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第8話 自警団

 

 世界が壊れた。

 世界は極寒の地に晒された。

 元の表面を撫でる法、秩序はゴミとなり力こそが全てだ。それこそが新しい法であり秩序。

 見えない何かに縛られて使い捨ての力仕事しか出来ないはみ出し物達。日払いの金は其々の理由で消えていく。

 金。そんなモノの為に終わるばかりの毎日を過ごしては終われない人間達。

 屑だ。クズの集まりだ。だが力があった。物理的な労働の中で摂取される力が。

 極寒の地になり食や防寒類の物資の金額が馬鹿の如く高くなり買えない貧乏共は餓死か凍死を待つばかり。屑。お前達にとっては屑は死ねって事か。

 そうかそうか。そうだよな。お前達は、そうだよな。

 よーく知ってるさ。

 丁度良いか。綺麗になるか。

 そうか、そうか。

 あの日、怒りと共に世界は一転した。

 怒りの拳は酷く気持ち良く。前から壊してやりたかった見た目しか取り柄の無かった女の顔が、ベコリと凹み。威張り腐って無理難題を出しては罵声と高笑い。会社の為を思う復唱を繰り返し繰り返し繰り返し。人に素手で態と詰まらせたトイレ掃除を強要し何かとあれば、どんな天候の日でも会社に向かって何時間も土下座をさせていた男は震え上がり股から黄色い染みを滲ませている。

「「「ブハッ! ブハハハハハッ!」」」

 無給で無限の雪かきを命令され、その場に居た全員が大笑いだ。一人が爆笑しながら新しいサッカーボールを蹴った。的が広いと蹴りやすい。

 泡を吹いたボールの姿に死んだアイツを思い出す。夏日に日影を禁止して水分も生温い水道水が入ったボトル一本まで、嫌なら自分の尿でも飲めと言った口へ狙って尿をした。

 熱中症で倒れて問題視されたと、暑い太陽の下で泡を噴くまで土下座をさせられた。その従業員は結局、先早に、この世界からおさらばしやがった。もう少し持てば、この鬱憤を吐き出せたのにな。残念だ。

 どいつもコイツも愉快な球蹴を行なって男は脱糞以上のモノを腹から出している。痙攣している姿が陸に上がった魚みたいだな。まあ魚は美味いがコイツはゲロの味だろう。

 女も半分凹んだ顔の状態で全員で遊んでやって暫く、わたわた動いていたが次の日には、ピクリとも動かなくなった。

 どちらも好きなだけビルに頭を下げれるよう膝より低く埋め込んでやる。慈悲を見せたあと御礼に手に入れた物資で祝杯をした。

 最高の気分だ。

 世界の終わり?

 世紀末?

 終末がどうしたよ。

 最高じゃねえか。

 力さえあれば良い。

 こんなに分かりやすくて爽快な世界。

 両手を挙げて大歓迎してやる。

 愛してるぜ終末さんよ!

 ああ、今からだ。今から始まったんだ。

 ようやく自由を手にしたんだよ!



 ***


 今日も賑わうホール横の建物にあるケイア達の店。こちらは空腹の人達に向けた屋台と庭で育った野菜が中心的に売っている。他にも並んでいる間、小型発電機で通信機の無料充電が出来、個人情報で青色コインの交換、他に金銭の余裕の無い人に向けての一時的な仕事の斡旋も行っていた。

 ホール程、有名になっていないので、そちらの半分ぐらいだが此処も中々の賑わいだ。そんな客達が並ぶ中、妙な塊が列を無視して近づいてくる。


 ドシドシドシ!


