第十六話
「それで親戚の子と一夜を共にしているわけ?」
夜も更けてくる頃。アリスから本日二度目の電話が掛かってきた。
「だから何度も言ってるだろ? 僕と陽菜さんはそういう関係じゃないって。そもそも陽菜さんの両親にも許可得てるわけだし」
「なるほど。両親公認の仲というわけなのね? 竜也は最近ちょっと格好良くなったからといって調子に乗っているんじゃない?」
「嫌な言い方するな。大体それいうならアリスの方が調子に乗ってるよね? 最近また綺麗になったし」
知り合った二年前とは大違いだ。出るところは出てきたし、鮮やかな金色の長髪にエメラルドグリーンの瞳。最近では僕も油断していると見惚れてしまう時がある。
「その事は置いておいて、何か気になってるんじゃないの?」
僕のさり気ない褒め言葉は完全にスルーするとアリスは質問をしてくる。
まあ、アリスにしてみたら褒められるのは日常茶飯事だしね。
それより、折角聞く気になってくれているのだ。チャンスを逃さずに巻き込んでしまおう。
「実は陽菜さんの同級生がホテルにいてさ――」
僕は先程あった事を語って見せた。
「なるほど。嘘告白ね……。竜也は相変わらず馬鹿だわ」
「ちょっとまて。僕が馬鹿だとすると世間の高校一年生の99%は馬鹿以下になるんだけど?」
僕はむっとなって言い返す。他の誰に馬鹿にされても許容できるがアリスにだけは言われたくない。
「そういう意味ではないわよ。竜也はもっと女心を知るべきだといっているのよ。あと、私からすれば竜也も有象無象も総じて下だから。私が竜也を馬鹿にしてもおかしくは無いのよね」
確かにアリスは天才だ。それは僕も認める。だが……………………。
「はっ。アリスに女心? そんなもの存在したのか?」
いつもいつも人を巻き込んでいいように扱うアリスに女心はおろか、人としての優しさは無い。僕が一笑に付してやると。
「次に会ったら殴るわよ?」
「ごめんなさい。許してください」
僕は五体倒地で彼女に謝罪した。
「それにしても気になるわね」
「そうだろ? その同級生は何か変なんだよ」
「いいえ。私が気になっているのは彼女の方よ」
「というと?」
「話を聞く限り、彼女はどう考えても竜也の事が好きなんでしょ?」
アリスが水を向ける。
「いやいや。今の話聞いてた? 会ってまだ1週間なんだよ? どうして僕の事好きになるのさ?」
「その子も報われないわね。それと、好きになるのに時間も年齢も性別も関係ないわよ」
「せめて性別は関係したほうがいいだろ」
世の中には男同士とか女同士で恋愛する人達も居るみたいだが、僕はごめんだ。
僕は普通に女の子が好きなんだからね。
「大体。アリスは僕が他の女と付き合っても平気なのか?」
世の中には様々な恋愛関係がある。だが、僕とアリスの関係は一言では語れない。
「好きになさい。だけど、私達の最終目標の邪魔になるようなら」
それは先程までのからかい半分の口調とは違っていた。鋭利で透き通っていて、そして何処か冷たい。
「容赦はしないわ。相手はもちろんの事、あなたも粉砕するからそのつもりでね」
彼女は虚言をはかない。それが無意味な事であるから。彼女は誇張しない。実現できない事が無いから。
彼女がそういえば全ては実現してしまうのだ。だからこの言葉はただの脅しではなく真実。
僕がどうしようと彼女が気にしないのも。それによって計画に支障が出た場合僕を叩き潰すつもりなのも。
「うん。その言葉を聞いて安心したよ」
だからこそ僕も迷わず先に進むことが出来る。天より高い目標が目の前に佇んでいてくれるから。
「それで。竜也はどうするのよ?」
それは聞かれるまでも無い質問。
アリスは僕の事を僕以上に知っている。だからこれは僕が僕自身にする決意表明を手伝ってくれたという事だ。
「助けるよ。親戚の子だし。色々お世話にもなったし。何より…………」
「何より?」
「僕らにはそれが出来る力があるからね」
翌日。僕は叔父さんに一本の電話をした。
久しぶりに話す叔父さんはまず最初に陽菜さんが世話になっているお礼をしきりに言った。
そして、その声は疲れ果てているようで僕は叔父さんに先日あった事を話して見せた。
そこで解ったのは以下の二点。
