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魂を縫う者  作者: Lam123
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旧中央劇場の絶望と、真の裁縫師

旧中央劇場の正面玄関は固く閉ざされていたが、裏口の非常扉は、油断からか、微かに開いていた。

中へ侵入した瞬間、フォンは呼吸を詰めた。劇場の内部は、まるで巨大な墓所のようだった。過去の公演の熱狂ではなく、街の歴史に刻まれた無数の悲劇、集合的な**絶望の残穢ザンエ**が濃い霧となって、空間全体に充満している。

「すごいな…」ラム警部(ラム警部)の声も、その重圧でかすれる。

舞台の上では、十数名の黒いローブを纏った集団が、何かを唱和している。彼らが「裁縫師の集団サイホウシのしゅうだん」の幹部たちだ。中央には、巨大な**「編み針」**を模した祭壇が設置され、そこから無数の黒い糸が天蓋てんがいへと伸び、劇場の絶望を吸収していた。

フォンとラムは観客席の陰を伝って前進した。舞台の中心に立つ人物こそ、組織の首謀者、真の「裁縫師」だった。

彼はローブを着用せず、完璧に仕立てられたタキシード姿だ。その人物は、この霧の街の著名な歴史学者であり、慈善家として知られる**「教授」**その人だった。

「教授…!?」ラムは驚愕し、声を上げた。

「ああ、ラム警部。そして、S.I.U 4の『傑作』くん」教授は優雅に微笑んだ。彼の両手は、祭壇の編み針に添えられ、その指先からは冷酷な『計算』の残穢が噴き出している。「人間の感情ほど、美しく、そして容易に操作できる素材はない。今宵、私はこの街の五百年分の絶望を編み上げ、永遠に腐敗しない**『恐怖のころも』**を完成させる。」

彼はフォンを一瞥した。「君の家族の悲劇は、この壮大なタペストリーの最初の、最も純粋な一色だったよ。」

ラムは即座にライフルを構え、教授のローブの集団に発砲した。銃声が響き渡り、物理的な脅威はラムが引き受けた。

フォンは教授に向かって駆け出した。だが、舞台の袖から、数体の縫合者と追跡者が同時に出現し、彼を阻んだ。傀儡師ではないが、多勢に無勢だ。

「教授自身が、糸の設計者だ!」フォンは歯を食いしばる。彼の共鳴視覚は、教授の周囲にある強力な防御の糸と、編み針から広がる儀式の糸を同時に捉えていた。

「無駄だよ、少年。君の絶望は、私にとって無限のエネルギー源だ」教授は静かに言った。「君の家族が死んだ夜の悲鳴を思い出せ。それは今も、この劇場の壁に反響している。」

フォンは一度立ち止まり、目を閉じた。教授の言葉が、彼の頭に悲劇の映像を叩きつける。しかし、今回は違う。彼は逃げない。彼はもう、トラウマに支配される**『傑作』**ではない。

フォンは彼のトラウマ、五年間彼を縛り続けた**「憎悪と悲嘆」**の全てのエネルギーを、一箇所に集めた。彼の青い瞳は極限まで輝き、そのエネルギーは、バトンを包むどころか、彼自身の体から噴き出した。

「俺の糸は、お前の編み針には通らない!」

フォンは、彼の制御された、純粋な**『決意の残穢』**を、教授が触れている祭壇の中心――巨大な編み針の先端目掛けて、バトンを振り抜いた。

グワァン!

激しい衝撃波が劇場全体を揺るがし、編み針に蓄積されていた全ての絶望の残穢が、制御不能なまま爆発した。劇場は一瞬、黒い光に包まれ、悲鳴と怒号が入り混じった混沌の音響となった。

教授は顔の笑みを失い、信じられないという表情で、破壊された編み針を見た。儀式は失敗した。

「馬鹿な…私が編み上げた完璧な糸が…!」

教授は崩れ落ち、彼の体から一気に生気が失われた。彼が命を賭して編んでいた糸が、逆に彼自身を蝕んだのだ。黒いローブの集団は糸が切れて操縦不能となり、舞台上で次々と倒れていく。

フォンは膝をつき、荒い息を吐いた。ラムが駆け寄り、彼の肩を掴んだ。

「やったな、フォン…!」

フォンは、破壊された祭壇の奥に、組織の真の目的を示す最後の遺物を見つけた。それは、この街の地図上に描かれた、次の巨大な標的だった。裁縫師の集団は崩壊したが、彼らの悪意の根は、まだ深く街に絡みついていた。

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