「おい小娘。お前が、そこのドーム内にあるモールの持ち主って事で派閥をきかせているようだが手に余るだろう。我々、自警団が管理して守ってやるッ!」

 ぞろぞろと武装した少し小汚く筋肉質な男達が店に入り込んできて、そんな事をいきなり言い放った。どうやらケイアが一応の当主としている事は先に調べていたらしい。

「いえ、結構です。他の方の邪魔になりますので、それ以上の用がなければ、お帰りください」

 個人情報と青色コインの交換の受付をしていたケイアは、そう即答した。

「ハァ? お前みたいな弱い小娘を守ってやるってんだ! それをッ!」

 その一言で切れた男がケイアの頭部に手を伸ばすが、クロバが男の膝裏を蹴り床に膝を着かし机に頭部をドゴッと当てると髪を持ち顎を上向かせ言う。

「帰れって聞こえなかったみたいだな?」

 自警団の男は鼻血を流し白目を向いていて聞こえないようだ。

「な、なにしやがんだッ!」

「人が優しく聞いてりゃ調子に乗りやがってッ!」

 一瞬で起きた事柄に他の自警団と名乗る面々がカッと目を見開きクロバに掴みかかろうとする。クロバは男の腕を持つと向かって来た男達に放り投げた。

「でーた。クロバの怪力」

「ケイアちゃん、机壊れてない?」

「あ、大丈夫です……」

 ケイアの側に護衛が、もう二人、そっと寄り添って対応するクロバの様子を眺める。

「銃もねぇし寄せ集めの素人だなぁ」

「チンピラでも、たまーに筋良いのはいるけど、これらは強いのと戦うのに慣れてないね。目を瞑って固まって隙だらけ」

「力仕事はしてたんだろうが、それだけだよなぁ」

「まあ、そもそも技術抜きにしても多少の力自慢じゃゴリラと戦って勝てるわけがないよ……」

 トイレの方の仕事や別で雪集めをしていた護衛も騒ぎに集まり暴れて客にも喧嘩を売る自警団達を一人残らず床に叩きのめしたのだった。


 五カ月目。新しく増えだした自警団と名乗る者達が目立ちだす。

 彼らは独自のルールの中で生き残ったらしく集団で住処は決まっていないそう。初対面からケイア達のドーム内での移住を求められたが断った。

 彼ら曰く強く実力があるのでケイア達を護れるとの事。断っても諦めず、食い気味で威圧感を出されたがクロバ達、護衛の方が余裕で強かったので最終的に彼らは渋々、言葉を飲み込んだ。

 彼らの独特な雰囲気は、何処となく略奪者達を思い出す。今では軍人達で見かけなくなった略奪者達。彼らの切羽詰まった先の一線を越える事に慣れた雰囲気。それによく似ているのだ。

 ケイア達に断られ次に兄妹のタワマンと交渉(?)していたが、そこも断られ商人達が怪我をする騒ぎになったようだ。とはいえ、あちらも兄妹達の為にいる優秀な護衛達が制圧した。


「はい、いらっしゃい~! 今日も良い品が揃ってるよ~!」

 毎日、世界は変わらず極寒だ。それでも、ホール内は外より随分マシの温度で人は震えながらも買物の列へ並び期待の商品を求める。売店は幾つもあったが一番の人気は愛想の良い元気な声を出す男の所だった。

「こ、こんにちは……」

「えっと、今回、来るのが初めてなのですが……これって幾つでも買って良いんでしょうか?」

 寒さで青い顔をした大学生ぐらいの男性二人が、恐る恐る聞く。

「もちろん! 金が足りるなら、ええよ♡」

 元気に商売をしている彼はマムシと呼ばれている。此処のタワーマンションの双子から付けられたあだ名だ。見た目が蛇っぽいのと、人の欲を煽る男だからだそう。理由を聞いて悪くない気分になったので、マムシは此処では本名を捨て、その名で通っている。

 マムシは極寒世界になってからホールで最初に転売を始めた。売れば儲かるという意識は、もちろんあったが、そうでもしないと近所の人間が飢えて死んでいくのは目に見えていた。いくら金に汚くとも周りで人が飢えて死んでいくのは流石に嫌だ。

 転売をしてはいるが。マムシとしては良心価格である。普通に世界的に物価上昇なのだ。全世界の他の地域よりは安いのは予測できる。本来、ドームの主とされるケイアが正規の値段で売る方がおかしいのだ。此処で買った奴らも自分達の用途以外で使っている者は確実にいる。今は、そういった世界だ。

