第二十三話
◆竜也視点◆
「えっと。もう一度言ってもらえるかな?」
僕は目の前にいる陽菜さんに問うてみる。
「ですから。明日の打ち合せに同行させていただけないでしょうか?」
その声は何処までも真剣で、彼女が心の底から付いてきたがっているのが否応無しに理解できた。
「専門的な話になるから居てもつまらないと思うよ?」
今回の打ち合せは会社の社長へのアポイトメントだったり、法的な株主の取り決めの確認。
従業員の扱いなど難しい話が多い。
成り行きで買収したとはいえ、経営権を持つ以上は会社が傾かないように方針から決めていく必要がある。
「でも。私の為にやってくれてるのですよね?」
陽菜さんにも帰宅の際に話をした。
僕は陽菜さんが取り巻く現状を救ってみせると。その一貫として会社を買収した事も。
「それは…………そうだけど…………」
ぶっちゃけ陽菜さんがいると落ち着かないし邪魔なんだけどな……。
アリスにしてもコミュ障だから他の人間を連れて行くと出てこない可能性もあるし。
最悪、メッセージが送られてきて「今日は中止」となりかねない。
「話を聞く限り、アリスさんもその会社の株を買っているのですよね? つまり私を助けるのに尽力していただいているという事。ならお礼を言わないと失礼になります」
確かに結果を見れば陽菜さんは救われるだろうけど。元々買収問題なんて多くの人間の人生を変えてしまうものだ。
救われる人間が居る傍らでは不幸に落ちる人間も居る。
「お願いします。事態が終わるまでただ待っているだけと言うのは嫌なんです」
とうとう僕の手を握り締めて懇願をはじめた陽菜さん。目元が潤んでいる。
そこまでされると流石に断り辛い。
アリスに後で絶対文句言われるけど……。ハァ……憂鬱だ。
「…………解ったよ」
僕は溜息混じりに返事をした。
人生諦めが肝心なのだ。
アリスと陽菜さんを合わせる事になった。
しかし問題が同時に発生している。
それはアリスが重度のコミュ障であり、陽菜さんもそれ程積極的に話すタイプではないという事だ。
アリスに関しては茉莉花さんとの会話を失敗させた前例もある。
全身がコミュニケーションの塊のような茉莉花さんを相手に失敗するとかどんだけだよと思いつつも、僕は怒るアリスを宥めにまわった記憶は今でも苦いものとして残っている。
チラリとスマホの時計を見る。
現在の時刻は朝の10時をちょっとすぎたあたり。
アリスとの待ち合せが10時なので遅れてはいるが、間もなく登場するだろう。
「駅前のビルってこんな風になってるんですね」
隣に座っている陽菜さんは感心した様子で周りを見渡す。
その表情は微妙にこわばっているので、これから会うアリスに対して緊張しているのだろう。
「ここはレンタル会議室だよ。時間で予約してお金を払えばその間は自由に使えるんだ。プロジェクターなんかもあるからプレゼンも出来るし、防音の個室になってるからね。この中で大声を出してもドアさえ閉めてれば漏れる事は無いんだ」
会議がヒートアップしても平気だ。この中で起こった内容は秘匿される。機密がつまった話をするのには適してた場所だろう。
「プレゼン…………。誕生日祝いとかに使うんでしょうか?」
……なるほど。中学を卒業したばかりの女の子にはビジネス用語は通用しないか。
僕だって、アリスが使っているのを聞いて覚えたんだしな。
「プレゼンテーション。意味は【表現】【提示】【紹介】などね。主にクライアントに対して自社の製品を売り込んだり、企画を紹介したりする事を示すのよ」
気がつけばドアが開き、そこにはアリスが書類を右手で抱えながら立っていた。
「アリス。遅いぞ」
時刻は既に約束の時間を過ぎている。これがビジネスならば相手に悪い印象を与えるのは間違いない。
「あら。ごめんなさい。竜也に会う為の服装を悩んでいたら遅くなったのよ」
まるで僕に気があるような言い草だが……。
「その割りにいつもと変わらない服だよな」
僕の突っ込みはしれっと無視してテーブルの向かいに座るとUSBを投げてきた。
「それが今回の打ち合せに使う資料よ。大事に扱ってね」
「言ってる事とやってる事が違うんだよなぁ」
僕は文句を言いつつもUSBをノートパソコンに繋ぐ。そしてプロジェクターを起動すると。
目の前のホワイトスクリーンにノートパソコンの画面が表示された。
