第十八話
◆陽菜視点◆
「本当に何もかもが広いんだね。凄いなぁ」
茉莉花さんが感嘆しながら風呂場へと入っていきます。
そのプロポーションたるや女の私から見ても溜息しかでません。
「茉莉花さん。昨日の私と同じ反応してます」
どうしてこんなに差があるんですかね?
同じ年だというのに……胸の格差社会です。
「そう? やっぱりこれだけ大きいと感動しちゃうよね」
私達が今いるのは施設としてのお風呂ではなく、普通のお風呂です。
「そうですよね。私もこんなに大きなのは生まれて初めてだったので感動しちゃいましたよ」
それと言うのも午前中で一端切り上げてきたからです。
「ほんとほんと。竜也君には感謝しかないよ」
せめてお昼ぐらいは竜也さんと採りたい。特に昨晩は変な会話の切り方をしましたから。
今思えば心臓の音を聞いてもらうためとはいえ、自ら触らせただなんて…………大胆な事をしました。
今更恥ずかしくなってきましたよ。
ふと目の前にいる茉莉花さんが気になります。
大浴場の縁に腰掛けて機嫌よく鼻歌を歌っている彼女。
「そういえば、茉莉花さんは竜也さんと長いんですよね?」
こうして竜也さんの呼び出しに応じてこんな遠くまで駆けつけるぐらいです。
「うん。中一の途中からだから丁度二年半になるね」
二人は一体どういう関係なのでしょうか?
「その頃の竜也さんってどうでしたか?」
今でも幼さのこる顔立ち。二年前となればさぞや可愛かったんでしょうね。今度写真とか見せてもらいたいです。
「んー。生意気でいけ好かなかったかな?」
「は?」
誰とでも仲良くなれる茉莉花さんからあるまじき言葉が漏れました。
「当時私さ。クラスの纏め役だったんだよね。それでクラス全員が仲良く上手くやれるように気を配ってたんだけど……」
「確かに茉莉花さんが適任な仕事だと思います」
こんな人がクラスにいれば安心した学校生活がおくれそうです。
「それで。当時孤立気味だった竜也君に声かけたらさ、こう言うのよ「あっ。僕そういう煩わしいの良いのでお構いなく」」
「ホントにそんな事言ったんですか?」
想像するだけで腹が立ちそうですね。
「それで内心はむかむかしながらそれでも粘り強く話しかけたんだよ」
それは苦労が偲ばれますね。同時に私には無理です。拒絶されたら立ち直れませんから。
「ある時普段通りに話しかけたら言われたんだ「そういう誰にでも愛想振りまくのはやめておいた方が良いよ」って」
「うわ……」
さすがの私でも引きます。本当に竜也さんの話なんでしょうか?
「それで私も腹が立っちゃって「もういいよ。そんなに煩わしいのが嫌なら一人で居れば?」って怒ったの」
「よく未だに付き合いが続いてますね」
この茉莉花さんを切れさせるなんて、竜也さんコミュ障過ぎますよ。
「それから暫くして、私は告白をされたの。下駄箱に手紙が入っててね。体育館裏で待ってますって。その当時はそういうのがしょっちゅうだったから「あーあまたか…………」程度の認識だったのよ」
それは私にも解ります。憂鬱なんですよねアレ。無視するには相手に申し訳ないし、かといって断るのは確定してるし。
良い人なら素直に引き下がってくれるんですけど……昨日のような………………まあとりあえず置いておきましょう。
「いざ行ってみたら男子が三人立っていてさ。全員私の事が好きだって言うの。それで告白を断ったら「だったら思わせぶりな態度とるなっ!」てね。私も弁明したんだけど逆に怒らせちゃってさ」
「それで……どうなったんですか?」
自分の事じゃないというのに胃が締め付けられそうです。
「……襲われた」
「えぇっ!?」
「と言っても大丈夫だよ。致命的な事はされてないからさ」
そう言って私を安心させるように笑顔を向ける茉莉花さん。
「撃退できたんですか?」
私としても参考になりそうな話。茉莉花さんが無事というのに安心した私は続きを聞きました。
「男子三人に羽交い絞めにされたんだよ。無理に決まってるよ」
「じゃあどうやって?」
「そこで偶々通りかかったのが竜也君。彼は襲われている私を見ると男の子達に向かって行ったわ」
その時の竜也さんを思い出すように茉莉花さんは胸にそっと手を当てる。
「もっとも、三人がかりだからあっという間にボコボコにされちゃったんだけどね」
「そこはもっと……「俺に任せて逃げろ」とか無かったんでしょうか?」
昔から暴力沙汰は苦手だったようです。だとしたらどうやって助かったんでしょうか?