 マムシは最初、ケイアの事を浅い金持ち娘だと見ていた。あまりにも世を分かっていないカモだと飽きれつつ何も事を荒立てる必要が無いので放置した。

 印象が変わったのは彼女が屋台をしだしてからだ。無償では、どうしたって人が群がるので最低限の理由を付けて売りだした。意外だったのが偽善や潔癖でマムシ達の商売を落とすという事が無かった事だ。先ずマムシ達を立てて売り出したのだ。それでいて数量制限も出来る。予想より浅く無いのかもしれない。

 それから数日経ち彼女は金の無い子供を前にしたら未成年は無償とした。こうやって売っている以上、子供だけ安くする事は出来ない。一度でも、それをすれば自分もと言い出す奴は出てくるだろうし子供を使う人間も出るだろう。

 そんな隙を与えない為に断るしかないのだが基本、ルールは、それごとの店である。彼女が、そう決めたなら厄介事も全て受け止めなければならない。

 しかし、元から百円という価格は建前で安く出してくれていると察している者ばかりだったからだろう。特に、そういった煽りの声は聞こえなかった。寧ろ、ホッとしている大人の姿がチラホラと見える。何気に子供が二人だけで列に並んでいたのは目立っていたようだ。

 子供達の要望に出張屋台なるものを始めて寒い中、出かけて行く。先ずは手本で自分がする姿も好感が持て気持ちが少しだけ変わった。

 マムシは一個、一万円で売っていたカップラーメンを千円に変えた。マムシが値段を変えれば他も自然と下げていく。一番、売れる男に付いていくようだ。

 何処まで効果があるか、何処まで続けられるか分からないが少しだけ、マムシはケイアに感化されてしまった。


「マムシさん、どうぞ。今日は豆乳と味噌のスープです。良かったら食べてください」

 商人となった者達、一人、一人にスープを配っていく。驚いたのは名前を一度聞き直ぐに覚える事だった。マムシは、あだ名だが個々を見て覚えるのは純粋に凄いと思う。営業でも、そこがネックだったりするからな。

「これはこれは……いただきます。は〜……温まります」

「実は最近、大豆から豆乳を作るのにハマってまして……」

「えッ! 手作りなんですかッ。す、凄い……ほんま……嬉しーし、美味しすぎる……ッ」

 マムシが食べる為に一時的に受付をケイア達の誰かが代わってくれるのも良い。少しの休憩が非常に助かるのだ。あと自然と美人の手作りを食べれたという事実も嬉しい。気分が、どうしたって良くなるのだ。

 考えてみれば彼女が来だしてから此処のホールの状態は随分と良くなった。先ず、死体が、そこら辺に捨てられており他人を見て見ぬふりする者達で溢れていた環境が改善された。

 燃料玉も自然と豊富に使いホールの温度が上がったし、トイレの改善もそうだ。途中で漏らして臭い奴ってのが居なくなったはデカい。湯を作る為に出る蒸気で寒さで乾燥気味だった唇も切れる事が無くなった。湿度があるだけでも違うらしい。

 彼女が積極的に具材の柔らかいスープを配っては人の命を一人でも生かそうとしているのは見ていれば分かる。マムシや、それ以外も、気付けば心動かされる筈だ。最初からなのだ。あの呆れの時から、モールの商品を出して中に入れるのは安全策として禁止しているが、あまりにも人道的すぎる。こんな世界で、よく、こうも真っ直ぐにいられるものだ。

 終わりだと焦りドームに閉じこもり何時だって他を見捨てる事が可能なのにしない。多分、ケイア以外の殆どは、あの頑丈な扉を閉めるべきだと言っただろう。

 マムシなら確実に言っている。だけど、この人徳の姿に、つい惹かれ。閉めない選択に従うだろうな。

「……まるで女神様やな」

「え、マムシさん、今、ケイアさん見ながら女神様って……」

「は、へ? 口に出てもぉた?」

「女神かあ……確かに合いますね」

「え? おお……」

 マムシの一言が次の日には商人達に広がり徐々に客達にも広がっていく。少しばかりケイアに申し訳ないと、マムシは思いつつ今後、言いやすくなるので結果良しと思うのだった。


