第7話 宿開店
止まない雪の中、建物を避けながら走る三台のスノーモービル。三点の線が降ったばかりの雪に線を描き。後ろの方から雪に埋もれ線が消えていく。
ブォンブォン……オオン……! ドドド……ッ!
防寒具で身を確りと包んでいる三人組は貰った情報と過去の地形を思い出し位置を合わせる。進んでいたスノーモービルの先頭の男はスピードを緩め自身の会社の前へ止まった。背後の二人も同じく止まり先頭の男が何かの認証機器の画面の霜を厚手の手袋で拭き出てきた黒い面に瞳を近付け瞳孔を合わせれば、カチッと音がして分厚いシャッターの鍵が開く。
「一回、下の氷を取らないと開きそうにないな……」
トントン……トロォ……
男は仕方なさそうにボトルの蓋を開け油を調整しながら少しずつまく。二人は静かにソレを見守り男が吹雪から何かの棒を守りながら着火ライターの火を点け棒が燃えたのを見て、ソレを油の上に落とした。
ボゴオォォ〜!
火は一気に広がって一瞬だが辺りを熱くし雪氷を溶かす。だが数秒ほど燃えると熱は冷め、その勢いを失った。
火が消えたのを確認して灰が見える側まで行くと、シャッターの動きを確認し後ろの二人を手招きする。二人はコクリと頷いて男と同じようにスノーモービルから下り、三人でシャッターを勢い良く持ち上げた。
ガシャンッ!
熱で下半分の凍結が取れ。三人分の力で一気に氷が剥がれ落ち、冷えているが雪に埋もれていない中が見えた。
「中に入れるぞ!」
「「はい、父さん!」」
男を父と呼んだ二人はシャッターが開いた中へ三つのスノーモービルを入れ、三人は自身のビルの中へ入り込んだ。ビルの中は酷く冷たい。しかし外の吹雪の世界に比べたら随分と生きた心地がする。
出入口付近で防寒具やスノーモービル上の雪を落とすと、ふーッと息を吐く。白い息が風で消えず近くで拡散する。
「この予備会社は、ほぼ倉庫になっていたが……被災時でも動く電力が残っていて良かった……」
父親は安堵から呟き。火付け用の鍋をスノーモービルから取り建物内を見回す。燃やせる物を探すのだ。
「父さん。今、調べた感じ暖房とかを点けなければ認証機は、もう半年は持ちそう」
「良かった! 父さん、兄さん! 防犯グッズ、ちゃんと残ってたよ!」
息子が喜びに満ちた表情で壁の蓋を外し防犯グッズを二人に見せた。
「良かった……!」
「よし。一度、軽食をしてから使えそうな物や物資を探そう。聞いた店には一度、休んでから向うが……こんな世の中だ。噂の可能性は低い。罠かもしれないしな……この中で持って帰れる物資だけでも用意しておけば骨折り損にはならないから飴一粒も残さず見つけるぞ!」
「うん!!」
「先ずは……お湯を沸かして、お茶を飲んで温まろう」
弟は元気良く頷き。兄は少し暗い瞳になって給湯室へ向かう。
「あ、カロリー食がある! 父さん食べて良い?」
平たい高カロリーのビスケットを持って下の息子が言い。
「うむ。硬い缶詰などは帰りに持って帰ろう。それよりはかさばる物や軽い物を今食べるとしような」
十三歳ぐらいの息子の頭を防寒具上から撫で父親は頷き。お湯を沸かしている兄は半、倉庫と化していたビルの給湯室から小鍋、古そうな茶っぱと砂糖、コップを持ってきた。
「雪を、ちょっと取ってくる」
「あ、ボクも行くよ!」
「私も……」
「父さんは火を用意してて」
「そうだよ。ボクらに多く使い捨てカイロくれてるんだし少しでも温まってよ」
「……うむ。じゃあ、そうしよう」
息子二人はシャッターを半分まで開けて兄が外の比較的、綺麗そうな雪を小鍋にパンパンに詰めて帰って来ると直ぐに弟がシャッターをギリギリまで閉めた。隙間は少しだけ空けているので、その空気は、とても寒い。少しでも中に冷たい空気が入るのを避けたいが明日、中から扉が開けれないと困るので、そうしておく。それと共に二酸化炭素中毒も避けている。
小鍋で、お湯を作り三人は砂糖を沢山入れた熱いお茶を、ゆっくりと胃に流し入れ硬い携帯食を噛み締めて飲み込んだのだった。
次の日、三人はスノーモービルには乗らず最低限の荷物を持ち。情報を元にして極寒の道を歩き噂の雪氷空洞を見付けた。
ざり……ざり……。 ガチャンッ! ガラゴロ……ガラゴロ……。
