第二話
「どちらへ連れていってもらえるのでしょうか?」
夕飯時になり家を出た僕らは隣り合ってショッピングモールを目指した。
理由はわざわざ言うまでも無いのだが、食事をしに行く為だ。
「晩飯にはまだ時間が早いからね。とりあえず買い物かな。天川さんは何か欲しい物無いの?」
春休みの間だけという短期滞在らしいのでそれ程仰々しい荷物は持ってきていないらしく、足りない物も幾つかある事だろう。
「えっと。シャンプーを持ってきていないのでそれと。…………下着ですね」
下着と言ったあたりで僕の方を向く。
「へ、へぇ……。シャンプーはともかく着る物は結構持ってきてたんじゃないのかな?」
彼女が持ってきた荷物はリビングにおいてあった。ボストンバックが三つ。それなりに衣装は入っていたように感じる。
というか年頃の美少女が下着とか言わないで欲しい。妙に気まずい。
「もちろん用意してますよ。ですが、折角なので下着は竜也さんの好みに合わせようかと思いまして……」
「い。言ってる意味が解らないです」
流し目を送られた。笑顔を浮かべている様子から完全に僕をからかっている。
自然と僕の視線が彼女の顔から逸れて胸元へと行く。
同い年という事だからもうすぐ高校生。それなりに発展途上な胸はそれなりに気をつける必要は確かにありそうだ。
更に視線を下にやる。スカートの隙間から覗く太ももが目に入る。
それはとても艶かしく刺激的で、僕はこれまでの人生で他人の太ももを凝視した事は無いと断言できるが、フェティシズムというものが存在する事を知っている。
教室で同級生が『胸フェチ』『尻フェチ』で言い争っているのを遠目で聞いていたが、彼らの主張が今ならわかる。
太ももには科学で解明できない何かが詰まっている。そう思いました。
「あまり見つめられると恥ずかしいです」
はっとなって顔を上げると天川さんと目が合った。それはもう恥ずかしそうな顔をしてこちらを見ている。
なるほど。『胸』や『尻』『太もも』なんて関係ない。僕は『美少女フェチ』だったらしい。
非常に眼福でありました。
「あの……竜也さん?」
「ごちそうさまでした」
「えっ? まだ何も食べてませんけど?」
「いやっ。それじゃあとりあえずドラッグストア行こうよ。あそこなら大抵の物は揃いそうだし」
思わず拝んでしまった。失言である。僕は言葉の意味を解りかねている天川さんの背中を押すと考えを纏めさせる前に歩かせるのだった。
「それじゃあ、各自欲しい物を買ったら店の外で良いかな?」
ドラッグストアに到着するなり僕は宣言する。
「えっ? 一緒に周らないのですか?」
天川さんが驚きの声を上げる。
「そっちも僕に見られたく無い買い物とかあるでしょ?」
相手は女の子である。先程の下着選びの冗談はともかく、男には見せたくない物もあるに違いない。
居候という事で彼女から切り出し辛いと思ったので僕から言い出した。
そんな僕の言葉が理解できたのか、彼女の顔が優しく変化する。
「ありがとうございます。それじゃあ店の外で」
弾むような動きで店内へと入っていく彼女を見送った。何か良い事でもあったのか?