 儲けを重視する商売気質なマムシは基本、愛想が良い。元々、エリート営業員の彼は、努力して努力して、もの凄く努力して今の若さで、夢のタワーマンションの一室に住む事ができたのだ。

 元の世界の時から金に対しては貪欲だが誰よりも寒いホールで声を張り上げて働いて日々、努力はしている。否、寧ろ、していないと心がおかしくなってしまう。

 だって夢のタワーマンションに入居したのは厄災、一か月前だったのだ。会社の受付嬢とか営業先の受付嬢とかを彼女にする一歩手前で極寒世界。モテまくる為に頑張ったステータスに意味が無くなるなんて悲しすぎる。そんな現実を受け入れるぐらいなら馬鹿みたいに商売をしている方が良い。

「インスタント麺は、おいくらですか……?」

「此処は他より安いよ。他では十万にもなってる、この麺が、なんと……一個千円!」

 彼の溜めてから吐き出された言葉に大学生二人は、パッと目を輝かせた。

「あ、本当に安いッ! じゃ、じゃあ二十個お願いします!」

「良かった……待ってる奴らに持って帰れるな!」

「ああ!」

 実際、此処が妙に余裕があるだけで他の地域のインスタント麺は、とんでもない事になっている。マムシの十万宣言はハッタリだったが事実でもあった。

「味は、どうする? 今日は塩、味噌、醤油の三種やで」

「すごっ味が選べるんだ……じゃあ醤油6、味噌と塩が7で」

「あと、あと! 何か今すぐ摘まめるモノと……缶詰30個、米と塩、砂糖もありますか? それと暖房が取れるのも!」

 寒さに疲れて震え気力が無かった二人は希望を感じて言葉を出す。

「んん~! 初めての、お二人には耳寄りな情報、あげよ。うちん所は、基本、暖房類や保存食を専門に売っとるけど、此処の右隣の建物に女神みたいなケイアさんって人がやってる店があってな。そこで毎日、温かい汁もんが、な〜んとッ! たったの百円で一人一杯限定で食わせてくれとるから、此処買ったら、そっち行き」

「え! や、やすっ! い、良いのかな……? しかも温かいの……あ、ありがとうございます! 直ぐに行きます!」

「もう一週間、水と飴で過ごしてて……」

「そうか、そうか……毎回、胃に優しく作ってくれとるけど絶対、ゆっくり食べるんやで、ただでさえ身体が弱っとるんやからな?」

「はい……!」

「ううう……此処、選んで良かった……」

「あと、これ燃料玉いうてバケツ一杯で5万なんやけど、なんとこの一玉で一メートル範囲を一時間温めてくれる代物や。ちなみに個別買いやと一玉で五百円♡」

「バケツで、お願いします!」

「燃料玉……どれぐらい温かいんだろ……」

「火を点けてる間は普通の火の熱と変わらんけど消してから必ず一時間、半径十センチは60度、一メートルは低くても40度はあるッ!」

 極寒の空気で多少、相殺される所はあるが燃料玉は十分な温かさを保ってくれる。

「うわぁ! 助かる……! 色々、丁寧に教えてくれて、ありがとうございます!」

「ええよ、ええよ。次の時も、うちん所で買ってな♡」

「「はいッ!」」

 マムシの所で初めて買った客は八割の確率で心を掴まれ常連になる。こんな世界で誰よりも愛想が良いのも暗い気持ちになっている人の心に刺さるのだろう。


 そうして今日も大量に仕入れた荷物を仲間と共に売りさばいていれば武装をし小汚さを感じる男の集団が、ズカズカと列を無視してホール内に入り込んできた。順番待ちしている人々は戸惑いの表情だ。しかし何か理由があるのかもしれない。人々が見守る中、先頭の男がマムシの隣の売店の男に言い放つ。