持ってきた台車を開いて床に置き、手持ち部分に付けた紐二本を兄弟二人が其々持ち音を立てながら進んでいく。台車が進む音は煩いが人の姿は今の所、見えず音は遠くで吹雪。近くで台車の進む音だ。
「……何度もいうが罠の可能性は大いにある。このような世界だ。人を食うような者達が出て噂を流し呼び入れている可能性は否めない。もしもの時は私が……撃つ」
「「はい、父さん」」
父の真剣な言葉に息子達は返答し三人は緊張の中、歩き続け三時間程、経った頃、人が凍死した死体を見付けた。
「これは……」
それは裸で身体には多くの打撲の痕があった。三人が戸惑っていれば人の歩いてくる気配。通路の先から見えたのは武装した男二人組。
「あ? オイオイ、それはオレらのだ。勝手に取ろうとしてんじゃねーぞ!」
気の荒い男が怒りの眼差しで近付こうとしてきて父親は息子を背後に庇い銃に触れる。男が、もう少し近付けば撃とう。そう父親が、ジッと様子を見ていれば男の相棒が振りかざそうとした手を止めた。
「ああん? なんだ?」
男が怒る男に何やら囁き。ジロジロと親子を値踏みする視線。
「っちッ」
「……すまんね。店に凍死した死体を見付けて持って行くと弔いをした上で燃料玉を貰えるから探し回って先程、見付けて二人で運ぼうとしたら台車の姿だろ? あんたらが、ソレを取らないなら俺らの勘違いだ」
「……ああ、そうか。死体があったから見ていただけだ。持って行くなら好きにすれば良い」
「所で、あんたら店は初めてそうだな? どうだい。俺らの手伝いをしてくれるなら店まで案内しよう」
どうやら台車で店まで運ばせたいらしい。店は、ここから歩いて一時間程の距離とのこと。多少、複雑な道に迷っていた三人は体力が下がる事に不安はあったが承諾し死体を運ぶのを手伝い店まで案内される。
粗暴な雰囲気の男二人は自警団という者を名乗り、彼ら曰く此処らへんの地域を守っているそうだ。父親は警戒しながらも話を聞き。値踏みするような妙な視線は気になったが本当に店までの案内が行われた。
自警団と名乗る男二人は店の手前まで来ると死体を左右から腕にして先に向かっていく。親子も台車を閉じて店らしき場所に入る。入れば雪氷の通路とは温度が一気に変わった。
「これだけ人が生きていたのか……」
「良い匂いもするね……」
「あ、見て! あそこでスープ? 売ってる! は、百円!? え……安すぎない?」
「匂い嗅ぐと、お腹が……」
「父さん! 父さん! 先に食べよ! 食べてから買物しよ!」
「そ、そうだな……」
良い匂いのする屋台に並んでいる客らしき人達の後ろに並び三人は順番を待つ。順番を待ちながら近くの屋台の後ろには野菜が沢山入った箱や何か違う物も見えた。まさかの野菜。こんな極寒の世界に野菜。父親は戸惑いながらも、それらを嬉しそうに買っていく人々の姿を目にする。
「事実だったのか……」
どう考えても極寒の世の中に、あれだけ立派な新鮮野菜が存在しているのか分からない。分からないが理由など、どうでも良い。今、確かなのは食糧が手に入るという事実だ。
「いらっしゃい! 一人、一杯ずつ限定だよ。三杯分、注げば良いかな?」
「はい! お姉さん、お願いします!」
「あはは! 元気が良いね〜!」
女性店員が未成年は無料として親の百円を受け取る間に体格の良い男性店員が汁物を三杯分丼に注ぎスプーンと共に親子へ渡してくれた。
「いいか、死にたくなけりゃ、いきなりかきこまず、ゆっくりと飲み込むように」
空腹状態の危険性の注意を一言添えられ深く頷く。親子は温かい丼を震える手で持ち、近くに設置された席に座り一口を口に運んだ。三人共に、熱い液体をゴクンッと飲み込む。少し痛い程の熱さだ。
「……」
普段から、お調子者の下の息子も喋らずに三人は瞳を潤ませて最後の一滴まで肉団子入り野菜スープを飲み干したのだった。
***
宿屋開始の初日、子供達がホールで手作りのポップと旗を掲げて屋台で買った焼菓子を食べていれば定期的に来るスポーツ用品店のグループが声をかけてきた。ケイアが積極的に説明したら即、泊まる事を決める。兄妹達のタワーマンションの雪かきが終わったら泊まるとの事で二部屋、予約済みだ。
