第6話 隣人か鬼か
植物は全部が全部、良い感じに育つわけではない。形や色合いが奇妙になる事はよくある。しかし前の商売の感覚で売る物は比較的綺麗な物をと思ってしまう。なので形の悪い林檎は全部、ジュースかアップルパイにする。
ジジジ……ガゴリガリゴリ……。
アップルパイをオーブンで焼きながら、簡易手動ミキサーを手で回してリンゴを擦りリンゴジュースにしていく。ある程度出来たらサラシで越して残ったクズは丁度良い煮込み料理があれば甘み代わりに入れて用途が無ければ燃料玉用の材料だ。
「今回も生姜で飴を……」
最近は気付くとポルト少年が何かしらの植物の成長に成功している。ただし成長一点なので味が万人受けするとは限らない。
緑皮の柑橘が出来て皆で喜んで食べてみれば、とても酸っぱかった為に今はモール地下に保管して熟成中だ。ただ酸っぱい現状を好ましい人は思ったよりおり、それはそれで人気だったりする。食べられて余った大量の皮を使って生姜飴を作る事にした。
寒い中でも植物類を干す事は可能だ。寧ろ乾燥気味で腐らない乾燥食材が出来やすい。大量のスライス生姜と柑橘の皮をタワーマンション屋上で干す。
虫も寒くて全然居ないので、ほぼ放置で上手い具合に乾燥食材になるのだ。定期的に護衛の皆さんの腕力に手伝ってもらい店から用意したすり鉢で粉末にして水で伸ばして砂糖、粉寒天も入れてグツグツ。
今回は寒天で固めてみたけれど材料を見ながら変えもする。純粋な大きめの飴だったり柔らかい飴だったり水飴だったり食感を感じる寒天飴だったりと試行錯誤しながら身体を温めて胃の調子を良くさせていこうと思う。
料理の際に絶対に出てくる残りカスや芯は全部、能力でまとめて燃料玉になる。ビー玉程の大きさの燃料玉は不思議と一時間は冷めず熱を出す。石炭の見た目に似ているがコレは完全に違う物資だ。
この燃料玉は火が消えても半径十センチは60度程の温度を保ち最大半径1メートル内は約40度程を一時間は必ず保つというものだ。料理をしたいなら火を点けておくのが良いが保温や部屋の温度を上げるなら消してから鉢や缶に入れて置いておくだけで狭い空間の暖房として活躍してくれる。
これを火傷をしないようにホッカイロの代わりや保温用にしたり簡易炬燵にするでも良い。ホールに来れば氷通路よりマシでも寒いのは変わらない。寒い中では身体は排泄一つで急激な温度低下が起こり亡くなる事もある。その為、トイレにも鉢植えを置き中に火を消した燃料玉を置く事にした。一時間事に変えなければだが、これで少しは死亡率が減らせるだろう。
ケイアの方のドーム内の人間は今の所、一人も亡くなっていないが、こちら側は違う。ケイア達が顔を出す前の初回の頃などは列に並んでいるだけで動かなくなった事で体温が下がり亡くなる者が続出したそうだ。そうなった死体は凍って腐らないので氷通路に置き去りにされていた。
それを目にしたケイア達は何回かに分けて氷に貼り付いた人間を掘り出し火葬する為にドームへと運んだ。最初の頃は、そう、ただ火葬をして弔ったのだ。だが、人の倫理観は徐々に効率や資源について考えだす。
彼が生ゴミを燃料に変えれると発覚した時、その燃料は必ず人々の生きる糧になると分かった。モール内にあった生ゴミは全て燃料に変わり燃料玉は一番、需要が多い。そうなった時に火葬はしたが上手く燃えきれず残っていた死体の事を思い出す。この極寒の世界で一人でも多く生かすには熱源が必要だ。倫理観を語る前に命があるのだ。
大人一体分でバケツ五個分の燃料玉が出来た。
ケイア達は最初、軍人達を人をハム肉にする鬼と疑っていたが気付けば自分達の方が、人を燃料にしている。生きている人達を生かす為にだが、やはり倫理観は生の前では崩れやすくなるのだろう。
人の大きさによるが小さくとも必ずバケツ一杯分は取れ。人を生かす為のケジメとして弔い用の遺体を持ってきた場合、ケイア達が代わりに火葬するとし返しに燃料玉バケツ一杯分を出す事にした。
そう情報を出すと近所の人達が部屋で凍死した死体を持って来るようになった。別の所から来る人達も台車などで大抵、一人は運んで来るようになり、弔いはしている。一人から出た燃料玉の一つを白い灰になるまで燃やし黙祷を捧げる。
