第十話
「ふわぁー。広いです」
辺りを見渡すとまず空を覆うアクリルドームが目に映る。透明なケース越しには太陽が爛々と輝きを見せ、晴天に浮かぶ雲の隙間から陽光が差し込んできて室内の気温を上げている。
中央には温水プールが配置され、そこからぐるりと円形に他の施設が広がっている。
プールの中央には複雑なカーブを描いた滑り台があり、子供達が階段を上っては滑りながら悲鳴をあげて楽しんでいる。
その端のほうには、子供用のプールの他、ジャグジープールやサウナ。壁際にはビーチチェアとテーブル。完全にリゾート地の再現がされている。
「これは本当に凄いね。噂以上だよ」
二人して目をキラキラさせていると、周囲のお客さんからクスクスと笑われてしまった。
僕らは立ち止まるのをやめて歩き出す。
「ところでそのパーカーは何かな?」
僕が期待していたもう一つの物。それは陽菜さんの水着姿だった。
プールと言えば合法的に女の子の水着姿を拝む事が出来る。
それが、陽菜さんほどの美少女の物ともなればUURと言っても差支えが無い。
「これはその……恥ずかしいからです」
どうやら花も恥らう乙女の陽菜さんは衆目で水着を晒すのが恥ずかしいらしい。
「大丈夫だよ。見たところ子供連れとかお年寄りばかりしかいないし。同世代でここにいるのは僕ぐらいだしね」
年上や年下ならばそれ程恥ずかしく無いんじゃないかな。こういうのってやっぱり同級生とかにまじまじと見られるから恥ずかしいだけだしね。
だからこそ安心して欲しい。今君の目の前にいるのは人畜無害な従兄だという事実に。
「だから恥ずかしいんです」
彼女は頬を赤らめて睨みつけるように僕に言った。
馬鹿な……従兄といえば実の兄当然の存在。そんな存在に対して肌を露出するのはごく自然な話ではないのだろうか?
「えっ。でも僕なら良いんじゃ…………?」
ちょっとだけ食い下がってみる。
だが。陽菜さんは首を横にフルフルと揺らした。
「そっか……折角陽菜さんの可愛い水着姿見れると思ったのにな。やっぱり邪な考えじゃ駄目か……」
「えっ……?」
先程言った言葉は全て嘘です。はい。
陽菜さんに抵抗無く脱いでもらう方便ってやつでした。
だが、彼女は僕の姑息な考えなんてお見通しだったらしい。はなから完全ガードだもんな。
よく考えてみればアリスも断ったからな。あいつの場合は泳ぐという体力を無駄に消費する行動を嫌っているからだろうし。
「竜也さん……そんなに私の水着見たいのですか?」
陽菜さんはおずおずと近寄るとパーカーを握り締めていた。上半身を覆っているが、下半身は隠しきれて居ない。
逆に言えば、そこから見える三角の布地が僕の想像を膨らませてくれてエロく感じる。
「竜也さん?」
「はっ。もちろんだよ。陽菜さんならどんな水着も似合うと思うし」
こういう言葉が余計だと思っているのだが、ついつい本音が出てしまう。暫くの間彼女は考え込んでいたかと思ったのだが。
「わかりました」
ジッパーが胸元からおなかに向けて下ろされていく。
まず目に入ったのはピンクのストライプの水着だ。パーカーが開くにつれて現れたのは可愛らしい小さなおへそに細い腰のくびれ。
そして先程まで隠されていた水着だった。
「おおっ!」
僕は自然と歓声を上げてしまう。
いや、僕だけでは無かった。その瞬間、周囲も含めて多くの人間が彼女の方を見ていたと思う。
こういうホテルだけあって貸し出される水着はどれも洗練されており、陽菜さんが選んだ水着はその中でも可愛らしいデザインで彼女の魅力を存分に引き出していた。
「ど。どうでしゅか?」
恥ずかしさが勝っているのか、顔を真っ赤にして噛む彼女に。
「まるで陽菜さんが着る為にデザインされたような水着だね。世界一可愛いと思います」
僕は心の底から沸き起こる衝動に任せるままに褒めちぎった。
「なんかわざとらしいです。お世辞は要らないです」
アメリカ人もびっくりのオーバーな表現に彼女はからかわれていると思ったのか、拗ねてしまった。
だが、僕の中で水着姿の陽菜さんの魅力はストップ高を突き抜けている。
どんな顔をされようとも魅力を損なう事は無いのだ。
「早速だけど泳ごうよ」
折角プールにきたからには泳がないと勿体無い。
僕は陽菜さんの手を引くとプールへと入って行った。
「竜也さん。今度は滑り台いきましょう」
水に入ってしまえば慣れてしまったのか、今では陽菜さんの方が僕を引っ張るように行動している。
あれから僕たちは色んなプールを遊び歩いた。
ジャグシーの泡はくすぐったくて二人揃って意味も解らず笑いあったし、コース用のプールでは陽菜さんは背泳ぎで泳ぎを楽しんだ。
僕はというと平泳ぎで追いかけつつ陽菜さんの泳ぐ姿を見て楽しんだ。
「陽菜さん。そろそろ休まない?」
昨日は遅くまで起きていたせいもあって体力が続かない。
「えぇー。それじゃあ滑ったら休憩しましょう」
どうあっても滑り台はやるつもりらしい……いいけどね。
