第二十七話
◆三人称視点◆
「はぁ……」
溜息が室内に漏れた。
「やっちゃったな」
ポツリと独り言が漏れる。
「だけど他にどうしろっての」
竜也は泣きそうな顔をすると弱気な言葉を出した。
彼は以前に茉莉花を救う際に同じような経験をしている。
それは、彼女が自分のファンクラブを嫌がって竜也に相談してきた事が切っ掛けだ。
長年避けられていると思っていた竜也だったが、茉莉花が相談して来た時は嬉しくて親身に相談に乗った。
結果は相談事は解決した。
その時は学校の上層から圧力を掛けてファンクラブを潰す力技だった。
そして同時にそれは二階堂茉莉花という少女が学校で孤立する結果を生む。
無理も無い。ファンクラブを強引に解散させるという事は中学校という狭い水面に岩をぶち込むようなもの。
ただでさえ、人気があった茉莉花のファンクラブだったので、今まで抑え付けていた不満は噴出した。
当時、竜也は自分が関わったと解らないように上手に大人達を使って事に及んだ。
だが、茉莉花がファンクラブを疎んでいたと言う情報はどこから共無く駆け巡る。
結果として、彼女は学内の多数を敵に回す事になった。
結果が出たとき竜也は唖然とした。
自分が解決した事によって茉莉花が孤立してしまったのだから。
そんな竜也に対して茉莉花は『ありがとう。これからの事は気にしないでいいよ』そう言ってくれた。
その瞳は寂しそうで、その小さな肩は何かに耐えているかのようで、竜也はその時茉莉花に対して負い目を感じていた。
「今度は上手くやってみせる」
だからこそ竜也は拘る。
身内が幸せであればそれで良いと。
茉莉花の事は今でも負い目がある。だからこそ陽菜の案件を完璧に完全勝利で終わらせなければいけないのだ。
「大丈夫。僕ならやれるはず」
竜也の目に力が篭る。それは今まで誰にも見せた事の無い決意の瞳。
◆竜也視点◆
「さて。そろそろ行くわよ」
アリスの確認に僕は無言で首肯をしてみせる。
建物の入り口を抜けると大理石の床とエントランスが目に付く。
その奥には受付があり、そこでは受付嬢が二人来客への対応をしていた。
「アリス=ゴールドマンと峰岸竜也よ。アポイトメントは取ってあるわ」
アリスは物怖じしない態度で受付嬢へと声を掛けると。
「えっ? あなた達が………………?」
一瞬受付嬢の顔が驚きへと変わった。
「準備が整い次第案内させて頂きます。そちらのテーブルでお待ちください」
そう言ってテーブルへと誘導された。
「あの受付嬢。首にしようかしら」
カップのコーヒーを啜るとアリスは物騒な言葉を飛ばしてきた。
「なんでだよ?」
ごく普通の態度だった。今もこうして僕とアリスに珈琲を運んできてくれたぐらいなのだ。
何処が気に入らなかったのか?
「私達が名乗ったときに『こんな子供が?』って思ったわ」
「考えすぎだろ」
「いいえ。私の推測は外れない。竜也も知ってるでしょう?」
「まあ…………ね」
目の前でこいつの力を嫌というほど見てきた僕だからこそその真実を珈琲と共に飲み込んだ。
「全く。竜也の事を子ども扱いするなんて失礼だわ」
「自分は子供扱いされてないとさり気なく言うのはやめろよな」
女性は年齢が推し量り辛いと聞く。目の前で着飾ったアリスは多分にもれず年齢が不詳に見えても仕方ない。
対する僕は高級スーツに身を包んではいるものの、若干浮いているのは否めない。
確かにスーツなんて着慣れて居ないからな。
「そんな事より今日の手順はわかっているわね?」
アリスが真剣な顔で聞いてくる。
「うん。とりあえず役員六人の降格処分と今後の運営方針に対する指示だよね」
事前にアリスが作成したプレゼン資料を見て予習してある。
今回の件は筆頭株主と次席株主が共同で会社に対して異を唱えるという騒動だ。
「そうよ。竜也は出来の悪い案山子のように突っ立って私の言葉に首を縦に振り続けるのがお仕事よ」
「それはどうかとおもうんだが…………」
アリスの言い方は辛辣だ。これでも僕だって並の大人には負けないぐらいには資産があるんだけど。その辺を考慮するともう少し評価されてもいいんじゃあ?
