プロローグ
◆竜也◆
目の前には5台のモニターが並んでいる。
それぞれのモニターには企業の概略であったり、チャートグラフであったり、はたまた最新ニュースに取引フォーマットが表示されている。
僕は目まぐるしく動いてそれらの情報を頭に叩き込むと一つの決断をする。
「よし。ここは決算を明日に迎えているこの銘柄を買っておこう」
マウスをクリックしてフォーマットを開く。そしてそこに必要な情報を入力していく。
数量・金額。そのどちらにも間違いが無いかを一瞬で確認する。焦るのは良くないが、落ち着きすぎるほど時間は待ってはくれない。
ビジネスチャンスは一瞬とは良く言ったものだ。数秒先には買いたい金額で手に入らないこともあるのだからこの勝負は時間がシビアだ。
僕は問題ないことを確認すると、最後に『発注』のアイコンをクリックした。
「ふー。疲れた」
背もたれにもたれかかりながら伸びをする。実に二時間半にも及ぶ激戦であった。
それまでの時間。僕は飲み物を飲む事無く、トイレに行く事無く、ほとんど瞬きをすることも忘れてモニターを睨みつけていた。
その成果として…………。
「何とか捲くったな」
モニターの一つに表示された数字。
赤字で+259000となっている。
これが本日の午前中における僕の勲章だった。
そう。僕は今、株取引をやっている。
とはいっても別にニートではない。受験戦争を勝ち抜いて来月からは高校生になる予定だ。
現在の僕はつい先日に中学校を卒業したばかり。本来であれば開放感に酔いしれて遊び歩くのかもしれない。
だが、僕には遊ぶことよりも重大な事がある。それがこれである。
中一の頃、知り合いの誘いで株を始めた。最初は難色を示した親だったが、自分のお金の範囲でと説得すると認めてくれた。
僕はそれまで溜めてきたお年玉を証券会社に預けると株取引を始めた。
時に勝ったり、時には大負けしたりと色々経験をしながら順調に資金を増やしてきた僕にとって株取引とは遊びだった。
大人達でも儲けられるのはほんの一部。そんな狭き門の中で順調にお金が増えていく。それは学校という社会の枠組みを飛び越えてもう立派に稼いでいるというプライドを僕に植え付けたのだ。
そんなわけで春休みともなれば一日中、市場を眺めていられる。本当に最高だね。チャートグラフの変動や指数を眺めているだけで一日経ってしまう。
突如として僕のおなかが「ぐぅー」と主張をする。
「流石に腹減ったな」
戦士にも補給は必要だ。僕は食料を求めて部屋を後にするのだった。
いきなりだが、諸君は幽霊の存在を信じますか?
ふと誰も居ない室内にて「カタン」と音がしたり、明らかに人間では無いような気配を感じたりだ。
それらは大半が「気のせい」や「思い過ごし」といった結果に落ち着き、その時の自分を恥ずかしく思うものなのだが……。
リビングからは食器がぶつかる音がする。
そして良い匂いが漂ってくる。
母親が料理をしている?
いや、それはありえない。
この峰岸家は両親が共働きで、平日の日中ともなれば家に滞在しているのは僕しか居ない。
そもそも、気配が違う。
うちのおカンはどちらかといえば騒々しい方なので、もしこれがおカンの動きならリズムで解る。
この気配はまるで居るのか居ないのか解らない程度の足音と申し訳程度に聞こえる食器の音だ。だからこそ僕はびびっている。
泥棒の可能性も少しは考えた。
だが、家に上がりこんで料理まで食べていく泥棒? そこまで余裕がある泥棒なんて居るだろうか?
もし、仮にそうだとしたら確認をした上で警察に突き出せば良い。だが、泥棒じゃなかったらどうなる?
僕は恐れを抱きつつも、リビングを覗き込む。するとそこには…………。
これまでの人生で見た事が無い程の美少女がエプロン姿で料理をしていた。
僕は、あまりの事態に呆けたままリビングの入り口に立っている。そうすると自然と彼女に発見された。
お互いの目が合う。その曇りない漆黒の瞳はしばしの間僕を見つめると。
「竜也さん。おはようございます」
僕はその笑顔に見惚れてしまった。
椅子に座って黙々と料理を口に運ぶ。僕の向かいには謎の美少女が腰掛け優雅な仕草で箸を口へと運んでいた。
「お口に合いませんか?」
どうやら見惚れるあまり手が止まっていたようだ。
「い、いや。美味しいです」
僕は顔を赤くして食事を再開する。そして心の中で考える。
どうしてこうなった……?
あまりにも自然に朝の挨拶をされた僕は、律儀にも挨拶を返してしまった。
相手は正体不明の美少女だというのに。
人とは不思議なもので、一度友好的に接されてしまった後だとどうしても大声でがなり立てる事が出来ない。
戸惑う僕を尻目に目の前の美少女は「丁度食事の準備が出来たところなんです」と勧められたので食事をとっていたのだ。
「良かった。竜也さんのお口に合わないか不安だったのです」
両手を合わせると彼女は安心した様子を見せる。
だが、安心してくれ。普段からあのおカンが作る三分クッキングに比べればここまで手が込んだ料理なのだ、不味いはずも無い。むしろ最近まともな物を食ってなかったんだなと再認識した程である。
「普段の母の適当な料理に比べたら月とすっぽんですよ」
「駄目ですよ。普段から料理を作ってくれている叔母様の料理をそんな風に言ったら」
「やっ。母の料理に不満があるわけじゃなくて、君の料理が美味しかったから……………………。これならいつでもお嫁にいけるよね」
「…………えっ?」
たしなめられて焦った僕はついつい余計な事を口にしてしまった。彼女は僕の言葉に顔を赤くしている。怒ったらしい。
「ところであの……君ってさ……」
「はっ、はい。なんでしょう?」
僕が質問をするとその綺麗な瞳を即座に僕に向けてくる。
僕はそれだけで心臓がストップ高になるほど高鳴り、言葉を出すのに苦慮を強いられた。
「どうやってこの家に入ったの?」
「玄関のドアからですけど?」
僕の質問に首を傾げる。何を不思議な事を聞いてるのかといった顔だ。
「そのドアは鍵は掛かってましたか?」
「はい。ですから鍵を開けて入りました」
何と言うことだ。彼女はピッキングの技術を習得しているらしい。料理だけではなく泥棒の技術まで極めているとはハイスペックな……。
僕は次第に疑いの目を彼女に向け始めた。
「あの……。話聞いてますよね?」
僕の態度に不審な物を感じ取ったのか彼女の眉が歪む。そういう姿も綺麗だなと場違いな感想が浮かぶ。
「…………聞いてないんだけど」
さも当然というように話をされても困る。僕は正直に目の前の彼女に答えた。
彼女は「そうでしたか」と納得すると食事の手を止めて僕に向き直った。
「#天川陽菜です。あなたの婚約者になります」
次の瞬間箸が落ちる音がリビングに木霊した。




