第十三話
「いやいや。陽菜さんとりあえず落ち着いて。大丈夫? お茶飲む?」
僕は呂律が怪しくなるのも気にせずに陽菜さんに詰め寄った。
「竜也さんこそ落ち着いてください。はい。てんつゆです」
「ありがとう。……ってのめるかっ!」
僕は勧められるままに小鉢を受け取ると口元へ持っていき、そして突っ込みを入れる。
「冗談ですよ。さすがにお湯で割らないとですよね」
「そういう問題じゃなくてだね」
そもそもこの子のボケは何か誤魔かしたい時に発生する。この場合で言うと宿泊だな。
「何が問題なんですか?」
「だって。若い男女が一つ屋根の下だよっ!」
付き合っているわけでも無ければ結婚しているわけでもない。そんな微妙な関係で同室に泊まるなんて誰が聞いてもおかしいに決まってる。
僕は常識的観点から倫理的観点から更には、危機意識について彼女に語りかけた。
「それって最近は毎日じゃないですか」
そして論破された。
「た。確かに……」
両親が仕事で不在の毎日。夜は大体僕の部屋で一緒に過ごしている。よくよく考えると普段の行動の方が不味い部類に入っている。
「でしょう?」
僕が納得すると彼女は同意を求めて水を向ける。何故だろうか? ここで論破しないと危ないのに、勝てる気がしないのは。
「いや。やっぱり問題でしょう。ここには僕の両親は居ないんだから。もし僕が変な気をおこしたら止める人間が居ないんだよ?」
彼女には危機意識が足りていない。今だって横になって僕の顔を覗き込んでるから、はだけた浴衣の隙間から白い肌が見えてしまっている。
「変な気ってどんな気ですか?」
いっそ、襲いかかれば解ってくれるんじゃ無いだろうか?
一瞬僕の中の悪魔がそう呟く。だが、ここで人生を棒に振るつもりは僕には無い。
何とか理性を総動員して衝動を押さえ込むと。
「ものっすごくエロイ事するかもしれないよ? あの同人誌みたいに」
「は。はぁ…………ドウジンシ?」
いきなりの変な言葉に彼女は動揺する。このネタが通じないのか……。やはり彼女は純粋培養されたお嬢様みたいだ。…………エロ同人誌してみたいです。
僕の内心が煩悩で渦巻いているのを知らずか彼女は僕に微笑を向けると。
「私は竜也さんを信じているから平気ですよ」
ごめんなさい。今の数分の間にエロい妄想を滅茶苦茶してました。
「それに私結構強いんですよ? 竜也さんは男の子の中ではよわ…………」
そこで彼女は一端言葉を止めると。
「とにかく平気ですから。私こんなホテルに泊まるチャンスなんてもう二度と無いかもしれないので……」
今なんて言おうとしたんだ? まさか……『弱い?』いやいや。そんな訳あるはずが無いじゃん。流石の僕も華奢な陽菜さんには力で負けないよ。だから陽菜さんの楽観思考に付き合うわけには行かない。
「いや。駄目だね。陽菜さんの両親も僕と僕の両親を信用してくれているからこそこうして陽菜さんを送り出してくれたんだし。その期待を裏切るわけには行かないよ」
最終手段。親に頼るだ。
僕自身が説得でき無いのは悔しいが、僕らは未成年だからね。何かをする場合に親の許可を貰うのは当然だよ。
「そうですか……。じゃあちょっと電話しますね」
これで勝ったと思っていた僕だったが、陽菜さんは何の気負いも無しに言い切った。
「へ……?」
彼女はスマホを取り出すと何処かへとかけ始めた。
「あっ。お母さん? 私だけど。今、リゾートホテルなの。えっ? うん。本当に凄いよぉ。えへへ。いいでしょー。それでね……日帰りで連れてきてもらったんだけど泊まりたいの。え? 一人じゃなくて竜也さんと二人だよ。うん。やったー。うん。解ったから。伝えておくねー」
僕が何かを言う前に会話が終わったのか電話を切る陽菜さん。そして――。
「お母さんに許可取りました。泊まっても良いそうです」
「んな馬鹿な……。お父さんに聞いてないよね?」
「うち。お父さんの意見は採用されませんから。母が言うなら絶対です」
何と言う不憫なお父さん。それにしてもあれだな。陽菜さんはうちだと大人しいけど実家だと案外そうでもないのかもしれない。
僕はこれまでのやり取りで内心、疲れてきたので泊まっても良いんじゃないかと思い始めた。
そもそも日頃から無警戒で部屋に入ってくる陽菜さんと接しているのだ。旅先とはいえ僕の自制心が決壊する事はありえない。
だが、悩んでいる振りをしている僕をみて陽菜さんは不安に感じたのだろう。
僕の隣にきて裾を摘むと。
「やっぱり……私なんかとお泊りするのは嫌でしょうか?」
悲しげな瞳が僕の心臓を貫く。
「その聞き方はずるいと僕は思います」
我ながら単純な思考回路をしていると思う。だが、男子高校生の実に99%は単純なのだからこれは仕方ない事。
美少女に誘われて断れる奴なんていない。
僕は彼女の言葉に屈すると宿泊を了承してしまった。