それが、ケイア達の出来る限りのケジメだ。
その後、その白い灰は土に撒かれ畑の肥やしとなる。燃料玉にし使い切れば肥料にし間接的に野菜の栄養にしては口にしていく。ドーム内の人々は、それを知っているが外の人々は、それを知らない。知った時、どう思われ罵られるだろうか。けれど全てを無駄なく使い切り循環させ生き残れる人を一人でも多く残すのだ。
ある日、マンションの子供達に相談された。彼ら曰く、遠くからやってきた人達に金銭を出すから泊めてほしいと頼まれる事が度々あるようだ。けれど略奪者という可能性もあり毎回、困っているとの事。
ケイア達は会議を開いた。元々、優秀な商才のあるダイハとリンリが意見を出す。議題内容は二つ。前から気になっている拠点を置いた軍部と子供達から相談された宿についてだ。
あれだけ警戒していた未来で人をハム肉にした軍人達。ケイア達に届いたメールには軍人の写真は無い。今、いる軍人達が必ずしも、その時の軍人とは限らない。しかし、リンリのメールにあった出現の時期から予測して彼らが、そうだと思われる。
きっと余裕の無さは人々を狂気に染めたのだろう。今の時間軸では予想外に軍人達が攻撃的では無く友好的なのは、やはり最低限の物資。その一つが人を隣人か鬼に変える。
今の所、彼らは隣人だ。隣人である限り、こちらも鬼になる必要性は無い。
さて、もう一つの議題。もし宿という商売をするなら、どうすれば良いか。
「軍人共は完全に、あそこを拠点にしている。チャンスさえあればモールを狙うと俺は思うが。どちらにせよ、あの人数だ道作り以外に借り出しても、かまわないだろ」
リンリが冷めた目で言い。ダイハは宿やホテルの経営や客層はランクよって変わってくると言う。
「高かろうが変な奴は多いが出す金がある者は略奪者にはなりにくい。別の要求を出すかもしれないが軍人達とコチラが契約して少数でも見守りをしてもらえれば視界に入るだけで安全性は高まり、そういった部分を求める層に人気になると思う」
「軍が断るなら、オレらの護衛共を使えば良い。訓練はしてるが正直、実戦が少なくて鈍るからな」
毎日、毎日、驚きの訓練をしてて休日であろうと関係せずに身体を動かしている護衛の方々。チームに分かれて広いモールを全力疾走しながらボコボコに殴り合ったりナイフでギリギリをしていたり偶に肝が冷える。建物も凍っていても関係せずにスルスル上まで登るし雪に慣れなければと積極的にホールの仕事や出張屋台、道作りに行くのを見ると、ちょっと違う人間だなっと思う。
ケイアは寒いのが苦手だし雪かきは正直しんどくてしたくない。スポーツジムで身体を鍛えるのは苦ではなかったが雪かきは運動としては一、二を争う嫌いな部類な気がする。山登りも嫌いなのでサブで作ったタワーマンションの階段を、もし毎日、上り下りなんてする事になったら絶望するだろうなっとケイアは思う。氷河期が来ると知って前もって全力で設備を整えておいて良かった。本当に本当に良かった。
ケイアがクロバと共に支部になった軍の所へ行くと随分と改装されていてサウナに入って汗を流す軍人を見かけた。風呂代わりに燃料玉で作った室内の温度を上げ、サウナ状態にし汗を流して寒さで固まった身体を解しているらしい。
「え……ちょっと良いな……」
クロバが興味を示したのでドーム内に作ってみようか。考えてみると氷河期になってから風呂に入る行為は出来なくなった人が殆どだろう。身体を拭くぐらいはしてるかもしれないが大量の湯作りは燃料が豊富にないと難しい。足湯は作ったがサウナが出来れば喜ぶ人も多いんじゃないだろうか。しかし問題は場所だ。あれだけ人が増えた場所に、これ以上は増やせない。
「……」
ジッと軍が作ったサウナを見つめるケイア。ケイアが歩くのを止めて熱心にサウナを見つめるので周りが妙に照れだした。
「も、も、もしよろしければ入りますか……?」
ドギマギしながら一人の青年が言えばケイアは頷く。着替える場所などをソワソワしながら探そうとした青年だったが、ケイアは服の状態で一度入り中の温度や様子を見て直ぐに出てきた。
「サウナだけでなく最後だけでもかけれる流し湯……水分も用意して……」
