訪問
神様を名乗るミズナギ――あの子と話してから数日後。
俺はついに退院した。脳の検査でも特に問題はなく、障害も残らないだろうと診断されたのだ。
「やっぱり……家が落ち着く」
そう呟きながら自室のベッドに体を埋める。
ふと病室でのやり取りを思い出す。――ミズナギ。退院したら家に来る、と言っていたけど……本当に来るのか?
もし来たら正直面倒だな。確かに命は救われたが……。
コンコン。
ノックの音と共に母さんが部屋に入ってきた。
「潤、学校は来週からでいいの?」
「うん。明日は金曜日だし、一日だけ休むよ」
別にいじめられてるとか友達がいないとかじゃない。ただ、あと一日なら休んだ方が楽だと思っただけだ。
「はいはい」
母さんはそう言ってドアを閉めて出ていった。
……そういえば入院してて忘れてたけど、もう夏休みはとっくに明けてたんだよな。
「なんか、家に帰ってきたら気が抜けたなぁ……よし、寝よう」
そう独り言を言って、そのまま眠りに落ちた。
―――
「ね、起きて。……起きてってば」
「うぅ……」
誰かに呼ばれ、体を揺すられる。まどろみの中で目を開けると――そこには。
「あ、あんた……!?」
俺は思わず叫んだ。
「ちょっと!いきなり叫ばれるとびっくりするじゃない」
「いやいや、なんでここに!?」
「貴方が退院したら家に行くって言ったでしょ? それに、こんな時間に寝ると夜眠れなくなるわよ」
「え、えっと……そもそも、どうやって俺の家を知ったんだ?」
「理由のわからないことを言うわね。神なんだから当然でしょ。……まあ種を明かすと、貴方を助けた時に“印”をつけておいたの」
「い、印!?」
なんだそれ。呪いじゃないだろうな……
「母さんに見つかったらどうするんだよ」
「大丈夫よ。部屋に来てから実体化したもの。窓の隙間から入ったの」
「実体化……窓の隙間……」
本当に神様なのか?いや、下手したら座敷わらしか貧乏神とかの可能性もあるぞ……。
とりあえず、彼女が来た理由はわかる。
「えっと、ミズナギ? 悪いけど、今は果物とか何もなくて……」
「えぇ〜残念」
しょんぼりする彼女。……なんか帰ってもらえそうにないな。
「だから今日は――」
と言いかけたところで、彼女は笑顔に切り替わった。
「じゃあ、一緒に遊びましょう! 夕刻まで少ししかないけど」
「えっ?」
「近くに川があるでしょ。そこで水切りやろうよ! 私、こう見えて得意なの」
神様が水切りって……。
「でも川遊び以外でもいいわね。そういえば昔、人間の子供達が“かごめ〜かごめ〜”って遊んでたの、見たことあるわ」
「かごめかごめ!? いや俺が小さい頃でもやってる子見なかったけど……」
「それにしても最近の人間の服装、変わったのね。前に見た時は薄い布を重ねた着物みたいなのだったけど」
……小袖のこと言ってるのか?江戸時代!?
「まぁ遊んでもいいけど、その服装だと目立つぞ。神社か寺以外じゃ」
俺は巫女服姿の彼女を見て言った。どう考えても目立つ。
「そうなの? じゃあ今はどんな服装が一般的?」
「えっとな……」
俺はスマホを取り出し、旅行の時に撮った家族写真を見せる。
「ほら、妹のこの服装が一般的」
「え、なにこれ!? 鏡じゃないのに映ってる……しかも留めておけるなんて!」
服よりスマホに興味津々かよ。
「とにかく、今はこういう格好が普通なんだ」
俺は慌ててスマホをしまった。
「なるほどね」
彼女は目を閉じ――病室で見た時と同じように光を放つ。
「ま、眩しい!」
思わず目の前に手をかざす。やがて光が収まり、彼女の姿が――
「……おぉ」
そこにいたのは、妹と同じワンピース姿のミズナギだった。
「なんか少しひらひらしてるわね。でも動きやすい」
くるっと回って見せる彼女。
長い黒髪に白いワンピース。……正直、思わず見惚れた。あとは麦わら帽子でもあれば完璧だ。
――ガチャッ
突然、自室のドアが開いた。
「さっきから何を――」
母さんだ。
……はぁ、どう説明すればいいんだよ、これ。