1.陽菜さんは同級生にストーカーされている事。
2.叔父さんは取引先の相手に仕事を止めるという嫌がらせをされている事。
この後に及んでは話は単純である。
陽菜さんをストーカーしているのは昨晩の男だ。そして、叔父さんの仕事を妨害しているのはそいつの父親になる。
事件の詳細はこういう事。
陽菜さんに目をつけたストーカーの男は何度断られても諦めなかった。それどころか自分の父親が社会的立場が上だというのを利用してそれを盾に付き合うことを強要したらしい。
当然叔父さんも、陽菜さんが大事らしく「そんな脅しに屈しなくて良い。自分のことは自分で何とかする」と啖呵を切っている。
だけど、執拗なストーキング行為と叔父さんに迷惑を掛けているストレスで陽菜さんはまいってしまったらしい。
それならばせめて春休みぐらいは休ませてやりたい。そんな一心で親戚の家を頼った。
なるほど。何処にでも良くある話だな。実際。陽菜さんは滅多に見ないような美少女だし。付け狙う気持ちは良く解る。
大体の事情がわかった僕は叔父さんとの電話を終える。そろそろ陽菜さんが起きてきそうな気配を感じたからだ。
「んぅ……おはようございます。なんで竜也さんが私の部屋にいるんでしょうか?」
寝ぼけているらしく枕を胸に抱いた陽菜さん。今気付いたが、彼女は何かを抱くのが好きなのかもしれない。
実家では抱き枕かなんかを抱いて寝ているのかも。
「おはよう。顔洗っておいで。ここはホテルだよ。泊まったの覚えてないかな?」
「……そうでした。ちょっと顔洗ってきます」
乱れた浴衣を直しつつ洗面台へと向かっていく。そんな無防備な彼女を見守ると。
「さて。ちょっと面白い事になってきたな」
僕は呟くのだった。
「竜也さん。食欲無いのですか?」
朝食の席。ホテルのレストランで僕らは顔を向かい合わせて座っていた。
目の前のテーブルにはそれぞれが取って来た食べ物が皿へと盛り付けられている。
「朝はちょっとね……」
僕の皿に盛ってあるのはミニオムレツにサラダ。そして珈琲だ。
昨晩はアリスと電話してその後叔父さんと電話した。更にその後に一本電話をしているのであまり寝ていない。
人間眠いときはあまり食欲が湧かない。三大欲求に優先順位をつけるとしたら今は睡眠欲を優先したい。
「そういう陽菜さんだってそこまで多くないよね。女の子って本当に少食だよね」
「そっ。そんな事ないですよ。私はこれでも十分ですけど」
もしかすると無理をしているんじゃないだろうか? だとするとあんまり疲れさせたくないんだけど……。
「それより今日の予定なんだけどさ」
僕は朝食もそこそこに今日の予定について切り出した。
「はい。今日は夕方まで遊べますからね。まだまだ行って無い場所があるので楽しみです」
そういって機嫌良さそうにサラダをつつく。だが、僕はこれから彼女の表情を曇らせるような言葉を口にする。
「悪いけど僕は部屋に篭らせてもらうよ」
「えぇっ! 折角のホテルですよ? リゾートです。バカンスです。ラブロマンスです」
最後のは僕以外の人間とやってください。
「ちょっとどうしてもやらなきゃいけない事ができちゃってさ」
「それって今じゃなきゃ駄目なんですか?」
不満そうな顔をする。昨晩までは今日も一日一緒に遊ぶ気まんまんだったんだけどね……。
「タイミング的に今日でギリギリって所だね」
「そう……ですか……」
「だから僕の事は気にしないで遊んできてくれていいから」
これからすることはあくまで僕の事情。
「一人じゃつまらないです」
そう来ると思っていた。だから僕は先手を打っておいた。
「安心して。茉莉花さんを呼んでおいたから」
「茉莉花さんですか?」
さすがに昨日の今日で一人きりで放置するのには抵抗がある。優待宿泊券は余っているし、その点、茉莉花さんなら僕が株取引をしているのは知っている。優待券を使っても問題ないという訳だ。
早朝に電話したのだが、色よい返事をしてくれた。流石早朝ジョギングをしているだけあって早起きなようだ。
もっとも、ただと言う訳じゃない。急な無理を聞く代わりにデート1回といわれている。
本当にもう。僕なんて諦めて次に行けば良いのに……。
「それなら楽しそうです。茉莉花さんと一緒に色々周ってしまいますよ」




