なんですって」
ちなみにアリスも一緒だ。やつは拒否したのだが、面倒ごとは最後までつき合わせる為にあるのだと僕が手を離さなかったから渋々ついてきた。
「竜也さんそればっかり。私が素直に感謝してるんだから受け取ってくださいよ」
陽菜さんがさっきから僕の功績を押し上げようとしてくる。
だけど、完全にアリスに負けた状態でそれを誇れるほど僕は図々しくない。
「もういっそ。竜也君。本当に娘と婚約しないか?」
先日の僕と陽菜さんが付き合っている疑惑についてはあくまで保険だったので解除している。今の僕は完璧に彼女居ない暦15年の無垢な少年である。
「あらあら。それはいいわね。陽菜。偶には戻ってくるのよ」
母親まで悪乗りする始末だ。
「いやいや。僕らはまだ結婚もできない年齢ですから。そもそもこんなの絶対おかしいよね!?」
僕の抵抗も酔っ払いの両親には通用しない。結局僕は叔父さんが酔いつぶれて寝落ちするまでの間、相手をする事になった。
「陽菜さん。叔父さんをベッドまで運んできたよ」
あれから。アリスはタクシーを呼んでさっさとホテルへと引き上げていった。
僕はと言うと、親戚なんだから遠慮はしないでと叔母さんに言われてので今日は天川家に泊まる事になった。
「ありがとうございます。竜也さん。結構力あるんですね」
「何? 僕が人一人も運べないぐらい非力そうに見えた?」
実際の所ギリギリだった。叔父さん達の部屋が1階でなければ不可能だっただろうね。
「だったら私の事も運べますよね? 二階の部屋まで運んでもらえますか?」
そう言って両手を広げてくる。
「陽菜さん。もしかして酔ってる?」
いくら僕でも異性を気軽に抱けるものではない。
「ふふ。そうかもしれませんね」
問題が解決したからなのか彼女の笑顔がやたらと眩しい。
そういえば、昼間に見たときの化粧をした姿。あれも凄く似合っていたな。
今は化粧を取っているせいなのか幼い顔立ちに見えるけど、女の子って本当に凄いよね。
「竜也さん? あんまりじっと見つめられると恥ずかしいんですけど」
「ああごめん。綺麗な顔してるなと思ってただけだからね」
「きっ…………」
何故か顔を赤らめる陽菜さん。事実しか言ってないのにどうしたのか?
暫くの間深呼吸をしている。
やがて気持ちが落ち着いたのか向き合う陽菜さんは澄んだ瞳を僕に見せた。
「この度は。天川家の危機を救っていただきありがとうございました。父も母も私も感謝しています」
「こっちこそ。こう言うと失礼かもしれないけど、今後の為に良い経験ができたよ」
今回の事で、僕は自分というものを見つめなおす事ができた。
お金は力である。それは間違いない。だが、ただお金を持つだけでは強者足り得ない。
理不尽を覆すにはまだまだ経験が足りない。僕の目標に到達するにはまだまだ足りない事があると学べた。
「竜也さん。お礼をしたいのでちょっとだけ目を瞑ってもらえますか?」
「まいったな。本当に僕は何もしてないのにさ…………」
そういいつつも目を瞑る。彼女はどんなお礼をしてくれるのだろうか?
「じゃあ動かないでくださいね」
彼女が正面に立つ気配がする。
仄かなリンスの香り。そして胸をざわつかせる陽菜さんの体温が身近に感じられる。果たして彼女はこの状態からどんなお礼をするつもりなのか――。
「んっ」
唇に何かが触れた。柔らかくしっとりとしてそれでいて吸い付くような感触。
くすぐったさが残るものの刺激的で…………ずっと感じていたい感触。
僕が目を開けると目の前には陽菜さんの顔があった。
やがて彼女は離れると極上の笑顔を見せ付けると。
「私のファーストキスです。これは宣戦布告ですから」
不敵に宣言するのだった。