「そこでタイミングよく教師が現れたのよ。それでボロボロになった竜也君と私をみて状況を察してくれて助かったの」
「それで竜也さんと仲良くなったんですか?」
「いいえ。それところか私は彼をひっぱたいたわ」
「どうして! 恩人なんですよね?」
「そう。私もそう思っていた。だから彼を手当てする時にお礼を言おうとしたの。そしたらね」
「『お礼は要らない。知ってた上で止めなかっただけだから』って。つまり彼は私が襲撃される事まで事前に知っていたのよ」
「何それ! 酷いですっ!」
茉莉花さんが襲われる事を知っている上で事件になるまで放置するなんて。私。竜也さんを見損ないました。
「彼は言ったの。『僕は彼らを排除したかったから君を利用した。だからお礼を言われる筋合いは無い』って」
「そうですよっ! 本当に信じられないっ! 女の敵です」
昨晩感じたあの気持ちはやはり勘違いでした。
私は今すぐにお風呂を出て彼に張り手を食らわせたいと思いました。だけど……。
「話の続きをしても良いかしら?」
当事者である茉莉花さんが落ち着いているのです。
「私も当時は陽菜ちゃんと同じ風に考えたわ」
「それはそうでしょう。だって一歩間違えたら一生心に傷を負っていたんですよ」
私には解ります。だって今がその危うい状況に晒されているのですから。
「だったらさ。教師に通報するだけで良かったんじゃないかな?」
「どういう事ですか?」
「その三人を退学に追い込みたいのなら自分が痛い目に会う必要は無かった。それにもかかわらず、彼は飛び出してきたんだよ」
「あっ…………」
確かにそういわれてみればそうです。茉莉花さんの事をなんとも思って居ないのなら。確実にその人たちを排除したいのなら黙ってみていた方が得なはず。
「今でこそ解るけど、彼は私に忠告していたの。誰彼構わず愛想を振りまいた結果どうなってしまうのか」
その結果が事件というわけですか……。人は痛い目を見ないと理解出来ないこともあります……が……。
「それにしたってやり方があるんじゃないでしょうか?」
「そこが彼の不器用な所。他人を煩わしいと思っているくせに、少しでも関わった女の子が傷つくのが許せないのよ。だから彼は教師を呼ぶと同時にこれ以上私が傷つかないように飛び出したの。自分が殴られて時間を稼ぐつもりで」
むぅ。当人同士が納得しているのなら私として何かを言うのは間違っていると思いますけど……。私は釈然としない気持ちで茉莉花さんの話を聞きます。
「私がそこに気付いたのは三年生になってからだった。とある事件が切っ掛けで……。とっいってもこの事件はそんな大きな事件じゃないのよ。兎に角その時になるまで私は彼を恨んでいたの。存在を認識するたびに私の心は揺らされた。そして。益々彼に意識を集中してしまったの」
そんな彼女の表情を見ているとなんだか無性に切ない気持ちが湧き上がってきました。
今。茉莉花さんが話をしているのは過去の竜也さんの話です。
二年間の間に色々あったんでしょう。今ではそんな冷たい竜也さんの面影も見えないのですから。
それは同時に茉莉花さんは私の知らない竜也さんを知っている。
それどころか、今の竜也さんを形作っているのは茉莉花さんです。その事を考えるのが私は嫌でした。
私が黙ってしまったせいか、風呂場に沈黙が落ちました。
流れるお湯の音意外は静かなもの。平日という事もあり貸しきられた風呂場には私達が二人きり。
「実はもう一つあるんだけどさ。聞いてくれるかな?」
茉莉花さんはそういうと初めて真剣な表情を私に見せました。
「私。竜也君の事好きなんだ」




