第二十五話
◆竜也視点◆
「ただいまー」
ガチャリとノブを捻ってドアを開ける。
個人的にはガラリと開く引き戸の方が好みではあるのだが、世間における家の入り口は防犯的観点からドアが優勢である。
「おかえり。遅かったわね」
出迎えたのは峰岸家の女帝であられるオカンだった。
「色々あったんでね」
アリスとの買い物から食事やらで時間をとられたのだ。
「そう。でも遅くなるなら連絡はしなさいね」
これでもうちの両親は理解がある。
僕が外出してなにやら大きな事をやっているのは知っていて、それを応援してくれているのだ。
子は親を超えていくのが親孝行。
既にサラリーマンの生涯収入を越えた僕だったが、親に対してはまだまだ頭が上がらない。
以前両親を呼び出して自分の資産を見せた事がある。
当時。毎日のように残業をして仕事の虫の両親に楽をして欲しいと思ったのもあるが、単純に膨れ上がっていく資産に対して不安が出ていたのだ。
僕は資産を見せると両親にこういった。
『僕の資産があれば楽な生活ができる。だからもう無理に働かないでいいよ』
結果として大説教を喰らった。
曰く『子供に養われる親が何処にいる』『仕事は生きがいだから辞めるつもりは無い』『子供が巣立つのは嫁を連れてきた時だ』
僕は怒られながらも、両親に対して尊敬の念を抱いた。
子供に稼がせて堕落する親の話は良く聞く。芸能界やスポーツなどとにかくジャンルは様々だが、子供時代に成功をしても財産の管理は親がするのが普通だ。
海外の子役が売れた事が切っ掛けで両親が不仲になり離婚。そして醜い親権争いに巻き込まれたと言う話を聞いた事がある。
そんな人たちに比べるとうちの両親はなんと立派な事だろうか。
「わかったよ。ところで陽菜さんは?」
それはともかく、陽菜さんだ。
帰る際の様子がおかしかった事もあり気になった。
玄関を見る限り靴が置かれていないのだ。戻っていないのならオカンが慌てるだろうからそんな事は無いと思いたいのだが……。
「ふふふ。陽菜ちゃんなら実家に帰ったわよ?」
次にオカンの口から飛び出たのは信じられない一言だった。
不味い。非常に不味い。
陽菜さんがどんな思いを抱いていたのかは想像に難く無かった。
彼女は恐らく、自分の身と引き換えに不幸になる人間の存在を今日知ってしまった。
心の優しい彼女の事である。心を痛めて部屋に引き篭もっているのだろうと僕は考えていた。
だからこそ戻ってからのアフターケアを万全にするつもりであったのだが…………。
「思いつめて妙な行動をとらないといいんだけど…………」
下手な手を打たない限り状況は勝利確定している。
アリスは着々と不正者を引き摺り下ろした後の人材をヘッドハンティングしているし、僕も外堀を埋めるべく行動中だった。
一体陽菜さんは何を考えて実家へと戻ったのだろう?
そんな僕の不安は後に的中してしまうのだった。
◆陽菜視点◆
「やっぱり陽菜がいるのは安心するな」
目の前では父が機嫌良さそうにタバコをふかしながら晩酌をしています。
峰岸家では誰もタバコを吸わないので、私にしてみれば久しぶりの懐かしい臭いでした。
「本当にね。春休みの間は仕方ないと思っていたのだけど。一人娘が居ないって言うのは寂しいものだもの」
機嫌が良いのは母もです。私が帰ってきた事で今日の食卓は豪勢な食事が用意されています。
「……うん。ごめんね」
私を気遣って両親は私を峰岸家に送ってくれました。そんな娘が突然何も言わずに戻ってきた。その事に対して両親は咎めるどころか暖かく迎えてくれました。
両親は揃って私の在宅を喜んでくれました。
御飯の最中もしきりに「峰岸家はどうだった?」「竜也君は良い男に育ってるようだ」などと電話で話した彼の印象をつらつらと機嫌よく述べています。
食事がある程度片付いたところで、私は意を決して顔を上げました。
「所で陽菜。実は話があるんだ――」
「お父さん。お母さん。話があります」
私は父の言葉を遮ります。真剣な表情で二人に向かう。
今から口にする事は裏切りです。
私を助けてくれると言ってくれた竜也さん。それにアリスさん。
私の事を親友と呼んでくれた茉莉花さん。そして育ててくれた両親に対しても。
だけど、私一人の不幸で皆が救われるのなら。私が同級生と付き合うことで丸く収まるのなら…………。
「私は…………彼と付き合い…………ます」
暫くの間、シンとした空気が流れます。
そして得心をしたような顔で父が言いました。
「話に聞いてはいた。だが、親としては複雑だ」
そうですよね。今までの父の頑張りが無駄になる行為を私はしようとしているのですから。
「お父さんから聞いていたとはいえ、めでたいわね」
どうやら母も複雑そう? というか嬉しそうな顔をしています。
「両親を裏切るのは心苦しく思っています。だけど他に方法が無いのです」
私の事で不幸になる人が居て良いわけがありません。これは贖罪。これまで曖昧な態度で周りを巻き込んできた私の。
「裏切るだなんて。娘が幸せになるんだ。多少は反発するが祝わない訳が無い」
「そうよ。相手は大人を相手に対等以上の関係を築くあの人よ。不満があるわけ無いじゃない」
私は唖然としました。両親揃って反対するどころか大歓迎なのです。
私が知る限り、同級生は何処にでもいる中学生だったと思うのですが、もしかすると竜也さん並のやり手だったのでしょうか?
「二人とも。どうされたのですか?」
何かがずれている。そんな感覚がした私は確認をしました。
「えっ? だってお前……」
「そうよね。あなた……ねえ?」
お互いに顔を見合わせると二人揃って言いました。
「「竜也君と陽菜が婚約するって話だろ? 大歓迎に決まってるじゃないか」」




