第二十八話
◆陽菜視点◆
『夜分遅くに失礼するわ』
電話の相手はまるで悪びれる様子も無く、社交辞令を口にしました。
「……平気です。まだ眠れそうに無かったので」
先程あったやり取りで気持ちがささくれている私は電話の相手を警戒しました。
『そう。もしかして竜也と喧嘩でもしたのかしら?』
まるで見ていたかのような質問に。
「だったらどうだと言うのですか?」
私は気がつけば喧嘩口調で答えていました。
『別にどうにも。ただ、あの子もまだまだ子供だから。足りない部分があるのは仕方ないわよね』
その言い方が私を更にイラつかせました。
「竜也さんは子供じゃありません。彼はそこらの大人だって太刀打ちできない立派な人です」
それは先程父親から聞いた評価であって私の評価ではありませんでした。
『そう。まあどうだって良いわね』
むきになる私に対し温度差を見せ付けるような態度。
それがどうしても許せませんでした。
「どうだってよくありません。竜也さんは私の事を考えてくれるそこらの同級生が及びも寄らない大人な人です。それを捕まえて子供だなんて………………訂正してくださいっ!」
まるで自分の方が竜也さんの事は良く知っているとばかりの態度に私は嫉妬したのだと思います。
『…………そこいらの同級生と違って、ね。あなたは竜也の事をちゃんと見てるの?』
「ど、どういう意味ですか?」
『あの子はただの子供よ。少しお金の稼ぎ方が上手い。そこそこの才能を持ったただの高校生』
「そんな訳ないじゃないですか。過去に茉莉花さんを救って、そして今回私を助けてくれる。そんな人がただの子供な訳ありますか」
電話越しに溜息が聞こえた。
『まあいいわ。それよりあなた。週末は暇かしら?』
私はその問いかけに答えました。
#目の前__・__#ではアリスさんが役員達を相手に話をしています。
堂々と立ち上がり、時には真剣に、時には笑顔を見せながらも周囲を取り込んでいくのが傍目にみても理解させられました。
そして横に目を向けると、竜也さんが真剣な顔で資料を睨みつけています。その表情は強張っており。
アリスさんの言葉の全てを聞き漏らさないように。自分の出番を待つ役者のようにカチカチに緊張しているのが解りました。
アリスさんが話し始めてから10分が経過しました。
「それでは次の議題ですね。役員の解任及び、新役員の紹介についてですが――」
「ちょっち待てやっ!」
アリスさんの声を遮ったのは比較的近い席に座っている一人の男性でした。
「どうかしましたか? 伊藤執行役員」
アリスさんの呼びかけに男性は答えます。
「どうもこうもないっ! 何故わしを含む数名の役員が解任されにゃならんのだっ!」
恐ろしい顔つきに私は自分が責められている訳でも無いのに嫌な気分になりました。
目の前にいる男性は、相手が子供だと解っているからなのか荒い声を上げて恫喝しているのです。
伊藤執行役員。父に嫌がらせしている佐伯の上司にあたる人間です。
「その件についてですが…………」
アリスさんはそこで一端言葉を止めると。
「峰岸竜也氏より報告させて頂く事になっています」
目の前では竜也さんが席を立ちながら男性に対して説明を行っています。
たどたどしく、声を震わせながら。
見ているこちらがハラハラします。
時に相手に資料の不備に対する問答を投げかけられた際には「すいません」と謝りながら。
それでも怒りをぶつけられようとも譲歩する事無く。
相手の男性も生活が掛かっているのでしょう。時には苛烈に、時には宥めるように。そして時に同情を誘うように竜也さんに対して手を変え品を変え譲歩を引き出そうと。
自分の地位を守ろうと食い下がっていきます。
ただ、私は事前にアリスさんより説明をされていましたが、この会議の採決の決定権は筆頭株主の意見が優先されるのです。
だから本来であれば、彼女が強権を発動させれば目の前で騒いでいる役員の言葉など一蹴できるのです。それなのに――。
「ええ加減にせえよ。仕事ってのは遊びとちゃうんや。多少の不正な支出があったからと言うてもそれが、会社に貢献してる可能性もあるんじゃ。そんぐらいわかれやっ!」
「で、ですからっ! 先程から申し上げているように。それでは会社の公平性に欠け、従業員の気持ちが会社から離れてしまうんですよ。僕はこの会社をクリーンで公平な会社にしたいと思ってですね――」
相変わらずの平行線。いえ、竜也さんの方が分が悪いです。
相手とは社会経験が違う上、男性は竜也さんが子供で与し易いと判断したのか強引な展開に持ち込んでいますから。
傍から聞いていておかしな理屈も、直接ぶつけられては混乱してしまうのか今の竜也さんはどこからどう見ても焦っています。
私はこっそりとアリスさんに近寄ると。
「もう良いんじゃないですか?」
「そう? あなたが良いならそれで構わないけど?」
口出しするつもりも無く、自室で寛ぐ時のようにゆったりとしているアリスさんはそう答えました。
「どういう意味でしょうか?」
私はそんなアリスさんの意味深な態度が気になりました。
「今。竜也が必死になって戦っているのはあなたの為なのよ。それが見るに耐えないというなら私が終わらせてもいいわ。だけど、竜也の心には、”自分が何も出来なかった”という意識が残る。これは竜也の将来を考えれば大きなマイナスになるわ」
アリスさんは淡々と語った。大人相手に一度退いてしまえば残るのはただの少年である峰岸竜也だと。それではこの先何をするにしても大成する事は出来ないと。
「そっ、それでもっ! 私は竜也さんに傷ついて欲しくないです」
目の前で肩を震わせながら踏みとどまる竜也さんをこれ以上見ていたくない。自分のエゴだと言うのは理解しています。
「…………そう。あなたの気持ちはわかったわ」
アリスさんはそう言うと背もたれから腰を上げた。私はその動作が竜也さんを救うモノだと疑う事無くホッとしました。
「そろそろ宜しいのではないですかお二人とも」
議論に熱くなっている二人に対して声を掛ける。
男性は舌打ちして。
竜也さんは明らかにほっとした様子です。
心の奥ではアリスさんの助力を期待していたのがわかりました。
伊藤執行役員の方は筆頭株主が出張ってきたという事で面白く無さそうですが……。
だけど、次の瞬間それは崩れました。
アリスさんがした発言によって。




