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2 落ちこぼれ部下②

 昼休みの女子トイレの中──。


 個室に誰かが入っていることなど、全くおかまいなしのお局連中3人組が、化粧直しをしながら噂話に花を咲かせていた。


 いつだって間が悪いのが胡桃だ。

 彼女は洗面台を占拠して全く動く気配のない先輩たちと遭遇し、個室の中から出られずにいる。


 胡桃の耳に嫌でも会話が届いてしまい、ドアノブに手をかけたまま、扉を開けられない。

 あと1分早ければ会わなかったのにと、胡桃の顔は引きつる一方である。


 だが胡桃をげんなりさせる元凶の先輩3人組は、トイレの個室が使用中だと気づくはずもない。


 彼女たちの騒々しい声が、個室にいる胡桃の気配を掻き消しているのだから。


 化粧直しに夢中な3人のうち、一番年下の大杉由紀が口を開く。


「普通に考えても白浜さんって、まじで仕事できないし、本社にいらない人材ですよね」


「まあ、あのメガネの地味女が鈍間なおかげで、私らが部長に睨まれなくて助かるんだけどね~」


 2歳年上の作田花梨が、キャッキャッと嬉しそうに言った。


 そんな会話を交わす2人の後輩を交互に見やる最年長の松木美奈が、にんまりと嬉しそうに言った。


「花梨ってば、白浜さんがやり直しの仕事をいっぱい抱えているのを知ってるくせに、会議の資料作りを頼んだでしょう」


「まあね。もう資料は印刷してもらえたし、ラッキー」


「ちゃっかりしてるわね」

「そういう美奈先輩だって、外回りのお遣い押し付けていたじゃないですか!」


「ふふふ、よほど私のことが怖いのか? すぐに買ってきてくれたわよ」


「うわ~、知らなかった。私も新年度の決裁ファイルを作ってもらうのをお願いしたら、普通にやってくれたんだけど。本当に馬鹿だね」

 もう1人の後輩も続いた。


「雑用ばっかりやってて、あの愚図、今日は何時に帰れるんだろうね」


「まあいいじゃん。私らは楽できるんだし」


「確かにそうね。ははは」


 先輩3人にけらけらと笑われ、がっくりと肩を落とす胡桃は、悔しいと思いつつも彼女らがいなくなるのを必死に耐えるしかできなかった。


 声も聞こえなくなりしばらくしてから、そろりと扉を開けてデスクへと向かう。


◇◇◇


 夜7時。終業時刻の午後5時が過ぎると一斉に退勤する社員たち。薄暗い事務所にはすでに胡桃の姿しかない。


「やっと終わったぁ~」

 椅子に座る胡桃は、腕を高く突き上げ体を伸ばす──。


 緊張をほぐすように体の力を抜くと、キョロキョロと周囲を見渡す。


 部長室の電機は付いておらず姿も見えない。

 だが、決裁の提出を待つ琢磨が会社にいるはず。


 早く提出したいなと考えていれば、ちょうど部長が戻ってきたため、すかさず彼の元へと駆け寄る。


「お、お疲れ様です。やり直しの決裁の確認をお願いします」

「ああ」

 冷静な顔で胡桃の手からさっと奪った書類をパラパラと見る琢磨は、「やっぱりな」と呟く。


「ま……間違っていますか」


「いいや、完璧だ」

 ホッと胸をなでおろす胡桃の表情が緩む。


「白浜はいいかげんに、この環境に慣れたらどうだ」

「え、え、えっと……?」


「1人になって集中すれば、ミスもなければ仕事も早い。それなのに、日中に仕事をすると失敗するのはどうしてだ?」


「え、え~と……」

 困惑する胡桃の言葉が詰まる。


「周囲に人がいるからだろう」

「そ……そうでしょうか……?」


「誤魔化すな。白浜以外、風邪で全滅した日に出された決裁は、普段とは雲泥の差だった。今だってそうだろう」

(あ~、退職した社員さんの結婚式のあとに、みんなが熱を出した日があったなぁ)

 と思い起こす胡桃は顔を背ける。


 仕事が大層捗った日のことを胡桃も覚えていたが、うまく言葉を返せずそのまま固まった。


「……」

「誰かにいじめられているのか?」


「あ、いや、そうではなくて」

「それならどうして他のメンバーがいると仕事が乱れるんだ」


「人が近くにいると、集中できなくて」

 うすうす自分でも克服しないといけないと感じていたことを告げる。


 人の視線。特に男性の視線が苦手で、見られていると思えば、全く仕事が手につかないのだ。

「対人恐怖症ってやつか……?」


「はい、特に男に対して」


「原因はあるのか?」


「こ、これといって特に理由はないはずなんですが……。ざ、残業を許可して欲しいんです……。そ、そうすれば集中できるので」


「駄目だ。桜井建設は残業ゼロを売りにしている会社だ。夜に1人で残すわけにはいかないし、業務時間中に同じパフォーマンスができなくてどうする」


「そうなんですが」

「白浜には期待してるんだから、頑張ってくれよ。わかったなら早く帰れ」


「はい、お疲れ様です」

 そう言って、ぺこりとお辞儀をし、会社をあとにした。


お読みくださりありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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