第二十一話
◆竜也視点◆
目の前には口をこれでもかというぐらい大きく開いた茉莉花さんが座っている。
僕の返事がよほど予想外だったのか、脳が処理しきれていないようだ。
そんな彼女の手元からペットボトルがスルリと落ちた。
「あっ」
僕は慌てて手を伸ばすものの掴む事適わず、ペットボトルは畳の上に転がり、中身をこぼした。
「ごっ。ごめんなさい」
「いいよ。それより何か拭く物を」
僕が周りを見渡すと、干してあったタオルが目に付いた。
「竜也君。これで拭くよ」
いち早くタオルを回収してきた茉莉花さんが慌てながらもそれを拭き取った。
暫くして拭くのをやめてしまった茉莉花さんは顔を下げたまま。
「そっか……。もう対応してたんだ」
そうポツリと呟いた。
「もしかして今日忙しかったのって……」
ハッと顔を上げる。流石に勘がいいね。
「うん。陽菜さんを苦しめてる相手の会社の株を買い占めた。僕が15%でアリスが20%で合計35%だから実質的な経営権はとりあえず支配してるよ」
会社に対する発言力というのは株主の比率によって決まる。まず一番偉いのは筆頭株主だ。
今回、アリスが購入したのは株式全体の20%にあたる。現在の社長が持つ株式は14%だ。
つまりアリスと僕が結託した場合、現社長は三位になるので僕らには逆らう事が出来ない。
「………………いつから知ってたの?」
茉莉花さんの不満を隠そうともしない視線。知っていたなら話せという事か。
「今朝だよ。元同級生が昨日聞き捨てならない捨て台詞を吐いて行ったからね。気になったんで叔父さんに確認したんだよ」
元々何か訳ありだとは疑っていたのだ。陽菜さんの様子を見る限りそういった表情を僕には見せてくれなかったので確証は無かった。
だけど、ストーカー本人が現れてしまっては仮面がはがれてしまったようだ。
心細かったのか僕みたいな従兄に対して寄り添ってきたのは誤算だった。
先日の夜のやり取りを思い出す。
いくら心細かったからといって胸に手を導かれたんだよな。あの柔らかさは犯罪的だった。そりゃストーカーも夢中になるわけだよね。
「…………竜也君。顔が何かいやらしいよ?」
おっと。表情に出てしまっていたようだ。
「同級生と同じ高校って言うのは知らなかったけど。それも別に対処できると思う」
「……まあ。アリスさんと一緒と言うのは納得できないけど。竜也君に任せておけば悪くはならないと思うけどさ」
とても不満そうな表情だ。昔から茉莉花さんはアリスに対して含む物があったからね。
やはり学年一位だけあってライバル視しているのだろうか?
「あっ。でもそうなるとさ」
「うんうん。なになに?」
茉莉花さんはなにやら思いついたようだ。
「私のお願い事は無効だよね? だって竜也君元々行動してた訳だし」
「えっ? そうなるのっ!?」
僕は内心、自分の願い事を他人の為に使える優しい子だと茉莉花さんの事を評価していたのに……。
これはちょっとポイント低いよ?
「なるよ。だって竜也君が勝手にやった事にたいするお詫びだからね。そんなの私のお願いじゃないし」
「確かに…………」
僕は茉莉花さんの言葉に頷いた。伊達に学年三位だけある。頭の回転が速い。
「だったら何が望みなのさ?」
僕は憮然と返した。正直少しだけ彼女を見損なった気分だった。最も先程のような押し方をされてしまったらあまりのいじらしさに恋に落ちる危険があったから幻滅できたほうが都合が良いんだけどね。
僕の内心を知ってか知らずか、茉莉花さんが僕の手を握る。
滑らかで暖かくほっとする手。
「お願いだから、無理だけはしないで。それが私の望み」
その顔は真剣に僕の事を心配していた。そんな彼女の視線に僕は不意を打たれたようで動揺を隠せなくなる。
「むっ、無理なんてして無いしっ!」
僕は咄嗟に顔を逸らす。彼女の視線から逃れなければ不味いと思ったからだ。
「嘘だよ。陽菜ちゃんの叔父さんと話して、私と話してそこからずっと行動してたんでしょ? 竜也君寝てないでしょ?」
「うっ!」
まさかばれているとは思わなかった。
確かにアリスと打ち合わせしてから僕は寝ていない。ここまでの時間が本当にギリギリだったから。
「だからさっ。ほらっ」
そう言って茉莉花さんは自分の膝を叩いた。
「もしかして膝枕? いいよそんなの」
動作の意味は解らなくは無いが、それに乗る意味が解らない。
「早くしなさい。これも私のお願いの一つなんだから」
どうやら本気で僕を休ませるようだ。
こうなっては抵抗しても無駄だろう。
「はぁ。解ったよ。悪いけど2時間経ったらおこしてよ」
少しぐらい寝たほうが思考力も回復するだろう。
何せ、実はそろそろ意識を手放したくて仕方ないのだ。
「うん。任せてよ」
嬉しそうな茉莉花さんの顔が目に止まる。
後頭部は柔らかい太ももの感触が暖かく、目に映る彼女の顔が眩しい。
さらりと彼女の手が僕の髪に触れる。
なんだか母親になでられているようでくすぐったいが、嫌では無い。
「それにしても……」
「ん? 何かな?」
「……なんでもない……よ」
僕は思ったことを口にする事無く目を閉じる。
「ふふ。おやすみ竜也君」
最後に口が動く。果たして僕は返事を出来たのか……。
僕は他人の為に願い事を使える二階堂茉莉花という少女を意識せずにはいられなくなっていた。