「オイッ! 俺達は修羅場を乗り越えてきた優秀な自警団だ! よって、此処の商品を全部差し出せば俺達が、お前らを守ってやるッ!」

「……え? いえ、遠慮しておきます」

「割り込みは遠慮して、欲しければ後ろに並んでくださいねー」

 売店の男二名は、怪訝そうな表情で、とりあえずは断りを入れあしらった。すると返答の言葉ではなく自警団を名乗る男達が売店員二人を殴り飛ばし蹴りを入れながら、もう一度言う。

「良いか? よく聞こえなかったようだから、もう一度言う。俺達が守ってやるから、此処の商品を全て差し出せ!」

 そこの売店は小分けした冷凍の豚肉が売られている。それが男達は欲しかったのだろう。直ぐに手にして自分達の袋にバサバサと入れ他の商品も入れようとする。注文が入った荷物の取り出しをしていた売店員が、それを止めようとし、また殴り飛ばされた。自負するだけはあり力が強いようだ。勢いに乗った男が腰から刃物を引き抜き殴られて倒れている売店員に近づく。

「やめんかッ!」

 それを見て、マムシが手元に持っていた缶詰めを投げつけた。刃物男の頭に勢い良く当たる。頭を傾けて一瞬止まった男は、ぐるんっと向きを変え、マムシを睨みつけ叫んだ。

「てめぇ! 殺してやるッ!」

 血管を浮かばせ顔を真っ赤にした男が走り寄ってきて直ぐに床面とキスをした。キスをしたのは、マムシでは無い。自称、自警団の男だ。ホールの奥側で雪かきをした雪をドラム缶に入れてお湯作りをしていた手を止め、双子が体力づくりにと貸し出している護衛達が急いでかけつけ、自称、自警団を一瞬でのしたのだった。

「お前らは出禁や二度と来んなッ!」

 彼らは普通の買物客にならなかった為にケイア達とは別でホールの商売を取り仕切るマムシから出禁を出され自警団は反発した。

「な、お前らは人の命をなんだと思ってるんだッ!」

「そうだ! そうだ! 俺達の善意を馬鹿にしやがって……ッ!」

「こっちは腹が減ってしかたねえのによぉ!」

「てめえらの所為で歯が無くなったんだ賠償をしろ!」

「はぁ~~~ッ? きっしょい自己紹介しよる……自業自得やろ。なあ? 並んでる客抜かして何言うかと思えば守ってやる代金で此処の商品全部差し出せだぁ? うちの護衛らより弱いお前らが? はッ? カツアゲ上手くいかんと今度は弱者のフリなんか~。は~だっせえのぉ~!!」

 何時も愛想の良いマムシの切れっぷりに知り合い達は驚きの表情で見守っている。

「なッ、そ、そこの護衛が強くとも、お前なんぞ……オゴッ!」

 護衛が自称、自警団の男の顔を地面に押し付けディープキス状態だ。

「ええか、心底頭の悪いお前らにもう一度言教えたる。ホールに次に足を踏み入れたら、お前らの身ぐるみ全部はいで燃やして追い出したるからなッ! 二度と来るなカスがッ!」


 その後、自警団の彼らは一応は出禁になっていないケイア達の所で最初の個人情報交換のコインを使い燃料玉、野菜、最近飽和状態の卵を買い。汁物を平らげ一時、撤退した。雪かき等の仕事の斡旋はあるので、それさえすれば金銭が無くとも物資は手に入る。反省して地道に働き稼いで買うようになれば違ってくるかもしれない。

 後日、彼らが他の宿業の護衛になり住処を手に入れたらしい。その自警団達は多くの宿が出来ていた中の何件かと契約し新しい通貨で毎日、誰かしら買物に来る。新しい仕事が見つかった事態は良かったと言える筈だった。

 しかし、そんな彼らは物忘れが激しいのか頻繁に従業員がドーム内に住んでいる話を聞いてきたり移住を諦めずに言ってくるそう。しかし決定権はケイアにある。そうして断っているが繰り返し同じことを言い反応が気に食わないのか毎回、怒っている雰囲気らしい。怒る客は二回目来店からは微妙な客として見られる。

