第三十一話
◆竜也視点◆
伊藤部長から全てを聞き終えた僕は急ぎトイレを出て会議室のドアを開ける。
「アリスっ! どういうことだっ!」
「騒々しいわよ竜也」
中にはアリスとアリスの秘書の人。それにこの会社の社長の他にもう一人、僕の父親ぐらいの年のスーツ姿の男性が立っていた。
「僕の事を嵌めておいてよく言う! 今回のことは全部お前が仕組んだらしいじゃないかっ!」
アリスは僕の後ろに視線をやると。
「伊藤…………しゃべったの?」
威圧するように伊藤部長を脅した。
「悪かったなアリス嬢。つい口がすべってもうたんや」
「まあいいわ。そろそろネタばらしするつもりだったもの」
興味を失ったのかアリスは伊藤部長から視線を外すと。
「それで。結果として竜也。あなたには誰も救うことは出来なかったわ。その自覚はあるのかしら?」
アリスの言葉が僕を抉る。
「お金があれば何でも出来ると思ったの? 私が絶対に裏切らないと思ったの? 大金が掛かってるのよ? 時に人は数千円のために人を殺すわ。これがビジネスの世界。始まるまでの間にあなたは何をしていた?」
アリスの叱責に悔しくて手が震える。
「入念な乗っ取り工作に内部へのもぐりこみ。そして完璧な資料の用意。そのどれも私がやったのよ? 竜也はただお金を出してついてきただけ」
頭に血が上った。そんな台詞をアリスからだけは聞きたくなかったから。
「だっ、だったら他にどうしろっていうんだよっ! この場に入ってしまえばアリスの舞台なんだよっ! どうしょうも無いじゃないかっ!」
僕の情けない嘆きが会議室に響く。
「そんなの。方法なんていくらでもあるわ。そこの社長を買収して株を譲渡してもらうとか。私より先に、51%まで株を買い付けるとかね」
アリスの言葉にはっとする。確かにその通りだ、これは僕とアリスがタッグを組んでいる仕掛けだと思っていたのだが、社長から買い付ければ保有株式で逆転が出来る。
その上で、過半数を取ってしまえば筆頭の座は揺るがない。僕は自分の手で全てを決められたはずだ。
それなのにそれをしなかった。つまり僕は…………。
「はは。なんだよっ。救うと言っておいて結局口だけだったのか」
自分より弱い相手を圧倒的な力でねじ伏せることは思いつく。
だが、自分より格上相手に立ち向かうことは愚か、自分が泥を被るのは怖がる。
僕はそこらにいる子供だった。目の前が暗くなる。
◆三人称視点◆
竜也の目からぽろぽろと涙がこぼれる。先程まで我慢していたのに。緊張の糸が切れたのか次々に。
「うっ…………くぅ…………ちく…………しょう」
そこに居るのはただの子供だった。大人たちの世界でギリギリのやり取りをするトレーダーの竜也ではなく。中学を卒業したばかりのただの少年。
「竜也。今は敗北を心に刻みなさい。それはあなたの財産になるのだから」
目の前には自分を打ちのめした相手が存在する。竜也はぐるぐる回る頭の中でそれをおぼろげに聞いていた。
そんな竜也に近寄る人間が居る。
茶髪のソバージュのウイッグを脱ぎ捨て素の髪を見せ付けた――。
「竜也さんは口だけじゃありません」
その声は会議室に響いた。
竜也は顔をあげてその声の主を見る。
「陽菜…………さん?」
「ええ。そうですよ」
「どうして…………ここに?」
まだ頭が働かない竜也は陽菜の姿をみても理解できない。最初から会議室にいた秘書の正体が陽菜だったという事に。
「アリスさんに言われて。ちょっとしたアルバイトです」
先日、アリスから会議の資料配りのバイトという名目で誘われてこの場に留まった。
「いや…………えっ? だって…………」
「それはどういう事かしら? 天川さん」
「だってそうじゃないですか。結果として私が助かったのは竜也さんがアリスさんにお願いしたからですよね?」
「えっ? 陽菜さん何言ってるんだ?」
混乱する竜也をよそに陽菜は説明を続ける。
「今回の件、もし私の事が無ければ単なる乗っ取り騒動だったと聞いています。ですが、貴女は竜也さんから相談を受けたからこそ私を救う手順を追加した。違いますか?」
「間違っていないわ。でも竜也は貴女を救えなかったのよ?」
「その通りだよ。僕は結局自分が手を汚すことを嫌って何もしなかった。救うといっておきながらとんだ偽善者だよ」
アリスの言葉に竜也が頷く。
「それは過程の話です。結果として私は救われたんです。これが竜也さんの思惑と一致している以上は竜也さんの勝ちです。目的を果たしてるんですから」
「確かに…………その通りではあるわね」
「お。おいっ! それどういう意味だ? だって、役員の排除できなかったし。陽菜さんを苦しめた奴の父親だって在籍が…………」
そこで一人の人間が竜也の前に立った。
「その事で迷惑を掛けたね。今後は私がしっかり管理していくから安心したまえ」
「えっ。その声は……………………」
先日電話越しに話した相手であり、子供のころから何度か話したことのある風貌。どうして今までこの人がこの場にいるのに気付かなかったのか。
全てが一致した瞬間竜也は叫んだ。
「天川のおじさんっ!」
目の前に居るのは天川陽菜の父親にして新役員でもある天川秀雄だった。