他にも大きめの成人前の男の子二人と品の良い中年男性のグループが声をかけてきて直ぐに案内をする。彼らは、此処の情報を知り命懸けで三日かけて来たらしい。家には祖母、母、小さい妹が食料を待っているとの事。直ぐに帰りたいがヘトヘトで一日安全に休めるなら百万だろうが出すと言う。
「おお……温かい……」
「全然違うね……」
「鼻が痛くなくなった〜」
三人は休めさえすればと、そんなに期待はしていなかったが部屋の中に入ると燃料玉が入った鉢で部屋が温められていた。燃料玉の保温効果は一玉、一時間。近くに寄れば中々に温かい。来た時に一人、八玉ずつ渡され使わず持って帰るなら持って帰っても良いと言われる。三人なので二十四玉。
今の世界では暖房類は高い。前は千円程で買えた炭は気が付けば十万になり何処にも売っていなくなった。夏に別荘で過ごしていた彼らはバーベキュー用の炭や冬用の薪を一年中、満タンにするようにしていたので一般よりは持っている方だったので良かったが。
前の市販の使い捨てカイロなど一枚百万円との噂もある。この親子は去年余って別荘の倉庫に置いてあった使い捨てカイロを見付けたので使っているが無ければ極寒の外など移動出来なかった。
燃料玉は買うとバケツ一杯分、五万だ。ここで五万だと離れた場所では取りに行く労力と貴重さで百倍にだってなる。ただし凍った遺体を持ってくるとバケツ一杯分がもらえる。
「この厄災が来てから燃料の高騰は止まらない中でとは……破格だな……」
中年男性は少し考えて自分の八玉は暖房用に出しておき、子供達に、いざという時の自分用にと閉まっておくように言う。今日、見たばかりの裸の凍死した死体のようにならない為にも。
「……今日、出会った、あの怪しい自警団と名乗る二人のような者が荷物を持つ帰りには多く来る可能性がある。その時は自分達の命を一番にするように、良いな?」
男性の息子達は真剣な表情で深く頷いて服の裏の隠しポケットに八玉ずつしまい込んだ。
コンコン……。
扉がノックされて三人は一瞬、ハッとした視線を向ける。彼らが外で経験した事柄で不安な空気が漂い。緊張しながら父親が扉を開ければ血行の良い子供二人が彼らを見上げていた。
「スープのサービスです。一人、丼一杯分。入りますか?」
専用台車に鍋を乗せてやって来た子供二人が言う。
「え、あ、もらおう?」
父親が拍子抜けした声で返答した。
「え? スープ? 良いの!?」
「わぁ……さっきのホールで一杯もらえたけど足りなかったんだ。助かる」
息子二人が嬉しそうに声を出して、ようやく理解が追いついた父親が呟く。
「すごいな……スープまで貰えるとは……」
子供二人が燃料玉で保温している熱々スープを並々と丼に入れて三人にスプーンと渡した。
「食器は食べ終わったら外の扉横のオボンの上に置いてください」
「分かった。ありがとう」
「身を拭く用のお湯はホールにあるので好きなタイミングで取りに来てくださいね」
「おお……そうする。また後で」
三人はスープを口にする。スープの具材は大根おろし、大根の刻んだ葉、生姜おろしを砂糖と塩で整えているらしい。胃に随分と優しい。多分、長い間、食べて無かった者達への配慮だろう。三人は、そう判断して直ぐに食べ終わる。
胃が温かい状態で丼を持ってホールに向い直接、丼を返して湯を貰う事にしたのだ。ホールを温めるついでか保温されている湯をタライに注いでもらう。
「男性は205号室に行ったら簡易サウナも出来ますよ」
「え、サウナ? サウナに入れるのか……」
「パンツは別売りです」
「あ、買えるんだ」
「二枚で青色マークコイン一枚か千円です。205号室で売ってますよ」
「おお……」
三人は、どうするか話し合いながら身体をお湯で拭き部屋の排水以外難しい風呂場に冷めた水を捨て身が温まった事で元気が出たので行ってみる事にした。
生姜湯はセルフサービスで飲めるらしい。とりあえず飲んでから服を脱ぎ天幕の中のサウナに入り込んでみる。整え敷き並べられた丸石の上にバスタオルが敷かれ寝転がるとツボ押し状態。天幕の中は温かい蒸気が上がって汗が滲む。
「じんわりする……」
