慟哭の共鳴、傀儡師を断つ
倉庫の屋根裏に現れた**傀儡師**は、縫合者とは比較にならない異様な存在感を放っていた。その影は巨大で、全身から無限の黒い糸が伸び、天井の梁や壁に絡みついている。縫い目のない滑らかな仮面のような顔は、全てを見透かすような静かな悪意を湛えていた。
フォンは動けない。仲介人の言葉と、五年前の家族の最期の**残穢**が混ざり合い、彼の頭の中でリプレイされる。彼の共鳴視覚は、悲鳴と絶望の色に染まり、機能不全に陥っていた。
『君も我々の傑作だ』
その声がこだまするたびに、傀儡師の影はフォンに近づき、無数の黒い糸を伸ばしてくる。糸は、彼の最も深い後悔と憎悪を狙い、彼の魂を絡め取ろうとしていた。
「目を覚ませ、フォン!」
間一髪で、ラム警部(ラム警部)が息を切らしながら飛び込んできた。彼は躊躇なく、その巨体で傀儡師の影に向かって拳銃を発砲した。ドオォン!
弾丸は虚しく影をすり抜けたが、その爆音とラムの熱い怒りは、フォンの意識を現実に引き戻すには十分だった。
「奴の狙いは君の絶望だ!ここで終わるな!お前の家族を冒涜した奴らに、立ち向かえ!」
ラムは、フォンがかつて彼の命を救ったように、今度はフォンの精神的な命を救おうとしていた。その姿を見た瞬間、フォンの中で何かが弾けた。
フォンは深く呼吸した。彼の中で、トラウマからくる**恐怖(Fear)が、それを打ち破るための怒り(Rage)**へと昇華される。彼はもはや逃げない。
彼はヘッドホンの音楽を最大音量にし、激しいビートを自分の心臓と同期させた。彼の青い瞳は、一転して冷静な光を宿した。
「お前は縫合者じゃない。お前は支配者だ」フォンは傀儡師を睨んだ。
共鳴視覚が、新しい真実を映し出す。傀儡師の糸は、佐倉ミコトが使った『執着の赤』ではない。それは、人の自由意志を奪い、人形へと変える**『絶望の黒』の糸だ。そして、全ての糸は、傀儡師の胸元にある、一つの核となる『編み針』**へと繋がっていた。
フォンは地面を蹴り、傀儡師の巨大な影の下へ潜り込んだ。黒い絶望の糸が嵐のように彼を襲うが、彼はそれを避けずに受け流し、まるで水の流れを読むように糸のパターンを読み解く。
「俺の絶望は、お前たちの『素材』じゃない。俺の力だ!」
フォンは、全ての憎悪を込めてバトンを突き出した。狙うは、傀儡師の心臓に相当する、あの編み針の核。
バチィッ!
塩と呪文が刻まれたバトンの先端が、編み針に直撃する!瞬間、傀儡師は**「グオオオアアア!」**という、数千の魂の悲鳴を混ぜ合わせたような断末魔の叫びを上げた。その影は、まるでフィルムが焼け落ちるように急速に収縮し、跡形もなく消滅した。
黒い糸は全て消え去った。残されたのは、ラム警部の安堵の息と、フォンが一人で立つ、静寂の倉庫だけだった。
フォンは、倒れている仲介人に視線を移した。男の瞳には、最後に「失敗」という冷たい感情の残滓が残っていた。
「裁縫師の集団か…お前たちの糸は、必ずこの手で断ち切る。」
フォンは、己の力を完全に受け入れた。彼の戦いは、今、復讐という私的な動機から、街を縫い合わせる悪意との公的な戦いへと変わったのだ。




