欲望の精と虚飾の最上階
太陽の都の金融街にそびえる、ガラス張りの高層タワー「ミダス・タワー」。フォンとラム警部(ラム警部)は、現地のS.I.U. 4支部が用意した高価なスーツを纏い、一般客を装って最上階へと向かった。
エレベーターの内部は、鏡と黄金で覆われ、上昇するにつれて、下界の喧騒とは無縁の冷たく澄んだ空気が満ちていく。
「俺はこんなに上等な服を着たのは初めてだ」ラムはネクタイを緩めながら呟いた。「だが、このタワー全体が、まるで巨大な金庫のようだ。感情が閉じ込められ、圧縮されている。」
フォンは沈黙した。彼の**共鳴視覚**は、建物の骨組みから放たれる、達成と不安の赤い波動を感じ取っていた。霧の街の闇とは異質な、光に満ちた空虚だ。
被害者である若手社長のペントハウスは、広大でミニマリスト的な美しさがあった。すべてが最新鋭で清潔だが、人間味の欠片もない。
フォンは、リビングの中央にある、完璧な曲線のクリスタル製グラスに手を伸ばした。グラスの表面には、強烈な**『欲望の赤』**の残穢が、薄い膜のように付着している。
「ここに、全てのエネルギーが集中していました」フォンは言った。「彼の成功への渇望は、このグラスを通して吸い上げられた。そして、糸が抜けた跡には、絶対零度の**『諦観』**だけが残っている。」
裁縫師の集団は、ここでは魂を『縫い合わせる』のではなく、『蒸留』している。純粋な成功体験と、それを手に入れた瞬間の満足感を一気に抽出し、残った抜け殻を放置するのだ。
その瞬間、クリスタルグラスが微かに振動し、グラスの内側から光が溢れ出した。それは、黒い影とは真逆の、眩く美しい光だ。
光が形を成し、一人の裸身の女性の姿になった。その姿は完璧で魅惑的だが、顔には目も鼻も口もなく、ただ滑らかな曲線を描いている。**『欲求の精』**だ。
『さあ、フォン…貴方が本当に欲しいものは何?』
声は直接、フォンの頭に響いた。それは、彼の心の奥底に眠っていた最も個人的な願望を増幅させた。「家族の仇を討つ力」「過去に戻る機会」「平穏な生活」。
フォンは激しく動揺した。彼の青い瞳に、赤い糸が絡みつく。欲求の精は、彼の制御された決意すらも、新しい欲望として吸収しようとしていた。
「触るな!」ラムが散弾銃を構えるが、精はそれを嘲笑うかのようにすり抜けた。
フォンはヘッドホンを握りしめた。傀儡師との戦いで会得した力を、欲望の精にぶつける。彼は、自分の心の中で増幅された『復讐への欲望』を、意識的に**「拒絶」**した。
「俺の望みは、お前たちを終わらせることだ!」
彼の共鳴視覚から放たれた波動は、欲望を否定する純粋な**『満足の青』**だ。青い波動が精に触れると、精の姿は眩しすぎる光となって弾け飛んだ。
「奴は、力ではなく、意志を食らう」フォンは荒い息を吐いた。
精が消えた後、クリスタルグラスの台座が床に落ち、最上階の床下に隠された通信パネルが露出した。
「ここです。裁縫師の集団の中継地点だ」
アイラからの通信が入る。「素晴らしいわ、フォン。そのタワー全体が、欲望を収集するための巨大なアンテナだった。急いで。連中が、次の『収穫』の準備をしています。」
フォンは、この美しくも虚飾に満ちた街が、霧の街と同じくらい危険な悪意の実験場であることを確信した。




