14 鍋はビールで乾杯①
琢磨のマンションの玄関を開けると、リビングに煌々と灯りがついているのだが、物音はなく静まり返っている。
いつもなら胡桃が駆け寄ってくるのだが、今日は違うようだ。
胡桃は風呂にでも入っているのだろうか?
そう思う琢磨は、あえて大きめの声で「ただいま」と口にしながら廊下を進む。やはり胡桃からの返答はない。
独り言になってしまった「ただいま」に気恥ずかしさを感じる琢磨は、言わなければよかったなと、顔を赤らめた。
だがその直後、リビングのソファーを見た琢磨から、くすっと笑みがこぼれた。
「寝ているのか」とぽつりとこぼす琢磨の視線に映るのは、スーパーの袋を机の上に置いたまま、ソファーで胡桃がうたた寝をしている姿だ。
うつぶせ気味の態勢で、気持ち良さげに寝息を立てている胡桃を見て、今日は疲れたのだろうと、労いの感情を抱く。
クローゼットからブランケットを取って来ると、胡桃にパサリとかけてみたが、その刺激で起きる気配もない。
今日の会議でのことだ。人と話すのが苦手な胡桃の性格を熟知していたが、突如として説明を求めてみたのだ。
答えられるだろうかと心配もしていたが、存外、自分の意見をはっきりと伝えられた胡桃を見て、やればできるじゃないかと嬉しく感じ、誇らしく思ったのだから。
「お疲れさん。今日はよく頑張ったな」
日ごろ、自己主張しない胡桃にとって、さぞかし疲れたようだ。そう考える琢磨から優しい笑顔があふれた。
無防備にリビングで眠っていることに、「こんな所で寝て。俺だって一応男だぞ」と呟く。
だがやはり起きる気配はない。油断しきっている姿がかわいく思えてならず、頭を撫でようと彼女に手を伸ばしかけ、ハッとした。
「白浜は部下だろう。余計なことを考えるな」
と自分自身を自制し、伸ばした手を引っ込める。
部下である胡桃は琢磨にとって恋愛対象外だ。
それ以前に、14歳も年下の胡桃から「好きになることはない」と宣言されてもいる。それもルームシェアをする直前に。
かわいくて触れようとしていたなんて、情けない。何を考えているのだ。
彼女から拒絶的な言葉を聞かされなくとも、胡桃を好きになることはない。琢磨もあのときは同じ見解だったのに。
それなのに胡桃を見て赤面してしまう。
(どうしたんだ、俺は……)
言い寄ってくる女性が多かった琢磨は、元々恋愛に大して興味が薄い。それどころか、相手に関心を持つこともほとんどない。
にもかかわらず、胡桃のことが気になって仕方ないのだ。その感情を誤魔化そうと、強引に視線を変えた。
そうすれば、テーブルの上に胡桃が買って来た食材が入ったビニール袋に目が留まり、中を見ようと歩みを進めた。
(白浜は今晩、何を作ろうとしていたんだ?)
自分でも作れるものだろうかと考えながら、その袋の中身をガサゴソと漁る。そうれば、鍋でも作ろうとしていたように思えるバリエーションが詰まっていた。
琢磨が手に取った白菜をしげしげと見つめる。
「鍋だよな、きっと」
再び胡桃に視線を向ければ、やはり気持ち良さげに夢の世界にいるようだ。まだしばらく起きないだろう。
買い物をしてきた胡桃は、鍋についてこだわりでもあるのだろうか?
そう考えたものの、あったらあったでそのときだ。
彼女の食べたいものと違っていたら、次回作ればいいだけと判断し、琢磨が調理をはじめた。
◇◇◇
お読みいただきありがとうございます。
もしもよろしければ、ブックマーク登録での応援をいただけると、今後の励みになります。