 毎回、威圧感が怖いとの言葉が上がってきている。毎日の常連となったので従業員達がストレスを感じ始め、どうするべきか悩む。ホールで騒ぎを起こし出禁にされた為にケイア達の店で買えないと彼らは飢えるかもしれない。無情に切るほど鬼にはなれず。とりあえず注意をする事にした。

「我々は何度も修羅場を乗り越えてきた。威圧感との事だが今は、そんな些細な事を気にする世界では無い。若いから苦労を知らず、そう勝手が言えるんだろう」

 敢えて彼らの誰かが来るのを待っていたケイアが前に行き。代表として注意したからだろうか護衛でクロバはいるが否定的だ。シンプルに舐められている。

「いいか、今すぐドーム内へ受け入れるか、それが出来ないなら我々は新しい勢力を増やすのみだ。そこを足りない頭で考えるんだなッ!」

「そうですか……私の知識は浅く今すぐに思い付くのは貴方達が増えると言うなら今の内に間引きするぐらいなのですが……意見はありますか」

 強気には強気で返す。礼儀が無い者に礼儀は無くて良い。

「小娘が我々を脅すつもりかッ!」

 ちょっと煽ったら切れた。栄養が足りず怒りっぽくなっているみたいだ。栄養は何が良いだろうか。ケイアは余っている小麦粉と育てた果物の販売もしようと頭で思考した。きっとビタミンB・Cが足りないのだろう。いや、塩かもしれない。塩も入れたセットを用意するのも良いかもしれないな。

 ケイアが違う事を考えていれば返答が無い事に対し男が言う。

「はッ、ビビッて言葉も出な」

「一つ、従業員達にしつこく話かけない事。一つ、順番待ちしている他のお客さんに一々、喧嘩を売らない事。一つ、お互い好意的なら構いませんがナンパは控える事。特に下品なナンパが不快を買ってますよ」

 ケイアは彼の言葉にかぶせて注意事項を口にした。

「はぁ〜? バカ、バカ、バカだな、オイッ! 本人の自由に口を出すとは、ガキがモテず溜まって」

「なあ、もうコイツ出禁にしよう」

 今度はクロバが言葉をかぶせて言い放つ。

「お前ッ! 少し力があるからとグッ!」

 有無も言わさずクロバが自警団の男を床に転ばせ押し付ける。地面はひんやりして寒い。床キスな男を放置してケイアは、ゆっくりと近くの椅子に座る。深く椅子に座った状態で無言で、どうするか考えながら呆れる男を眺め。男は上手く喋れずウゴウゴ言っていて睨む視線は良くない状態だ。

 ケイアは余裕を持ち前もって用意が出来たからこそ今がある。その余裕を、こうして出来るだけ後腐れ無いように配っているが調子に乗り人を無下にする相手にまでする気は無い。

 これは一線を超えているのか。いないのか。此処で捨てれば、どうなるか。ケイア達は、これを捨てるだけだが。明らかに買物が出来なくなれば略奪者になる可能性がある存在。どうするべきだろうか。


 ギシ……。


「可愛いケイアは今日も慈悲深いね」

 隣の椅子に深く座って成り行きを眺めていたリンリが身を起こし口を開いた。

「俺としては君の配慮を取ってコイツら全員の腕を汚く折り出禁で良いと思う」

「え」

 連帯責任で腕を折った上に出禁とは、ナンパ(無理やりな性的な誘い)でストレスを非常に感じている従業員の悩みを解決しに来た先は腕折り。しかし、それをするとだ。予測される最悪が生まれるだろう。しかし反省を感じない自警団達。せめて全員ではなく個人は、どうだろうか。

「まぁーさ、腕は場合よっては治るし次いでに欲の元を潰すか」

 クロバが追い撃ちしてくる。怒りを見せていた男の瞳が怯えに変わった。

「うーん。するとしても玉だけで良いんじゃないかな?」

 男の呻きが高くなった。ケイア的には腕は使えないと不便だし玉は今の世界だと使い所が、そう無い。玉の方が良いと思って言った言葉だったが男は瞳を潤ませている。泣きそうだ。