そんな訳で僕も店内へと入っていく。それにしても良かった。一緒に周ろうといわれなくて。
僕は迷う事無くドリンクコーナーへと向かった。
目的の物はジャスミン茶だ。僕はこれを愛用している。
口に含むと仄かに香る爽やかな味わいは癖になり、最近ではこれでないと飲む気がしない。
そんな訳で外出ついでに買っておこうと思ったのだが、この選択は失敗だった。
「峰岸君。こんにちは」
一瞬。ビクリと肩が震える。
「や。やあ。二階堂さん。元気してた?」
「うん。一応……元気だよ。それにしても卒業式いらいだね」
そう言って顔を逸らす。……気まずい。こういう事態を想定していたからこそ僕は天川さんと別行動をとった。保険が利いた形である。
僕は声を掛けてきた彼女を観察する。腰まで届く長髪にパッチリとした瞳。明るい雰囲気で誰にでも親しく話しかける気さくさで親しまれる存在。
同級生曰く、全体的に規格外。二階堂茉莉花だ。
「あー。そうなるね……えっと」
「むー。ちゃんと目を見て話してよ」
彼女はそういうと僕の頬を掴んで自分の方に向けさせる。その際に、彼女の方から仄かに花の香りが漂ってくる。
「いや。ごめん寝不足でさ」
僕は咄嗟に言い訳をした。実際に最近は睡眠時間を削ってるので眠いしね。
「株取引のやりすぎかな?」
彼女を含む極一部。本当に少数の同級生は僕が何をしているのか知っている。
実際の所、取り扱う金額がすでに学生のそれではないので要らぬトラブルを巻き起こさない為に隠すように助言をしてくれたのが目の前に居る彼女だった。
「そうなんだよね。朝は9時からだし、終わるのは午後3時半だからさ。休む間が無いんだよね」
更に付け加えて親戚の娘さんの世話もある。
「少しは体を動かさないと春休み終わったら苦労するよ?」
「確かにそうかも……。だけど時間がなー」
夜は夜でやらなければならない事が多々ある。
「だったら。早朝にジョギングとかどうかな? 私なら付き合うよ?」
そう提案してくる。心なし嬉しそうな様子で顔を近づけてくる。
整った睫と色っぽい唇が目に入る。
彼女が魅力的な女の子である事は再度認識するまでもなく知っている。
彼女を意識しているのがばれないように僕は面倒くささを装う。
「んー。朝は面倒だからパス」
彼女もわかっているのだろうに。二人きりで行動することがどれだけ気まずいのか。更に株取引は結構頭と体力を使う。疲れた状態でやって判断を誤ると大きな損失になりかねない。
よって僕はジョギングを断った。
「じゃ、じゃあ。夕方は? 今日だって出かけてるし平気だよね?」
必死な様子を見せる二階堂さん。
僕はその様子を見て確信する。
「よっぽど好きなんだね」
「えっ?」
「ジョギングだよ。僕の目は節穴じゃないからね。二階堂さんはジョギング仲間が欲しいんでしょ? だけど僕は体力が無いからさ。残念ながらあしでまといになりそうだから遠慮しておくよ」
僕とてスポーツ万能少女の日課を邪魔するつもりは無い。だが、彼女と走るのは殊更不都合が生じる。
ジョギングといえば一定の速度で走り続けるのだ。つまり…………。
彼女の我侭な胸のあれが揺れる姿を長時間見続ける事になってしまう。男子ともなればお金を払ってでも実現させたいシチュエーションではあるが……今の僕には彼女に対してそういう感情を持ってはいけない。
「峰岸君って卒業しても変わらないよね。残酷なくらいに」
「うん? なんでそんな可哀想な人を見るような目をした?」
まるで残念な人を見ているようだ。
……解せぬ。同世代で他人の顔色とチャートグラフを読み解くことにおいては抜きん出ている僕に対して何と言う態度。
「またジャスミン茶なんだね?」
「うん。これないと生きていけない。いつも隣に無いと落ち着かないんだよね」
僕は胸を張ってそう答えた。
「そういえばジャスミン茶ってどうやって作ってるか知ってる?」
そんな意味ありげな視線を彼女は僕へと向けてきた。
生憎な事に知らない。それが美味しいからと言って原材料が何かなんていちいち調べたりしないからな。
「そういえば知らないな。興味はあるけど」
「原材料はね……私だよ?」
「はいっ!?」
僕の驚いた声が店内に木霊した。瞬時に周囲を見渡すと注目されている。
「ふふふ。驚きすぎだよ」
「二階堂さんが変な事言うからじゃん」
笑われたことに対する抗議を上げる。
「ジャスミン茶は花茶って言われててね。茶葉に花の香りを吸着させた物を言うの。それでその花の名前が茉莉花。つまり私の名前なんだ」
「へぇー」
それは知らなかった。つまり茉莉花イコール自分の名前だから原材料は自分だと。これは一本取られたな……。
だがしかし、このままやり込められてしまっては僕としても面白くない。
同級生相手にマウントを獲られたまま別れたとなればランキングホルダーとしての沽券に関わる。反撃しておくとしよう。
「つまり僕は茉莉花無しでは生きられない体になっているって事だね。僕は茉莉花を愛してるわけだし」
僕がそう言うと茉莉花――二階堂さんの顔が目に見えて真っ赤に染まった。
茉莉花の花弁は白か黄色かピンクである。これじゃあまるで薔薇みたい。
「なななななっ! いっ! いきなり何をっ!」
動揺を隠しくれない二階堂さんに僕は作戦成功とばかりに。
「何焦ってるの? 僕はジャスミン茶の話をしてただけだけど?」
「なっ!」
暫く口をぱくつかせていた二階堂さんだったが、やがて冷静さを取り戻すと。
「……本当に。私無しでは生きられない体にしてあげるんだからね」
そう捨て台詞を吐いて立ち去ってしまった。顔を真っ赤にして睨みつけられたので少々からかいすぎたかな?
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