13 わんこ系男子の登場
松木と田中の報告会議が終わり、部屋からぞろぞろと出てくる社員たち。
人の流れを、松木が恥ずかしげに俯いたまま見送る。見送りの言葉も出てこない。
いつも一緒にいる女子社員2人も、気まずそうに顔を背けながら部屋をあとにした。
洒落っ気のない女性ものの靴が、目の前を通過しようとしている。
見覚えのある黒いローファーは、胡桃だなと察し、眉間に皺を寄せたまま顔を上げた。
ファイルを胸に抱えるように小さく丸まって歩く胡桃の横顔を見た松木が、拳を作った手をぷるぷると震わす。
一方の胡桃も向けられる視線に気づいたのだろう。
不安になり、人のいる事務所に一刻も早く戻りたい気分に駆られる。
状況を弁えず余計なことを言ったのかもしれない。
そう感じて青ざめていると、明るい男性の声の呼び止められた。
「白浜さん!」
誰だろうと思いながら、おそるおそる首を後ろに回せば、好青年が目を細めた。
悪い人ではないと感じる胡桃が安堵した相手は、宮丸庄吉25歳だ。
部内のムードメーカー的存在である彼のことはよく知っている。
とはいえ係が違うため、あまり話したことはない。
テンションの高い宮丸に対し、体が強張る胡桃は肩をすくめて返答する。
「……な、なにか?」
「どうして今回、白浜さんが報告書を作ることになったの?」
「そ、それは。昨日、影山部長が私に作れと命じたからで、特に深い意味はありませんが」
「へぇ~、影山部長がそんな指示を出すのはめずらしいけどね」
「そうなんですか?」
「部長は何を狙ってるのかなぁ〜」
宮丸は上目遣いで考えていると、またしても琢磨に迷惑をかけたのかと思う胡桃は、落ち込み気味に返答した。
「私の仕事ぶりが影山部長の悩みを深くしているのでしょうか?」
「ははっ! 違う、違う。白浜さんって真面目すぎだから!」
「そうじゃないとしたら、どうしてでしょう?」
「白浜さんは、影山部長にすごく期待されてるんだって」
「そんなことは、ぜ、ぜ、絶対にありませんって! いつも怒られてばかりですし」
ありもしない持ち上げ話だと感じ、真に受けない胡桃が、慌てて両手を振って否定した。
「はは、きっとそうだよ。これを1日で作れちゃうんだもん。それに──」
と言いかけた田中の口元が胡桃の耳元に近づき、ひそっと小声で伝えてきた。
「白浜さんに注意をしているのって、白浜さんが悪いわけじゃないと思うよ」
「いや、ミスを指摘されているので私が悪いんです」
「たぶんだけど、うちの柴野課長に聞かせているんじゃないかな?」
「それはどうして……」
「部長に決裁が回る前に、課長がちゃんと気づけって言っているんだと思うけど」
耳にかかる息に動揺すると同時に、その言葉の意味も理解できずにいる胡桃は、口をあわあわと開けるだけで、うまく言葉が出てこない。
「……ぁっ」
大混乱を起こしたまま真っ赤になると、理由を問いただそうと宮丸を見つめた。
「部長が柴野課長を呼び出して直接叱ったら、白浜さんに仕事を回さないとか考えちゃう極端なタイプだからさ。うちの課長って、超めくらばんだからあちこちから評判悪いしね」
「そ、そうでしょうか? 私のミスが多いだけだと思いますが」
「影山部長は人をよく見ているから、できないと思う人に今日のようなことを頼まないと思うよ」
「影山部長が……?」
「白浜さんは部長から気に入られているんだね」
自分を気に入るなんてないだろうと思う胡桃は、きょとんとした表情を浮かべる。
そうすれば「今のは僕の推測だけどね」と、にこっと笑顔を向けられた。
困惑する胡桃は、返すべき適当な言葉が見つからず、小さくこくんと頷くのが精一杯だった。男性がすぐ近くまで接近してきたことで、思考回路が完全にパニックを起こし、収拾がつかなくなっていた。
だがそんな胡桃の心情もお構いなしに、純真爛漫な田中が明るい声で続けた。
「白浜さんの髪って凄くいい香りがするんだけど」
「香りですか……?」
「シャンプーって何を使ってるの?」
「え?」
急に髪の質問に変わり、わけもわからずきょとんとする。
「別に深い意味はなくて、本当にただの興味本位で聞いているだけだから」
「え~と」
「やっぱり美容室で売ってるやつなの?」
「あ、い、い、いいえ」
「ん? 違った?」
にこっと可愛い顔を見せる。
「わ、私は、ド、ドドラックストアに売ってる、普通のものを」
「へ~、意外。髪が綺麗だから、こだわりのシャンプーがあるのかと思ったけど、違うんだね」
「こ、こだわりなんて、一切ないですよ」
「ふ~ん、そうなんだ。じゃぁ僕はコーヒーを買ってから事務所に戻るから、こっちに行くね。またいろいろ聞かせてね」
そう言って、にっこり笑う宮丸は、すたすたと真っすぐ歩みを進める。
一方的に好きなことを話し終えた宮丸の背中を、胡桃はただ目で追っていた。
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