「とりあえず先程の注意が守れないなら玉を潰して出禁にしようと思います。二度は無いです。良いですか? もう一度言います。一つ、従業員達にしつこく話かけない事。一つ、順番待ちしている他のお客さんに一々、喧嘩を売らない事。一つ、下品なナンパは絶対にしない事。ようは性的な行為は絶対に禁止です。二度は無いですからね。ちゃんと覚えて気をつけてください。下品な性的な行為は絶対に禁止です」

「覚えられなきゃ終わらすだけ」

「別に今、折って潰しても良いんじゃねーの?」

 リンリが慣れた様子で呟き。クロバが男の指を反対側に、ギリギリまで曲げながら目を細め言う。男は痛みからか認識からか青い顔でブルブル震え出した。

 ケイアは眺めながら、フゥッと息を吐く。コレだけ怯えれば記憶に残っただろう。連帯責任では無く、よっぽど質が悪い個人ずつで見つけ次第、一玉潰し出禁にする事にした。

 その時の男は解放された瞬間から静かになり、これで一応はストレスを減らせるかと思った。しかしだ。予想外に覚えが悪かったのか。それとも本気にしていないのか。情報が伝わってないのか。別の自警団達が直ぐに騒ぎを起こした。


 ざぷ……ッ。


「はい、どうぞ」

 ケイア達が売店として使う建物にもトイレはある。ホールの所程、数は無いが充分使えるトイレだ。60度を保つ燃料玉で保温され平均55度以上になっている湯をバケツに入れて柄杓と共に貸し出す。寒いから簡単に冷めてしまうが一回のトイレの間は、ある程度保ってくれる。トイレの個室も出来るだけ燃料玉で温度を上げているので、これをし出してから排泄中の凍死は出ていない。

 大切な仕事だ。主に雇っている、お湯配りの子供達が丁寧に行ってくれている。人の命を助けている事もあり彼らにとっても誇りを持つ仕事になっていた。そんな中、自警団の男の一人が腕が上手く使えないと、その、お湯配りの少年をトイレの個室に連れ込もうとした。

「え? でも、それは……持ち場を離れちゃダメで……」

「は、離してください……ッ」

 そんな事を言われたのは始めてで持ち場を離れるのも駄目だと思っている子達は戸惑いオロオロとする。

「二人いるだろうがッ! いいから手伝え!」

 怒鳴られ、言葉を失う子供達。半泣きで震える子供の腕を掴んで力任せに引っ張って行く。

「はッ? アンタ、手ぇ使えるじゃないか!」

 トイレの、お湯貰いの順番待ちをしていた次の客が普通に使えている手を見て驚き突っ込みを入れる。自警団の男は舌打ちをして、客の言葉を無視する。客も戸惑いながら男を止めようとして無言の蹴りの脚に当たりそうになって慌てて背後に下がった。

「な、ちょッ! 子供にさせず普通に自分ですれば良いだろ! 気持ち悪いッ!」

 客が怒って叫ぶ。しかし図星だからか言葉は返さず。それでも無理やり少年を引きずって個室に押し込もうとし騒ぎに護衛達が駆け付けた。どうやら自警団らしき男が怪しい行為をしないか目を光らせており直ぐに異変に気付いたようだ。

 自警団の男は何か言い訳を叫んだらしいが有無を言わさず護衛達がボコボコにしてルールを仲間に伝えるよう言い聞かせで指を一本ずつ折る。内容を覚えたか復唱させ、覚えたら玉は二つとも潰し雪氷の通路へ追い出したらしい。ケイアは一つ玉潰しと思っていたけど相手が子供で質がより悪く感じたので、それで良いとした。

 処罰を実行に移したからだろう。次の時から彼らの買物が静かになり時折、ケイアが顔を出すと怯えを見せるようになったのだった。




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