第二十四話
◆陽菜視点◆
他人を怖いと思うようになったのはいつの頃からだろう?
最初はただ笑顔を浮かべていれば良かった。そうすれば周りも笑ってくれた。
小学校に入ったばかりの頃、私は男子達から悪戯をされた。
今にして思えば、他に愛情表現の仕方を知らない幼稚な性だったのだと理解できる。
だけど、数多く居る女子の中でなんで自分ばかりと当初は男子達の心無い一言で傷つた。
それから暫く男の子に対して苦手意識を持っていた。
そんな私に最悪の転機が訪れる。
中学に入ると今までの虐めも無かった事になるのか、一度リセットされた関係は思春期の男女という事で急に色気づいた。
様々な男子が私に告白をしてきては振られていく。
そうする事により、私は男子だけじゃなく女子からも距離を置かれる事になった。
彼女らが好意を寄せる相手が私を好き。ただそれだけの事で。
そんな中、私は一人の男子に付きまとわれ始めた。
親の権力を傘にかけての圧力。それは断るには難しく、それでも一歩を踏み込ませるには弱い脅し。
結局のところ、私はその男子を利用していたのだ。
彼に言い寄られている内は、回りも私に同情してくれる。
実際、彼に言い寄られるようになってからは私に対する直接的な嫌がらせは激減した。
私は内心の不幸を嘆く傍らで、現状維持を望んでいた。
高校への入学が決まり。春休みが訪れた。
私は以前より、自分の中にくすぶる気持ちを確かめたく、従兄の住む家に向かった。
そこには、幼い頃に合ったっきりの従兄が居た。
幼さ残る少年の姿に自信に満ちた顔。
私はその少年を見ると妙に安心して、心臓の鼓動が早くなった。
それから毎日充実した時間を過ごした。
彼と話すのは他の男の子と違って怖くなかったし、それ所か時折見せる子供っぽさが可愛いとすら思える。
外見どおりの仕草の中に見える大人びた言動。私は彼の事が気になり始めた。このまま行けば自分の気持ちを整理する事が出来る。そう思っていたのに…………。
予期せぬ同級生の介入から話がおかしくなった。
茉莉花さんに話したのが良くなかったのか?
それ以前に、あの状況を目撃されたのが良くなかったのか?
竜也さんは私の為に行動を開始していたのだ。
最初は当惑しつつも、私の為にここまでしてくれるんだと嬉しく思った。
だというのに………………。
今私の目の前では二人の人間が真剣な顔で打合せを行っている。
それは私の進退を決める話でもあり、他人の人生が決まる話でもある。
私はアリスさんから「別に他のやり方に変えてもいい」と宣言された。
途端に言葉が出なくなる。口では良い風な事を言いながらもいざとなったら自分の保身から何も言えない。
私が黙っている事により、当初の予定通りに進めるようで私はショックを受けつつも心の何処かで安堵していた。
そして長い打合せが終了した。
◆竜也視点◆
「次はスーツを買うわよ」
目の前のアリスは先ほどまでとは違いは溌剌とした雰囲気で僕の手を握ると目的の店に引っ張っていく。
「別に高校のブレザーでもいいんじゃない?」
そんなアリスに対して僕は嫌な表情を全面に押し出す。
「駄目よ。今回。竜也も人前に立つのだから、安っぽい格好をしていては舐められてしまうわ。竜也が舐められると私まで気分が悪くなるわ」
「アリス…………」
思いもよらぬアリスの言葉に一瞬感激するが。
「竜也を見下していいのは私だけなんだから」
そんな事一切無かった。結局のところ、自分のおもちゃが他人に扱われるのが我慢できないだけだったようだ。
「それにしても陽菜さん大丈夫かな?」
僕は先ほどまでふさぎ込んでいた陽菜さんの様子を思い出す。
彼女は打合せが終わって会議室を出たところで「気分が優れないので先に帰ります」と言って去ってしまった。
顔色が悪かったので、よほど体調が悪いのだろう。
「心配なら帰ればよかったじゃない。衣装に関しては私の方で選んでおいたわよ」
特に気にする様子でもないアリスは両手にスーツを持つと色合いを見比べている。
金と桃。どちらを僕に着せるつもりなのか?
「そしたらアリス。とんでもないの用意するでしょ?」
僕達が今選んでいるのはビジネススーツだ。
今回の買収問題に際して、僕も会社の株を保有している。
普段ならアリス一人で話をつけてしまうところなのだが、今回に関しては同席するように命令されている。
そうなると僕にはビジネスの場に着て行く服装が無かった。今回はそれを買う為にこうして店まで足労したわけだ。
「…………竜也って金とか桃のスーツが似合いそう。後はあれね、派手な縁取りの眼鏡も良いかもしれないわ。滑稽さが強調されて」
「おいっ!」
あまりな言いように僕はすごんでみせる。
「くすくす。冗談よ」
そう言って楽しそうに笑ってみせる。普段コミュ障のせいなのか?