陽菜さんの宣言どおり、一度滑り降りると僕らはプールサイドを離れた。
「はぁはぁ。そろそろ降参したらどうだ陽菜さん」
「竜也さんこそ。息が上がっているじゃないですか。そろそろ限界じゃないんですか?」
僕の目の前では額に玉のような汗を浮かべた陽菜さんが挑発的な声を掛ける。
「僕は全然平気だよ。むしろ丁度良いぐらいの温度だし。いつまでもここに居たい気分だよ」
「私もです。むしろ物足りないぐらいですね」
お互いにやせ我慢が見えるのだが、その瞳は気迫を失っておらず、譲り合う気配もなかった。
さて、そろそろ僕等が何処にいるのか説明しなければならないだろう。
僕は陽菜さんの頬から流れる汗がアゴを伝い、その慎ましい胸元へと吸い込まれていくのを確認しながらこうなった経緯を思い返していた。
「休憩もいいですが、ちょっと身体が冷えてきたのでサウナとかどうですか?」
「そうだね。折角だし我慢比べしていみようか」
陽菜さんは単純に暖まりたかっただけだったようなのだが、僕はというとサウナといえば友達と我慢比べの印象が強い。
そういったシチュエーションになったからには勝負を持ちかけてみたいと常々思っていた。
だが、予想外だったのは陽菜さん。
「良いですね。たた勝負をするだけじゃつまらないです。どうせなら賭けをしませんか?」
「賭け? 何を賭けるの?」
ギャンブルのような提案を陽菜さんがしたのが意外である。
彼女はどちらかというと保守的というか平穏を愛しているような性格に見えたから。
「勝った方が負けたほうの命令を一つなんでも聞くというのはどうでしょう?」
「ほほう。大きく出たね」
僕はその魅力的な賞品に釣られた。
「その提案乗った! 勝負しよう」
その事が僕を地獄のような体験に導くとは……今となっては後の祭りである。
「それにしても誰も入ってきませんね」
タオルで汗をぬぐいつつ陽菜さんは入り口を見る。
「春休みとはいえ学生が来るにはハイレベルなリゾートだもんね。家族で来るのならもっと前の日だと思うし」
家族旅行なら平日を絡めてしまうので土曜日に宿泊する事が多い。学生は春休みでも社会人は仕事があるのだ。
よって僕らの勝負を邪魔するものは入ってこなかった。
「その……二人っきりですね」
陽菜さんは意味深な言葉を呟くと僕の方へと距離を詰めてきた。
「あの……陽菜さん。近づかれると暑いんですけど?」
先程までは人が二人間にはいれるぐらい距離を開けていたのだが、現在の僕らは何故かピッタリとくっつきそうなぐらいの距離を詰めている。
どちらかが呼吸をするたびに肩がぴとぴととあたり、心臓が大きな鼓動を奏でる。
「そうですか? 私は別に暑くありませんので」
「うそだぁ。そんなに汗かいてるじゃない。水着も張り付いてるし」
プールの水はこの気温でとっくに乾いている。現在水着をぬらしているのは彼女自身が発している水分のはずだ。
「竜也さん。先程から言おうか悩んでいたんですけど」
至近距離から見上げてくる陽菜さん。その視線に僕は釘付けになった。
「胸を見るなとはいいませんが、恥ずかしいのでチラチラ見ないで下さい」
「ちょっ! 何をっ! 濡れ衣だよっ!」
瞬間、焦りから僕は大声を上げてしまう。確かに胸を見ていないとは言わないが、そんなに頻繁に見ていたつもりは無い。
「ふふふ。嘘ですよ。竜也さんがそんな事するわけありませんからね」
「はっ。はめたなっ!」
僕の覗きスキルは伊達ではない。目標に気取られずに胸チラをするぐらい平然とやってのける。
だから今彼女が発した言葉は僕の動揺を誘って持久力を奪う為だ。
「心理戦も立派な作戦の内です。私の胸に魅力が無いのは私が自分で解ってますからね。少しでも竜也さんが動揺してくれればと思ったのですが、思いのほか効果がありました」
確かに今のやり取りで息切れが酷い。恐らくあと5分もすると僕はギブアップを余儀なくされてしまうだろう。
「そんな事無いと思うよ。僕は陽菜さんは魅力的な女の子だと思うし」
だからこそ僕は反撃に出ざるを得なかった。何としてでも勝負に勝つには彼女を僕以上に動揺させてギブアップさせるのだ。
「ありがとうございます。竜也さんも魅力的な男の子ですよ」
駄目だこのままでは。今の僕の言葉は全て彼女に見透かされている。恐らくだが、どんな言葉も届く事は無いだろう。
「ホント? それは嬉しいね。僕なんて生まれてこの方モテた事が無いからさ」
次の会話の繋ぎとして喜んで見せた。だが、彼女は周到に言葉を選ぶ。
「あら。それは不思議な話をしますね」
心の底から不思議そうな顔を作る。
「なんでさ?」
その表情が気になった僕は正直に聞き返してしまった。
「だって……」
彼女の口が開く。その言葉が僕の脳にゆっくりと浸透していく。
「茉莉花さんから告白されたんですよね?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は頭が真っ白になり意識を失うのだった。