「寒くないから寝そう……」
「サウナかあ……考えたなぁ……」
身体全体が温かく芯まで温まる。この宿に来て氷河期になってから感じれなくなった芯の部分が温かいという感覚。熱すぎる場所では無いので、ウトウトしながら、のんびり過ごし最後に空気が温かい浴室で頭から用意された湯を頭から流し汗を落とした。
生姜湯を飲んで部屋を出る際にポップを見つけ203号室で予約制で髪洗いをすると書いてあったので頼めるか聞いてみると今回は初の客なので即出来るらしい。
「家でも簡易サウナは出来そうな気がするな」
「買った燃料玉に、こんな使い方があるとは思いもしなかったねぇ」
一人、十分ずつ洗い待ちの間はセルフサービスの生姜湯を飲みながら会話して待つ。三人は久々に全体的にスッキリして部屋に戻って行ったのだった。
初の客達が部屋に戻った後、マンション住民や護衛の軍人達と会議が行われる。
「スープは二種類作ったら、どうだろう?」
「腹に優しいのは最初で……二回目、朝出る前には少し野菜増やして出すとか……」
「仮に出すとして別に二杯とも同じで良いんじゃないか?」
「時間をかけてくる人達は移動時の排泄一つが命懸けだろうし帰りに、お通じをあまり良くしない方が良いんじゃないかな?」
「それもそうか」
「帰り道は燃料玉を買わないで帰るなんてしないと思うし排泄も行き道に比べて良いんじゃない?」
「僕ら、こんな極寒の外でした事、ないからなあ……一体、どうしてるんだろうね」
「今じゃ此処のトイレ個室は比較的、温かいし湯で流せるからな」
「マンション近いから、あそこのホールトイレも子供達が仕事してるの見るぐらいか」
「並ぶしねえ……」
「戻ってきてから、する方が早くて使わんなあ……」
「まあ、マンション内でも燃料玉来る前は排泄後に体温下がって亡くなった方、一人いるし確実に大変だよな……」
「ううう、考えただけで胃が冷える……」
「あ、じゃあさ。二回じゃなくてさ、二種類を最初に選ばせたら良いんじゃない?」
「遠い処から腹を空かしてくるだろうしねえ……」
「ただ空腹時に急激に胃に入れて行くのは危ないから、そこを説明して具沢山と選ばせるとか」
「ふむふむ」
マンション住人以外にも護衛になった軍人達は気付いた点を言う。
「経営はしてないので不快だったら流してほしいんですが……人数が増えてきたら予約制の髪洗いは別料金の方が良いかも。女性陣は確実予約を取ってするし、そうなってくると無料だったら他の誰もが、お願いして収集が付かない気がするんですよ」
「なるほど、なるほどね。貴重な女性からの意見だ」
「あ、俺、髪洗うより伸びた髪を切ってほしいな」
「寒いのに切るのか?」
「寒いけど長いと日常でもたつく感じが不便だしさ……正直、前の短髪に直したい」
「そういうもんか」
「じゃあ次いでに髪を切る散髪屋的なのがあっても良いかもね」
「ああ確かに……」
「さっきの親子の場合なら髭剃りとかもアリかな。息子さんの方は若いから伸びてなかったけど親父さんは半端に伸びてたろ」
「保温効果あるから剃らないかもよ?」
「そもそも我々、免許とかないですし変に切ったら問題になりません?」
「あ、そっかあ」
「髭も髪みたいに免許いるんかな?」
「え〜免許裁ける人間なんて、もういないし家庭系で大丈夫じゃない?」
「昔は休日に庭で父さんが切ってくれたなあ……」
「あ、オレは髭剃りと髪洗いセットは嬉しい」
「次いでに顔も石鹸で洗えて、安くて良いからスキンケアできたら気分良くなりそ」
「スキンケアって?」
「化粧水とかの肌乾燥させないクリームみたいなもんだよ」
「あ~」
そうやって話し合いをしていればスポーツ用品店の男性グループが仕事を終えて案内され、やって来た。先程の親子と同じように説明する。彼らは今回、七名いるので二部屋だ。
「これだけ温かいと凍死の心配が無いし一時間ごとに起きる必要性もないな……」
どうやら休憩の際は凍死を避ける為に短い休憩を繰り返し過ごしていたようだ。眠る時間を減らし初回の時に見付けた空き家やビルの空部屋に入り中にテントを張り缶などで火の元を近くに作って内側では寝袋で出来るだけ温まりながら眠るが、見知らぬ建物の中は良くてマイナス二十度前後だ。そこから火の元で温めはするが初回の行き道は今より短く寒さで心臓を止めないように十五分程度の睡眠を繰り返し凍死を避け、ほぼ徹夜でタワーマンションを目指したらしい。
