第十四話
◆三人称視点◆
「うーん。どれにしましょう?」
陽菜は一人、売店を訪れていた。
先程、泣き落としに近い方法で竜也からお泊りの了承を得た陽菜だったが、よく考えると着替えを用意していなかった。
「それにしても宿泊になるなら教えて欲しかったです」
陽菜の唯一の不満は竜也が今回のお泊りの件を内緒にしていた事だ。
折角無料で宿泊できるのにその権利をドブに捨てるなど、勿体無くて許せるものじゃない。
陽菜は良い意味で庶民的だった。楽しむからには最大限に元を取る。将来は良い主婦になる事だろう。
そんな訳で、せめて下着ぐらいは替えたいと願った陽菜は売店にて下着を物色しているのだった。
「見せるつもりは無いのですが……」
先程から選び続けているのだが、中々決まらない。
さすがにリゾートスパだけあって品揃えはそれなりにあるのだが……。
「黒とかピンクはちょっと……派手ですよね?」
陽菜はどちらかというと可愛い系が好きだ。
だが、こういった場所においてある下着は派手な物が多く。手に取るのに躊躇してしまう。
「こんな事なら家から持ってきた下着があれば……」
実家から持ち込んだ下着の一つにお気に入りの物があった。あれがあれば良かったのに。
「無い物は仕方ありません。ちょっと地味だけどこれにしましょう」
悩んだ末に手に取ったのは地味な色をした何処にでもありそうな下着だった。
「ふふふ。すっかり遅くなってしまいました。竜也さんまだ寝てないですよね?」
あれで結構疲れている様子だったので、もしかすると船を漕いでいるかもしれない。
折角の楽しいお泊りなのに、相方に寝られてしまっては楽しさも半減だ。
陽菜とて普通の女の子。こういったお泊りイベントは無意味にワクワクしてしまうのは仕方ない事。
ましてや、親戚とはいえ異性と。恋愛感情は無いつもりだが、それなりに親しみを覚えている。そんな相手との特別な夜なのだ、何が起こっても不思議ではない。
この機会に普段と違ったちょっと踏み込んだ話をできたらなと陽菜は考えていた。
「そうです。話し込むのならお菓子と飲み物はあったほうがいいですよね」
夕飯より時間が経ったので多少なら食べられる。そうなると飲み物もあった方が良いだろう。
陽菜は売店へと戻っていくと。
「ん? 天川陽菜?」
「えっ?」
唐突にフルネームで呼ばれて陽菜は振り返る。
バサリッ
「うそっ…………」
陽菜の手元から袋が落ちた。だが、陽菜はそんな事を気にする余裕が無く呆然としている。
「へぇ。何処ぞに匿われてるって聞いたからつまらなかったけど、まさかこんな所で会うなんてな」
声の主は浴衣姿の陽菜を舐め回す用に見つめる。特に胸元や裾から覗く生脚を絡みつくように見られた陽菜は言いようの無い気持ち悪さを感じた。
「どうして……ここに……?」
青ざめた陽菜はそれでも何か言葉を出さなければと懸命に口を動かす。
「どうしてだって? 折角春休みにお前とデートしようと思ったのに。お前の両親がお前を隠したからな。特にやることも無かったし家族旅行の最中だよ。だが、これで解ったろ? 僕とお前は運命の赤い糸で結ばれているんだ。ここで出会ったのがその証拠だろ?」
鼻息荒く、近寄ってくるその男に。
「ひっ」
陽菜は恐怖を感じて後ずさった。
このままでは駄目だ。抵抗しなければ。
心ではそう思うものの、身体が何かに縛られているかのようにピクリとも動かない。
その男は、陽菜に近寄ると髪に触れた。
「ふーん。風呂上りか。中々色っぽい格好じゃん」
恐怖で震える。目には涙が溜まり、唇はカタカタと鳴る。男の手が頬に触れる。
