第二十六話
◆竜也視点◆
「どういうことだっ! 説明しろっ!」
僕は今電話の相手に向かって怒鳴り声を上げてきた。
『だから。幾つかある作戦の内の一つよ。婚約者が居る状態で手を出すなんて世間体が許さないわ。これならあの子も高校生活でストーカーから身を守れるはずでしょ?』
「そんなの最悪、架空の相手をでっち上げりゃいいだろっ! 何で、陽菜さんの両親まで信じ込むような話が出来上がってるんだよっ!」
先ほど、部屋で色々考えこんでいたところ、陽菜さんから電話があった。
僕から逃げるように実家に帰ってしまった陽菜さんだけに心配していた僕は即座に通話ボタンを押したのだが……。
『婚約ってどういう事ですかっ!』
寝耳に水の話を聞かされた。何でも両親からとある伝手で僕と陽菜さんが良い仲になっており、将来を誓い合いたいと言っているらしいと。
今度の週末に僕が、身なりを整えて天川家に挨拶をしに行くから予定を空けておいて欲しいとか。
僕は始め、この話を聞いた時、そんな馬鹿なと思った。
両親同士が勝手に婚約者を決めてしまうというストーリーは良くあるのだが、陽菜さんと僕に関してはそう言った事が無いのは確認済みだったからだ。
僕はその場で興奮する陽菜さんを宥めると通話を切り叔父さんへと連絡してみた。
こういうのは事情を話して誤解を解いてしまったほうが労力の無駄が少ないからだ。
そこで浮上した事実が『アリスを名乗る君の秘書が連絡してきてくれたんだ。竜也君が少年実業家で今度ビジネスの話をしにこちらを訪れると聞いてね。その時に陽菜を貰う挨拶に伺うから宜しくお願いしますと』今日は色々と驚かされてばかりだったよ』
最後の方は全く聞いていなかった。ただ僕には犯人がアリスであるという事だけが刻まれた。
問題は……だ。
『別に良いじゃない。減るもんじゃないんだし』
「いやいや。減るだろ! 精神力だったり時間だったりその他世間体とかっ!」
『その辺は抜かりないわ。竜也の両親にも根回しはしてあるもの』
どや声で答えるアリス。
「ふ・ざ・け・ん・なーーーーーーーっ!」
僕はスマホに向かって怒鳴り声を上げる。
『良いじゃない。少年実業家で資産家で婚約者持ち。誰もが羨むステータスじゃないの』
勘の良い奴だ。僕が叫ぶのを解っていて受話器から耳を離したのだろう。アリスはあっけらかんと答えると。
『それに。あの子の事好きなんでしょう?』
アリスの言葉に僕はうっと喉が詰まる。
『もし私が牽制しなかったらあの子がどうしてたか解るかしら?』
「どうしたって言うんだよ?」
僕は不機嫌ながらもアリスの言葉に耳を貸した。
『ストーカー君と付き合うつもりだったわよ』
「んな馬鹿な……」
とはいえアリスが言うのならそれは真実である事は疑いない。こいつは読みを外した事はないからな。
『それに私も本当に婚約させるつもりは無いわよ。計画の邪魔になりかねないし』
アリスが口にした『計画』という言葉に僕は冷静さを取り戻す。
「アリス…………契約覚えてるよね?」
僕の真剣な言葉にアリスもからかうのをやめて答える。
『片時も忘れた事はないわ』
「ならいい」
その言葉だけで僕は信じる事ができた。
◆陽菜視点◆
『と言う訳で。アリスの根回しの結果だった』
電話を切って待つ事三十分。ようやく竜也さんから掛かってきた電話で私は事態を把握する事が出来ました。
「なるほど。私自身の学校生活の為にやむなくという事ですか…………」
先ほどの婚約話はアリスさんが仕掛けたものらしく、両親はそれを素直に信じたらしいのです。
確かに、婚約者というカードは強力です。略奪愛をするには中学生では経験が足りませんし。世間体を盾に取るのは良い案です。
『僕が相手だと陽菜さんには申し訳ないけど、事態が片付くまでの間だからさ』
電話越しに竜也さんの申し訳ない言葉が聞こえてきます。
こちらこそ申し訳ないと思っているのですが……。
『ところでさ。一つ聞いていい?』
『はい。何でしょうか?』