「それじゃあ早速だけど始めましょうか」
アリスは当然といった様子で僕に開始を促してくるが。
「その前に紹介したいんだけど……」
僕の言葉に陽菜さんはぐっとスカートの裾を掴む。
「必要ないわ。その子が竜也の恋人だろうと愛人だろうとやる事に変わりはないのでしょう?」
「……自己紹介の前にアリスの僕に対する認識を改めるほうが先かな?」
こいつは人をみる度にジゴロ扱いしやがって。そっちの方が老若男女惹きつけてるんだぞ。
「えっと。アリスさんとお呼びしても宜しいでしょうか?」
そんなアリスに対して陽菜さんの丁寧な事。胸元に手をやるとお辞儀をする。
「なんとでも呼んで貰って構わないわ」
それに対してアリスは平常運転だった。そんなんだから僕以外に話し相手が居ないんだよな。
「私は天川陽菜です。今回の件、私のせいでお手数をお掛けしてしまって申し訳ありません」
心の底から申し訳なさそうな顔をする。これがアリスなら演技を疑う所だな。
「一つだけ訂正させてもらうわ」
アリスは唐突に首を横に振ると。
「私はあなた個人の為に動いているわけじゃない。あくまでビジネスとして今回の案件を受けているの」
「えっ?」
「今回のビジネスは多くの人間の人生を変える事になるわ。それこそ幸福を手に入れる人間からどん底に落ちる人間まで。竜也、資料の二ページ目を開いて頂戴」
混乱している陽菜さんをよそに僕へと指示をする。
「これが今回どん底に落ちる人達よ。厳密に言うとこの人プラスその家族という事になるわね」
ホワイトスクリーンに映し出されていたのは、六人の人間のプロフィールだった。
それぞれの経歴と役職が書かれており、その横には会社での素行に関する報告が纏められている。
「この人達は数日後の役員会議にて解雇が決まっているの。そしてそれに変わる人員が私の紹介でこの会社に入り込む事になるわ」
アリスはこんななりをしているが、ビジネスについてはやり手だ。既に独自のコネクションを作り、会社を作って幾つかの会社を子会社化している。
今回は子会社化までをしない予定なので、自分の息が掛かった人間を送り込む算段だ。
「なっ。何も解雇までしなくても……」
唐突に突きつけられた社会のリアル。陽菜さんはそれに対して顔を青ざめる。
だが、この世界には都合の良い事はほとんど無い。今リストラ候補に挙がっている人員の中に例のストーカーの親が存在している。
本来なら役員クラスを即座にリストラとは中々出来ない。だが、僕の頼みという事でアリスは無理を通してくれているのだ。
口では冷たい事を言いながらも結局陽菜さんの為に行動しているのは間違いない。
「そう? それなら止めてもいいのだけど……」
アリスはつまらなそうにそういうと。
「それだとあなたのストーカー問題は収まらない。それで良いかしら?」
アリスのエメラルドの瞳が陽菜さんを捉える。
「あっ……うっ」
リストの中によく知った苗字を見つけた陽菜さんは、この打ち合せが陽菜さんの進退を決めるものだという事に気付いた。
「私としては別に構わないわ。会社を操る方法はいくらでもあるもの。極論、この不正をしている人間を脅していう事を聞かせて舵取りをしても構わないわ」
今後の事を考えるならばそれも方策の一つ。
会社を掌握するには一に株式の取得。二に人員の配置。
今や筆頭株主のアリスに意見できる人間は居ない。送り込む人間にしても、出来るだけ手持ちの駒を使いたくないのだろう。
アリスにしてみれば不正を見逃す代わりに従順な駒として扱うほうが楽ではある。
陽菜さんは顔を真っ青にしている。天秤に掛かっているのが自分の幸せか、多数の家族の不幸。
恐らく気の優しい少女だけあって素直に喜ぶ事が出来ないのだろう。
これだからアリスに会わせたく無かったんだ……。
「アリス。この資料の一ページ目のここなんだけどさ、ちょっと疑問があるんだ」
「何かしら? 竜也でも理解できるように作ったつもりなんだけど」
既に陽菜さんは居ないものとして扱っているのか僕に対して悪態をつく。
僕としても陽菜さんが気にならない訳ではないのだが、会議室の時間もそれ程長く居られるわけじゃない。
結局僕も陽菜さんを無視する形で打合せをした。
それから2時間に及ぶ会議の間、陽菜さんはずっと俯いたままだった。