様子からして調べる為だったと分かり青年は何とも言えない表情になる。クロバがジロっと睨むと青年は慌てて最初の通り彼らを軍隊長の所へ案内したのだった。
「試験的にマンションを宿のようにする為、略奪者から守る為に護衛をする者を借り見返りは物資か新しい通貨と……ふむ」
最初のガリっとしていた頃と変わり頬はハリを持ち血行が良くなった隊長が少し考えて控えている者に人を呼ばせた。来たのは七名の軍人。
「今年、入隊したばかりの新人共だが話の通り抑止力はなるだろう」
そうケイアに言い。新人達に目を向ける隊長。
「お前達は今日から一ヶ月、試験的な宿の護衛にあたれ。その際にケイア殿から礼の物資か通貨が貰える。好きな方を選び、その二割は軍に納め、残りは自分らの好きにして良い」
その言葉に彼らは歓喜した。どうやら、とても欲しいモノがあったようだ。
新人軍人の二名は女性、五名は男性。女性の方はケイアに報酬の質問をしにきて男性達は何故かリンリを隅へ引き寄せて内緒話みたいに話している。女性軍人二人が欲しい物を言う。
「その……スキンケア系が……最初に持っていた物は無くなってしまって……今じゃ全然、手に入らないんです……」
「ナプキンに関しては布を代用すれば、なんとかなったし、まあ食事が不十分で止まる子が殆どでしたけど……でもスキンケア系は代用が効かなくて……!」
「サウナに入れるようになったら、もう、より死活問題なんです……!」
「ケイアさんの、その肌艶、絶対、使ってますよね?」
「どうにか……!」
報酬は存在する物であれば好きに選んでくれて構わない。ただ値段換算は氷河期前の時のだ。給金は護衛一日、一人、オレンジ色マークコイン(一万)三枚分。そこから好きに物資を選んでも良いし貯めたって良い。軍に二割渡すようなので分かりやすいのは通貨だが。
「もう一度、聞きますが前の物価値段で買えるんですよね……?」
「はい。大丈夫です。モールには入れませんが此処ならチャットも出来ますし写真も送れますので、やりとりをして……」
「そんな……そんなに買えるだなんて……! だとしたら、高級リオザシリーズの化粧水、乳液、美容液……パックと……」
「じゃ、じゃあ三十日護衛したら前の金額なら90万って事に……? 前より稼いじゃうってこと……? あ、二割は減るのか……いや、前より稼いでるわ」
そんな三十日連勤なんて大変過ぎるから、させるつもりは無いけれど七人で良い時間割を選んで欲しい。そう考えて女性二人が真顔で呟いているのを眺めていれば護衛のクロバがケイアの頬を軽く指先でツンツンしだした。ケイアが戸惑いの表情を浮かべると視線が合ったクロバがニヤっと笑みを見せ『よ、可愛い子ちゃん』と囁く。ケイアが、ヴッとなっていればピタッと女性二人の呟きが止まり、そちらを見れば生温かい瞳と微笑みがあった。
社会的な基盤が崩れ再構築の最中だと税金やら保険やらが失われる。現状、身内であり物資があれば見てもらえるが治せるかは微妙だ。簡易のものなら自分達で出来るし現状、彼女達は所属する軍部に二割献上で自由な通貨や物資が手に入るからか。やる前から、やる気満々だ。
軍部とは話がついたので子供達のマンションへ新人軍人達の顔合わせと宿作りの現状を見に向う。宿作りにはダイハは参戦していて彼の知識で今ある物資や状況を判断し最善の高級宿を模索しているようだ。
先ず前は上階の方が高い意識があった。しかし、ケイアのタワーマンションとは違い、どこも設備は整っておらず上に行く為のエレベーターは使えない状況だ。なので行くには滑る階段を登らなくてはならない。さらに一階は燃料玉で上よりも温かい。なので現在の高級は一番温かい場所だ。
子供達のマンションの住人は元々、五十名近くいたそうだが今は十八名。空き部屋が多い。
軍人を借りて空部屋を一つずつ整え、一部屋四名は泊まれる部屋が出来る。何名で泊まるかは部屋料金だけ取り四名までは良しとするので本人達に決めてもらうそうだ。ダイハ曰く彼らは略奪者を注意して少なくとも数人で組んでやってくる。大抵は共に寝泊まりをする事を望むだろうとの事での判断だ。