「そ。じゃあプレゼンは竜也に任せていいかしら? 私はお茶でも飲みながら賛同だけしてるから」
「ごめんなさい。アリス様にお任せします」
勘弁して欲しい。役割的にどっちがやっても成立するけど、会社の重役相手にプレゼントか勘弁して欲しい。
途中でどもったり、言葉を忘れたりしたら恥だし。
何より今回は相手に舐められては不味い。ただの買収問題じゃなくて陽菜さんの人生が掛かっているだから。
僕は脳裏に先日まで居候していた少女の姿が浮かんだ。
「竜也?」
「あっ。ごめんなんだっけ?」
反応が遅れた僕に対してアリスが不審な目を向けてきた。
「…………まあいいわ。本番では女の事で惚けないことね」
僕の心情まで汲み取っているのか、辛辣なアドバイスだ。
「お待たせしました。準備が出来ましたので会議場までご案内いたします」
受付嬢が呼びに来た。僕は手にかいた汗を握り締めると脈打つ心臓の鼓動を抑え付けながらも後へとついていくのだった。
「皆様におきましては多忙な中、私の招集に応じていただき有り難く思います。早速ですが自己紹介をさせて頂きたいと思います」
隣ではアリスが堂々と立ち周囲の大人達に向けてスピーチを行っている。
「まず私がこの度、この会社の株式を20%保有するに至りました【アリスカンパニー】代表取締役のアリス=ゴールドマンです」
アリスの言葉に周囲の大人達がどよめく。
「続いて隣におりますのが……」
アリスは僕にも挨拶しろと促してくる。
僕は席から立ち上がると周囲を見渡した。
僕とアリスが立っているのはUの字のテーブルの真ん中。
三人が座れる真ん中にはアリスで右に僕。左にはこの会社の社長が座っている。
株主の筆頭から3位までの席順だ。
全員の視線が僕へと集中する。その視線に僕は頭が真っ白になった。
「えっと……あれ? 僕は…………」
まずは何を言えばいい。名前。それから保有株数?
それから会社名……は無い。
頭が混乱してどうすれば良いか解らない。
「彼はこの度この会社の次席株主になりました峰岸竜也氏です。保有株式は全体の15%。会社を経営しているわけではありませんので個人となります」
「よ……宜しくお願いします」
痺れを切らしたアリスが何とか対応してくれた。
「それでアリスさん。今回は会社の重大な方針転換があるという事で呼ばれた訳ですが。それはどのような物ですかな?」
僕がホッとしているとアリスの隣に座る社長が全員に聞こえるようにこの会議の主旨を問うてきた。
「そうですね。今回の会議において何が一番大事かと申しますと、この会社の経営状況についてお話をさせていただきたく思います」
あくまでも凜とした雰囲気で場の主導権を握っていくアリス。
「それではまず資料を配らせて頂きます」
そう言って手を二回叩く。そうすると――。
ガチャリ
会議室のドアが開き、そこからスーツを着た女性が入ってきた。
腰まで届くブラウンのソバージュに整った顔立ち。化粧により着飾られた姿は一瞬会議場に華が紛れ込んだのかと錯覚するぐらいに全員が注目していた。
入ってきた彼女はアリスの指示に従い、資料を全員の机に置いていく。そして最後に僕の元へ来ると。
フワッ
なんとも良い香りのコロンと共にかすかに落ち着く匂いが漂う。
そして僕はこんな時だというのに心臓が跳ねた。
先ほどまでの気圧されるような圧迫感ではなく、年上の女性に対する過剰反応だった。
彼女は役目を終えたとばかりにアリスの後ろへと立った。どうやら出て行かないようだ。
「さて。まずは資料の1ページ目からですね。まずは会社の現状及びに対処すべき課題についてですが――」
僕はアリスが大人達に向けて説明をする間、真剣に資料に目を通し続けるのだった。