暫く躊躇ったあと竜也さんは聞きました。
『この話が上がらなかったら陽菜さん。ストーカー君と付き合うつもりだった?』
竜也さんの質問に私は咄嗟に答える事が出来ませんでした。
『やっぱりそうなんだ……』
その言葉には失望が篭められていました。
「それしか……手が無かったんです」
竜也さんに嫌われた。そんな喪失感が全身を覆いました。私は苦悶に苛まれながらもなんとかそれだけを口にしました。
『どうせ陽菜さんの事だから、『自分が我慢すれば誰も不幸にならない』なんて自己犠牲でも発揮したんだよね?』
「………………」
『でもさ。それって他人を思いやっているようで全然、他人の気持ちを考えて無いよね』
「……どういう意味でしょうか?」
『もしストーカー君と陽菜さんが付き合って不幸になるとしたら。茉莉花さんが悲しむよ。そして両親も不甲斐ない自分達を責めるだろうね』
私の脳裏に優しい笑顔を向けてくれた少女と、私を育ててくれた両親の笑顔が浮かびました。
あの人達の笑顔が歪む。それを想像すると嫌な気持ちになりました。
『それに僕だって嫌だよ。陽菜さんがストーカー君と付き合うのなんて考えたくも無い』
それは今まで聞いた事の無い様な感情が篭った声でした。
本心から私が同級生と付き合うのを嫌がっている。竜也さんにしては珍しく嫌悪感を出していました。
「だったら。どうすれば良かったんですか」
私は誰にも傷ついて欲しくなかった。だけど、どちらを選んでも誰かが傷つく。そんなのどうしようも無いじゃないですか。
『誰もが傷つかずに済むなんて理想はこの社会には存在しないんだよ。だから誰もが幸せを掴み取ろうと努力して、時に他人を踏み台にしてまで幸福を目指すんだ』
「そんなの……私には無理です」
それが出来るのなら最初からこんな事になっていないのに。竜也さんは理想を追いすぎて現実が見えていない。私はそう思いました。
『陽菜さんって理想を追いすぎて現実が見えてない。つまり……馬鹿なんだね』
「なっ!」
今まさに私が思っていた事を竜也さんは言いました。
『だってそうでしょ。全員手を繋いで仲良くしましょうなんて何処の童話の話だよ。お花畑にも程がある』
それは今までの竜也さんでは考えられない言葉でした。
「だっ、だったら竜也さんだって。お金に物を言わせて思い通りに事を進めようとしているだけじゃないですかっ! 何処の漫画の悪役ですか!」
私はカッとなると言い返しました。
『そんなの今更だけど。力があるのに振るわないのはただの無能だよ。僕は陽菜さんを救える力がある。だから振るっただけなんだけどそれの何がいけない?』
「それで傷つく人がいるって言ってるんですよっ! 力を振るう前にまずその振るい方を考えるべきではないのですか?」
誰もが傷つかない道なんてありえないかもしれません。だけど、竜也さんはそれを探そうともしないじゃないですか。
『…………話になんないね』
最後に呆れた声がして電話が切れてしまいました。
「……わたし。間違ってないですから」
から元気からでた台詞。誰だって竜也さんが正しい事をしていると答えるのに…………。
私はどうしてこうなんでしょう。本当は竜也さんに守ってもらえて嬉しいのに。素直になりたいのに…………。
私の脳裏に茉莉花さんの、アリスさんの顔が浮かびます。私と違って竜也さんを支えていける能力を持つ二人。
私はようやく整理がつかない気持ちを理解しました。
私は、二人に嫉妬していたのです。守られるだけではなく竜也さんの隣に並び立てる二人に。
だからこそ竜也さんに守られるままが嫌で反発していた。
「……竜也さん」
後悔しても遅い。私はスマホをぎゅっと握り締めます。
ブーブーブ
「ひゃっ!」
突然スマホが揺れ動き刺激された私は変な声を出して赤くなりました。
「まさか。竜也さん?」
期待をよそに連絡先を見ました。そこに表示されていたのは…………。
【アリス=ゴールドマン】
私は通話を受け取る覚悟無くその画面を見つめていました。