現状は全部屋、均一料金。一部屋、一日オレンジ色マークコイン三枚、または現金で三万円取るそう。四人なら一人あたり七千五百円となる。ケイアは随分と安いと思ったが彼女は元々、財閥の令嬢なので少し抜けている。クロバは他に何か無いと微妙じゃないかと言う。
「子供らは今までの稼いだ分で一食分のスープを出すんだろ? 軍人の護衛があり略奪者の危険が減り凍死が避けれる温かい部屋で休む事が出来るし十万取っても客は来ると思うよ」
リンリは掃除された部屋の様子を確認し洗われた毛布を手にしながら、そう言う。クロバは、その言葉に『まあ、カップ麺が一つ一万だった時期を考えて温かい食が出れば妥当か……』と呟く。
「今は一階が高級層とは言ったけど現状、値段は統一している。僕としては後々、此処を改装して再度、上の階を高級にしたいと思っているんだ。その時は、もっとグレードを上げ十万はいこう。オレンジ色が今、一万だけど十万用のコインも作りたいね」
ダイハは先を見ているらしい。
「ただ、そうなると燃料玉で部屋を常温にする以外に欲しいのは、お風呂なんだよね」
「あ、そうでした。簡易サウナを作りませんか」
ダイハの言葉にケイアは思い出した思考を口にした。
「ん、サウナか! 良いね。構想を聞かせて」
ケイアが先程、軍部で見たサウナの事を話し、その際に思い付いた内容を語る。
「出来れば一部屋ずつ、お風呂が普通に使えるのが良いんですが現状は無理なので……空部屋で女性用、男性用のサウナ部屋を作るのは、どうかと思いまして……」
生き残った、ここのマンションの人達は毎回、何かしら仕事をしている。なので露天風呂とまでは行かずともサウナ部屋を監理すれば、どちらにとっても良いのではと思う。
部屋を丸ごと改装できるなら行い。大きめの天幕の中に石を詰め敷き上に布を置き内側の四方や真ん中に燃料玉の壺を設置して、寝転がってもらえば簡易サウナにはなる筈だ。
汗をかいて出てきたら一回風呂場にて桶に用意したお湯で頭から身を流し水分を最後に砂糖、塩、磨り下ろし生姜の湯を飲んでもらうなど、どうだろうか。他にも髪を梳かし洗う専用の部屋があっても良い。先程の女性軍人から感じたスキンケアの熱意から考えて終末であろうと美容に関しては皆、思う所があるのではないだろうか。
確りとした風呂は、もっと大規模な設備が無いと難しいが熱を込め汗を流す行為のみなら比較的作りやすい。汚れも定期的にタオルを交換すれば衛生さが保たれる。サウナが嫌ならタイルに、お湯を入れて燃料玉で温めながら身を拭くタオルを貸し出すサービスでも良い。凍死する心配無く身が綺麗に出来るのは、きっと価値ある場所となるのではないだろうか。
石はタワーマンションやモール周りの景観に置かれた丸石達を集めて洗い、巨大天幕の内側にベニヤ板を敷き上に石を敷き詰める。上には大きいバスタオルを並べ中の四方に燃料玉の鉢を置いて火を付ける。一回、中で熱して温度を上げ天幕が焦げない程度で水をかけて火を消し蒸気を出す。
「寝転がった感じ頭がゴツゴツする……身体はツボ押しみたいで良いけど頭は痛いかも……」
ケイアが渋めの表情で呟いた。
「オレは好き」
「悪くはないね」
クロバとリンリは頭部のゴツゴツ感が気にならないようだ。
「君達、本当に仲が良いなあ……」
リンリとケイアは普段のスポーツジムの際の服で寝転がり、クロバはパンツで寝転がっている。ダイハは燃料玉に時折水をかけて蒸気を増やしては腕まくりをした服の状態で、寝転がる三人を眺めていた。
「あ、そうだ。小豆枕、モールの枕専門店にあったはず。あれ持ってきて置きましょ」
ケイアが閃いたと声を出すが。
「盗まれるんじゃね?」
「取るだろうね」
「え……」
二人は呼吸と共に、そう言った。
「うーん。現状、男性人は頭の痛みを感じてないみたいだし……試しに女性の方だけ置いてみるかい?」
ケイアの小豆の閃きにクロバとリンリの言葉が突き刺さったがダイハが中間意見を出して一応、女性専用のサウナ部屋には試しに置くことになった。軍人女性二人と女の子達には小豆枕は好評だった。髪洗い専用の部屋も身内には好評だ。現状、宿に泊まった人達のみのサービスなので最初の客が来るのを待つことにしたのだった。