帰りは燃料玉のおかげで密閉空間でも二酸化炭素の心配もなく一時間の保温睡眠ごとの交代で休憩が取れるようになったとのこと。こうして行き帰りの間で長時間の休息が取れる事が心から嬉しいそうだ。
用意した簡単な食事を終え同じ流れで湯で身体を拭きサウナに向う面々。髪洗いは予約で順番待ちになったが今のところ作ったばかりの仕組みを全部行って満足してくれたらしい。
「次の時も絶対に此処に泊まりたい。来れる予定日前には予約をさせてほしい」
彼らのリーダーはスポーツ用品店の社長だ。前に交換した衛星電話でケイアに予約をするようなので、その時はケイアの方からチャットで予約を入れておく事になった。
初日は二組でオレンジ色マークコイン六枚と現金三万の儲けだが軍人から借りた護衛達でマイナスだ。ローテーションで二名が交代。一日、四名分を支払う。最初の一ヶ月はケイア達が負担するが二ヶ月目からはマンション住人達が算出しなければならない。
他の燃料玉や食料も今まで貯め用意している。備品もケイア達が一時負担で後々、売り上げが出たら返済。月々も純利益から二十%の支払いをダイハが契約していた。ケイア的には返しを何も考えていなかったので驚きだ。だが商売として進めるなら中間補助としての資金を貰うべきだと言われ頷く。ダイハとしては甘めの契約らしい。とりあえず本人達が納得しているようなので深くは何も言わず。ケイアは見守る事にした。
十日も経つと宿が繁盛している噂が広がり別の生き残っているマンション住人も真似をしだしたらしい。やはり手助けをした最初のマンションが一番人気だが護衛が無くとも誘われて別に泊まる人はいるようだ。
最初の支援マンションは予約含め、大抵、満員状態。たったの十日で凄い事だ。
泊まれる情報が広がったからか遠くからの命懸け客層が増え。兄妹達のタワーマンションのホールは広げたにも関わらず常に混雑するようになった。
流石に混雑しすぎなので軍人達の協力で、より場所の拡張をし放置された隣の建物を使いケイア達の販売場所が変わった。
「思っていたよりも人が生きているか……」
今日は、リンリも一緒に新しい開店場所に来て椅子に座り流れを眺めている。彼の心配はモール内の物資の残量だ。四カ月が過ぎモール内の一階にある大型スーパーの食料のみだが三分の二程になった。客層が増えたのもそうだが特に軍部の輸送が減りを促したかと思う。
氷河期前の改装予定、前日に怪訝な顔をされながらも無理やり、パンパンに詰めて通路には保存食品や冬用の生活物資を箱を重ねて置いたが随分と減ったと思われる。しかし、それは表面上の食料だ。別に入っていた珍しい食品店舗、土産コーナー、酒屋、駄菓子屋、百円ショップは、ほぼ手付かず。自販機なども動いていない。
それにケイア達の住民分はタワーマンション下の大型スーパーから出していて余裕があるし隠している地下には未だ手を付けていない。
放置している兎や鶏も勝手に増え続け最近はモールの広場の方にも侵入しているようだ。大抵は畑を狙って、そちら側に集まり巣を至る所に作っているが手入れしていないモールの景観用の草木を狙って食べ巣を作っている。今のところ天敵が居ないからか視界に入らない方が珍しくなってきた。
鶏達の朝の起こし方がエグい。時計いらずだ。鶏がコケコッコーっと爆音を鳴らすと住民が飼っている犬達もワオンワオンと鳴き大合唱。皆、自然と朝に起き出す。鶏の卵取りに関しては女性や子供達が積極的に朝、収穫し有精卵か無精卵かを調べ有精卵は巣に返している。
元々、作っていた広い鶏用の巣箱には古参鶏が陣取り若い鶏達は旅に出る。そうして半野生のようになって勝手に増えている状態だ。そろそろ新しい巣箱作りをして集めて管理した方が良いかもしれない。ケイアは雑過ぎたかもと最近、反省している。
ドーム内は広いので、まだ大丈夫ではあるが。ケイアの反省を他所に、リンリや護衛の者達は新鮮な肉が増えたと嬉しそう。特に護衛達は新鮮なチキンを何時頃食べようかと、よく喋っているのが聞こえる。彼らは、チキンが好き過ぎた。