こうしてたまに見せる素の表情がどうにも眩しく魅力的に感じてしまう。
「とりあえず、無難にキートンあたりかしら?」
「何処が無難なのっ!? 一着で50万以上するんだけど」
イタリアが誇る高級スーツの伝統キートン。
主な顧客は政治家や資産家などなど。とにかく高級な事で有名。
「たかが100万程度よ。この後、靴とか時計も揃えるんだからね」
アリスはやる気をみなぎらせている。
「いやいや。そこまでする必要あるの? 僕としては今後も体が成長するわけで、今高級なのを買っても短い期間で着れなくなっちゃうと思うよ」
わりと本気で勘弁して欲しい。だけどそんな懇願も虚しく。
「かまわないわよ。私が見たいのだからお金は私が出すわ」
アリスはどうあっても引くつもりが無いようで、機嫌良さそうに高級ブランドの中から僕に着せるスーツを物色している。
「勿体無いと言ってるんだけどさ……」
「平気よ。竜也が成長するたびに新しいのに買い換えるもの」
「着れなくなったスーツはどうするんだよ?」
「それは……仕方ないから私の方で回収しておくわ。いずれ…………必要な時の為にとっておくのよ」
アリスにしては珍しく若干言いよどんで目を逸らした。
「まあ……いいけどさ」
こうまで主張するのならこれ以上は逆らっても無駄だ。
僕は思考を放棄するとアリスの買い物に付き合い続けるのだった。
「うん。やっぱりイタリアンが一番ね」
あれから。ちゃっかり自分のドレスも選び終えたアリスは僕を誘ってディナーへと赴いた。
「そうかな? 僕としては和食も悪くないと思うんだけどね」
目の前でナイフを動かすアリスに対して僕もぎこちなくだが、ナイフを動かした。
このテリーヌだが、ナイフで切るとくっつくんだよね。
「それで。あの子の事どうするつもりなの?」
アリスはナプキンで口を拭くとブドウジュースが入ったグラスを回しながら聞いてきた。
「どうするも何も、陽菜さんが決める事だろう?」
僕は別に自分が全てを救えるような出来た人間だとは思っていない。
実際、今回初めて買収問題の矢面に立つ訳だ。
お金が掛かっている以上、汚い部分に直面する事になる。
罵倒であったり、大人からの怒りの視線。そういった負の感情と対しながら陽菜さんのフォローを完璧にやってのける自信は無いのだ。
「そっちこそ。あんな風に言ったら陽菜さんも萎縮しちゃうだろ」
僕はアリスの発言について言及した。
「それこそ知った事じゃないわ。私にとって大事なのは私と竜也が一緒に行動している事。それ以外は誰が不幸になろうが気にならないもの」
ブドウジュースを口に含む。酸っぱさが苦手なのかアリスの顔が微妙に歪んだ。
僕はアリスからブドウジュースが入ったグラスを受け取ると変わりに僕のリンゴジュースが入ったグラスを差し出した。
「いずれにせよ。あの子が騒いだところで私達がする事が変わるわけじゃないし」
リンゴジュースに口をつけるとアリスは満足げに頷く。どうやら気に入ったらしい。
「ここのレストランの株も買おうかしら」
唐突に呟く。
「でもここは優待無かったよ。確か」
「そう。残念ね」
「それだけお金あるなら別に優待に拘る必要ないんじゃないかな? この前もワザワザ優待のあるカラオケとかレストランだったけど」
アリスに株を教わってから最初に集めたのが優待銘柄だ。
株主に対して色んな優待券が贈られてくるので無料で遊ぶ事が出来る。
アリスと僕はこの優待を消費する為に週末は必ず外出して遊び歩いているのだが……。
「お金がある事と、お得な優待を利用するのは矛盾しないわ。お金を使わないに越した事は無いもの」
どうにも僕はアリスが優待に振り回されているようにも見える。休日のスケジュールはいつもパンパンに詰め込まれていて、右へ左へと忙しなく移動させられる。
「だったら、今からでもスーツのキャンセルを……」
「それは嫌」
「どうして君はそんなにも強情なのかね」
僕の口からついて出る疑問に。
「私が竜也のスーツ姿を見たいからよ」
たまに見せる極上の笑顔に僕は言葉に詰まる。
「スーツが似合わないお子様が背伸びして着ている姿なんて滑稽で面白いじゃない?」
そんな嬉しそうな顔して言わなくても、自分が似合っていないのは承知している。
結局、僕らは食事の後もアリスにつき合わされ、家に帰ったのは夜も遅い時間になっていた。
陽菜さん。もう寝ただろうか?