汗ばんだそれはまるで蛞蝓が這い回るような気持ち悪さだった。
その事が、陽菜の気力を奪っていき、絶望が心を支配していく。
「そういえば言い忘れてたんだけどさ」
そんな陽菜の様子が面白くて仕方ないのか、男は陽菜の耳に口を寄せると。
「俺もお前と同じ高校に受かってるから。新学期から宜しくな」
その瞬間。陽菜の心にヒビが入った。一時の間なら我慢できた。
例え今日の邂逅があろうとも日常に戻れば無視は出来る。今は縮こまって耐えれば助かる。
そんな陽菜の期待を男は打ち砕いたのだ。
「だからいい加減俺の気持ちに答えた方がいいんじゃないか? お前の親が仕事を失う前にさぁ」
◆竜也視点◆
陽菜さんが出て行ってから結構な時間が経った。
彼女は、着替えを買いに売店に行くといっていた。
その際に「どうせなら竜也さんの好みの下着を選んで見ますか?」と冗談交じりに言われたのだが、心臓に悪いから勘弁して欲しい。
いくら僕が、無害な男だったとしても、限度があると思う。もしかするとと期待してしまったら心の歯止めが利かない事もあるのだから。
陽菜さんが出て行ってから今後のシミュレートを行っている。
そのうちの実に95%がエッチな流れに行き着くもので、所詮は僕も男だと実感した。
いよいよ妄想をこじらせつつあった僕に一本の電話が掛かってきた。相手は………………アリスだった。
暫くの間適当にあしらいつつ時間を潰す。
ゆうに30分は電話していただろうか?
電話が終わっても陽菜さんが戻ってこない。とりあえず迎えに行こう。
売店に向かう途中の廊下で彼女を発見。どうやら男に絡まれているようだ。やはり彼女の魅力は老若男女を惹き付けてやまないらしい。
ここは保護者らしくいビシっと彼女を助けなければ。
絡んでいる男は見た目からして僕らと同じぐらいの男だった。
特徴的なのは性格の悪そうなギラギラ目。僕はこういう視線をする奴らを良く知っている。
僕にタカリを働いてきた同級生達だ。やつらはこういう目をして相手を威嚇しては自分達にとって都合の良い言動をとるように仕向ける。
なんだか段々とむかついてきたのだが、相手は単に道を聞きに通り掛かっただけかもしれない。まずは我慢だ。
内心のムカムカを抑えつつ陽菜さんの方へと歩いていく。たとえナンパだとしても知り合いが現れれば何も出来まい。
だが、男は違った。
厭らしい顔をしてその汚らしい顔を女神である陽菜さんの耳に近づけると何かを囁いたのだ。
顔を青ざめて崩れ落ちる陽菜さん。そんな彼女を見ていると僕の中で何かが切れた。
僕は早々に走った。そして男の手を掴むと。
「おいっ! 俺の彼女に何してるっ!」
そう叫んでやった。
「なんだ。おまえ」
目の前の男は目を見開いて僕を見る。
「たつ……や……さん?」
陽菜さんからの返事もあった。どうやら大丈夫なようだな。
「陽菜さん大丈夫?」
男の手をはなした僕は陽菜さんへと近寄るとその背中を撫でる。
そうすると陽菜さんは僕の胸に飛び込んできたのでこんな時だというのに僕は胸が熱くなるのをかんじた。
「おい、お前! ふざけるなよっ!」
「は? ふざけてないし」
目の前に泣いている美少女が居る。それだけで僕は勇気を奮い立たせて目の前の男に立ち向かう。
「陽菜の事は誰よりも知ってんだよ。彼氏だぁ? 見え透いた嘘付くなよ」
何こいつ……。陽菜さんの交際関係まで知ってるとかストーカーなの? 気持ち悪い。
「おまえ。陽菜の何なんだよ?」
さっきから陽菜。陽菜と図々しい。お前がその名前で呼ぶたびに僕のストレスが溜まるのを理解しているのか?