もし面積が何ヘクタールで用意でき餌も用意出来るなら乳牛も置きたかったが無理だった。残念だが、もう生きてはいないだろう。一応、ある程度の動物の卵子や精子は地下に保管しているが現状、牛、豚、ヤギ、羊などは居ない世界となったと思われる。
正直、これだけ人が連日来て、モール内のスーパーやタワーマンション下のスーパーの食料の減りは少ない方だとケイアは思っていた。植物を成長させる能力者が現れてくれたおかげだ。
最近、モール内の酒屋を開いてほしいとの願いが兄妹達のタワマン住民から増えた。モールの巨大スーパーには残っているが種類が多くない。ストレス発散に高級なのを飲みたいらしい。だが、スーパーのが無くなる迄は許可は出すつもりはない。勝手に兄妹達は開けて買っているが数は大した事が無いので今は放置している。
そういえば新人軍人の男性人の中で酒の要望があったらしい。良い酒というよりは量がほしいそうだ。その他は道具や本類だとか。
酒に関しても氷河期前は専門の酒類製造免許が取れなければ違法だったが糖が作れたら作っていくのも良いかもしれない。
男性軍人に関しては、リンリが受付けたのでケイアは内容まで知らないが道具は避妊具や発散用のもの本は大人向けだった。本は、ケイア達の男性護衛が先に取っている分とで、ちょっと揉めたようだ。新人軍人達が漫画(大人向け)を諦め小説(大人向け)を選んだと、リンリから聞いたケイアは普通の小説だと思っているので娯楽を求める余裕が出来たんだと頷いたのだった。
***
同じ宿屋で一緒になった男性グループのリーダーは過去に親子が出会った事のある相手だった。別荘地へ行く前、スポーツ用品店に行き、キャンプ用の道具一式を大量に買った店の店長だ。
「まさか真夏に、こんな風な世界になるとは思いもしなかったが貴方に勧められるままに色々な道具を買ったおかげで随分と助かった。ありがとう」
「いえいえ。私共も説明すればする程、大量に買っていただき大喜びでしたから……それにしても、もしかして別荘で?」
「ええ。ただ、寧ろ良かったよ。被災時にも頑丈に出来ていた場所だったからね。冬に使える道具も多かった。食糧に関しても自宅よりも多く用意していたからね……ああ、そうだ。此処で会ったのも縁だ。君らに、ちょっと言っておくよ」
「はい?」
「なんだか妙な男二人と出会ってね。自警団だとか名乗る者達なんだが……どうも怪しい雰囲気だった。他にも人数がいるような事を言っていたし帰り道は気を付けてくれ」
「あ……それ噂になってる略奪者の予備群ですね」
「略奪者の予備群……」
「どうも、雪氷の道内で出没するらしく何かをしようとしている雰囲気があるそうでして……」
「オレらの女神の住み処に近づいて来てるのが気持ち悪いんっスよね~!」
「女神?」
青年の女神という言葉に父親は、キョトンとした顔をした。
「あはは、此処の宿やホールの方のスープや野菜の屋台を開いた、ケイアさんという方のアダ名です」
「え! あのスープの? わ〜! そうだったんだ! ケイアさんか〜! どんな人なんだろー!」
弟の方が、ぴょんぴょん跳ねて興奮しながら言い。兄が少し考えて言う。
「もしかして……宿の旗を掲げてた子の隣に気品ある美人な方が護衛みたいな方と共にいたんですが、あの女性ですかね……?」
「あ、きっと、そうですね。昨日は子供達の隣で護衛のクロバさんと共に長い間いらっしゃったみたいですし」
「あ……あの人が……あのスープの女神様……」
弟が瞼を頭、ぽ〜っと何かを考えている。
「そうだ。別荘の方に向かうなら道は途中まで一緒でしょうし、その自警団とやらも数が多い私達は避けるので一緒に途中まで行きましょう」
「それは助かる……!」
「あはは。こんな世ですがケイアさんみたいな女神もいますし我々も持ちつ持たれつ行きましょう!」
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
死ぬ覚悟もしていた父親は、スポーツ用品店の店長の手をグッと握りしめながら深く感謝したのだった。