第三十話
◆陽菜視点◆
「それで。あなたはどうするのかしら?」
会議が終わり。後任の役員を待つ時間。
「どうとは? 何に論点を当てているのかはっきりいってもらわないと解りませんけど?」
それは奇しくも先程アリスさんが竜也さんをやり込めるのに使った言葉です。
私は意図的にそれを使いました。
「竜也は答えを出さなかった。そしてあなたは救われない。その事について私に恨み言の一つもあるんじゃないの?」
それは覚悟を決めている顔でした。
アリスさんにとっては私は赤の他人。だからこそ――。
「その前に。私をここに連れてきた意味をそろそろ教えて貰えませんか?」
私は自分の姿を見直します。
高いスーツに身を包み、メイクアップアーティストに化粧を施させて、更にはウイッグまでつけさせられました。
「あなたが竜也を過大評価しているようだったから。現実を見せてあげようと思ったのよ」
あくまでもポーカーフェイスを崩さないアリスさん。そんな彼女に私は。
「それって嘘ですよね?」
「何故……そう思うのかしら?」
拍子を置いて彼女はそれを口にした。
「先程の会議についてです。私には伊藤執行役員さんがなんらかの余裕があるように見えました」
それは僅かな違和感でした。緊張感が漂う会議。
確かにアリスさんはこの場において最高株主です。
だからこそ伊藤執行役員を含めこの会社の社員が彼女を恐れるのは解ります。ですが……。
「竜也さんだって次席株主です。この会社において十分な地位を得ているのです。それなのにあんなに強気に交渉してくるものでしょうか?」
相手は伊藤執行役員よりも権力を持つ存在。竜也さんがその気になればどうとでも出来る。普通に考えると不評を買うような態度は取るはずが無いのです。
「それは。私達を子供だと思って舐めてたのだから当然では無いかしら?」
子供の株主だからこそ強気で脅しに来た。アリスさんはそう言います。
「でも。それだとアリスさんが中断させた時の態度もおかしいですよね?」
彼女が割って入った時、両者は素直に聞き入れている。竜也さんはアリスさんを信頼しているから仕方ないにしても、良く知りもしない伊藤執行役員まで引き下がるのは可笑しな話です。
「だとすると。何故伊藤執行役員、いえ、今日からは伊藤部長は何を根拠に強気に交渉していたのかしら?」
あくまでもすまし顔のアリスさん。だけど、私の次の一言に表情が変わりました。
「全て。アリスさんに仕組まれた事なのではないですか?」
「何故……………………………………そう思ったの?」
今までで一番長い沈黙の後彼女は聞いてきました。
私が最初に感じたのは小さな違和感でした。
「まず。私の両親があなたからの電話で竜也さんとの婚約を認めた件について」
感情の高ぶりから冷静に判断できませんでしたが……。
「おかしいですよね? よく知りもしない人間の言葉なんて普通は疑って掛かるべきです。それなのに両親は口を揃えて言いましたから。私と竜也さんが婚約していると」
ご丁寧に自分が話したとアリスさんは認めています。
「そんなのは竜也が一般人よりも資産を持っているという事実があるのだから、秘書が居ると思い込んでも不思議ではないでしょう?」
資産家だと解っているのだから両親が婚約を信じる。彼女はそういいました。
「それにしたって裏づけが取れてません。私は両親にその話をした覚えはありませんし、竜也さんの両親も話さないでしょう。であればどうして家の両親は貴女の言葉を信じたのでしょうかね?」
私の疑問に対してアリスさんは沈黙を選びました。では次の話をしましょう。
「先程。アリスさんは自分の説明を終えるタイミングで噛み付いてきた伊藤執行役員の対応をあっさりと竜也さんに投げましたね? どうしてでしょうか?」
「元々そこの説明は竜也がする予定だったのよ。その方が貴女を苦しめていた相手に引導を渡す事が出来る。そう考えた上での役割分担だったわ」
「そうですか? でも。人事権を握るのは筆頭株主のアリスさんですよね。事前に私に対してそう説明されていたはずです。自分の人事にケチをつけた人材。つまり反逆する意志がある人間を会社に残したのは何故ですか?」
いくら使える人材だからと言って、簡単に上に噛み付くような人間を雇っていたいだろうか?
答えはすぐに出ます。アリスさんは優秀な人材を求めています。この場合の優秀さの一つには自分に対して従順というのが条件についている。つまり。
「今回の会議はアリスさんによって仕組まれたモノです。予め有力者の何人かに指示を出して竜也さんを追い込むようにした。そうじゃありませんか?」
私の解答は的外れでしたでしょうか?
アリスさんの瞳を見ます。
そのエメラルド色の瞳は私をじっと見つめており、内心を推し量る事は出来ません。
「……仮に。私が伊藤執行役員を操ったとして何の為にかしら?」
どうやら正解らしいです。
「それは竜也さんを鍛える為ですよね?」
アリスさんの性格からして、私が意見した程度であのような動きをするはずがありませんでした。
恐らく、元々の計画としてあのタイミングで止めに入る予定だったのでしょう。
その証拠に、先程三人だけになった時、彼女の口調は説教をしている以外は竜也さんを突き放しては居ませんでした。
まるで、出来の悪い弟に問題の解き方を教えるように。
そしてそれを解くのを見守るように竜也さんを見ていました。
「だとすると、私は貴女の不幸を利用した事になるわ。竜也を鍛えると言うのなら、貴女を救わなければあの子の信頼は私から離れていく。違うかしら?」
鍛えるのは良い。だけどそれで関係が崩壊してしまったら本末転倒ではないか?
彼女は私に問いかけました。
私はその問いに対する答えを既に得ています。
「ええ。ですから。既に私を救ってくださっているという事ですよね?」
完璧主義で完全無欠の天才。であるならばこそ、自分が請け負った仕事は完璧でなければ気がすまないはずです。
「そう。貴女の事を侮っていたようね」
私が確信しているのを見て言い訳をやめました。
「もう入ってきて良いわよ」
彼女はドアの外に対して呼びかけました。
「まさか我が娘ながらそこまで頭が回るとはね……」
私は入ってきた人物を見ると驚きの声を上げました。
「おっ、お父さん!」
そこにはスーツ姿に身を包んだ私の父が佇んでいたからです。