「うるさい黙れ! この禿げっ!」
「なっ!?」
その瞬間、陽菜さんに絡んでいた男が固まった。ついでにその先の廊下を歩いていたバーコードのコスプレをしたおっちゃんも。
ごめん。タイミング悪かったね……。
おっちゃんは目に涙を浮かべて急ぎ足で走り去る。
別に禿げても居ない目の前の男は僕の稚拙な悪口に何故か顔を真っ赤にした。人は心当たりが無くとも悪意がある言葉には過敏に反応するのだ。
その事を利用してペースを握る作戦だったのだ。だが、こんな手段が通じる相手は三流と決まっている。
自分に自身がある人間は謂れの無い中傷で揺らぐことなど無いのだから。罵詈荘厳なんぞ負け犬の遠吠えよ。
「このもやしがっ!」
ピクッ。僕の体が一瞬震える。
「チビの癖にっ!」
……まだ大丈夫だから。
「友達いなさそうなくせに」
「ぐはっ」
何故だ。身体的特徴なら予測できた。なぜ初対面で僕に友達が居ないのがわかった。
「はっ。図星かよ。お前、空気読めなさそうだもんな。クラスで陰キャラで虐められるタイプだろ。このオタクがっ!」
マウントを獲った目の前の男は僕をなぶって気持ち良さそうにしている。
「べ、別に友達なんていらんわっ! 大体あいつら馬鹿だから僕の高尚な頭脳と釣り合いが…………」
「はいはい。僻み僻み。陽菜。うちの学校にもこういう奴らいたよなぁ」
ふむふむ。なるほどね。中学時代の同級生なのか……。ホテルで知人にあったにしては対応がおかしい。
もう少し背景事情がわかれば対応も出来るんだけど…………。
僕はもう暫く道化で居る事にする。
「ふざけんな。お前こそ陽菜とどんな関係なんだよっ!」
「俺か? 俺は陽菜の彼氏だよ」
「えっ…………?」
本当なの? 陽菜さん?
僕は新事実に驚愕すると抱きしめている陽菜さんを見た。
本当にそうなら非常に気まずい。僕は恋人同士の逢瀬を邪魔した空気の読めないもやしになってしまう。
だが、彼女はふるふると首を横に振った。良かった。もし真実なら僕は大きなダメージを受ける事になっていたよ。
「違うといっているぞ」
「陽菜は恥ずかしがりやだからな。照れてるに決まってるだろ」
「そうなの? 陽菜さん」
男の言葉に陽菜さんは脅えたのかビクリと肩をこわばらせる。
「どうなんだよ? 陽菜よぉ」
男の質問に陽菜さんは顔を上げる。その顔は青ざめており、縋るような視線が僕に突き刺さる。
後ろめたさの残るその視線を彼女は僕から外すと。
「私は…………あなたの……」
彼女は僕の胸から離れると男に対して言葉を発した。
止めて欲しいそれ以上は聞きたくない。
「かの…………じょ…………」
目の前の男はニヤニヤと笑っている。この視線を僕は良く知っている。
中学の頃、たまにこういう目をしていた奴がいた。他人をいたぶる事をなんとも思っていなくて。人が苦しむ姿を見るのが大好きな。
これ以上、陽菜さんにしゃべらせちゃいけない。
言葉をつむごうとしている彼女。背中は小さく僕は柄にも無く「護ってあげたいな」と思ってしまった。
「むぐっ」
僕は後ろから彼女を抱きしめる。右手は口を完全に塞ぎ、左手はお腹に回して逃がさないように抱き寄せた。
「なっ。てめぇっ!」
思い通りにいかなかったのが気に食わないのか。男が苛立ちを見せた。
「さっき彼女だといったな。あれは僕の巧妙な嘘だ」
僕はドヤ顔で宣言する。
「陽菜は僕の婚約者なんだよっ!」
次の瞬間僕の内側で陽菜さんの身体から力が抜ける。僕に寄りかかってきたのだ。
僕のあごの下に丁度彼女の頭が来た。目の前の男はどうやらショックを受けているらしく目を見開いている。
僕はここに好機を見た。彼女の頭を撫でて耳元に口を寄せると。
「陽菜。愛してるよ」
男に見せ付けるように囁いた。




