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鬼上司と落ちこぼれ部下の『治療契約』からはじまる秘密の関係  作者: 瑞貴


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12/15

12 調査会議②

 翌日の午前10時30分──。


 琢磨から指示された時間まで残り30分と迫るが、未だに帳合いを済ませていない段階である。


 時計を見て、間に合うだろうかと焦る胡桃は、慌てながら20部の資料を準備していた。


 内心、彼女は自分がしていることの意味をわかっていない。


 抵抗する術もない胡桃は、琢磨から資料作成を命じられ、大人しく従っているだけ。


 どうしてこうなったのだろうかと小首を傾げる胡桃は、琢磨の思惑も全くもって理解していない。


 とはいえそのことに気を取られることもなく、テキパキと体を動かす胡桃は完成した資料を抱え会議室へと駆け込んだ。


 幸い出席者はまだ来ていない。主催者の2人だけが会議室にいた。

 今日の会議の内容は、建設業界の動向に関する調査報告である。


 この案件の担当は4年目の田中宏斗と胡桃を馬鹿にしていた松木美奈である。


 開始10分前に胡桃が会議室に入れば、テーブルの上には、田中と松木が準備した資料がすでに配布されている。


 会議の準備が完璧に済んでいる様子であり、やや薄暗い室内の前面のスクリーンには、報告書の内容が投影されていた。


 会議に1番乗りで駆けつけた胡桃を見た田中と松木は、「なんだあんたか」と言いたそうな顔を向け、すぐに視線を外す。


 声をかけてもらえることを期待していた胡桃は、僅かに表情を曇らせたものの、すぐに気持ちを切り替え優しい笑顔を見せた。


「あの~、影山部長から資料を1部追加するように指示されてお持ちしたのですが」


 弱々しい胡桃の声が部屋中に響くと、すでに並べられた資料を見やる田中が答えた。


「あれ? 資料の追加なんて聞いてないけどな」


「か、影山部長がそのように仰っていて」


「なんだろう。まあいっか。他の資料の一番下にして配っておいて」


 声も返せずに「はい」と頷く胡桃が、各テーブルに資料を紛れ込ませ終えたころには、時刻は10時57分。課内の会議が間もなくはじまる時間だ。


 会議の参加者がぞろぞろと集まってきたため、胡桃も一番後ろの目立たない席に腰を下ろした。


 ◇◇◇


 そうして会議が始まり、映し出された映像を背景にした松木美奈は、長い髪を後ろに払い、気合十分にプレゼンを終え、決め顔を作った。


 彼女が「以上が、私と田中さんで分析した結果となります」と発表を締めくくった。


 すると発表を聞いていた出席者から、質問が上がる。

「今使った資料の他に、もう1部、別の資料があるのはどういうことですか?」


「あ~、え~と」

 と即答できない。

 そもそも何の資料を胡桃が直前に置いたのか、聞いていない。当然である。


 返答に困る松木美奈と田中が視線を合わせ「あんたが説明しなさい」と、無言で責任を押し付け合っい、先輩の圧力に押され気味の田中は汗を流す。


 自身が進行している会議で知らないとも言えず、どのように誤魔化すべきかと考えたときだ──。


 窓側に座る琢磨が、おもむろに口を開いた。


「一番後ろにあるのは、今、松木が発表したプレゼンの資料と同じ内容のものだ」


「影山部長……私には同じ内容を書いていると感じませんが」


 先ほどの質問をした同一人物が、疑問を投げかけた。

「松木の資料を基に白浜が修正したものだ」


 その言葉に反応したのは、胡桃を馬鹿にしている松木だ。


「本会議なのに、白浜さんの人材育成のために作らせた資料なんて配っているのでしょうか……? 未熟な資料をみんなに配るなんて、あまりに酷ではありませんか?」


「松木から見て、自分の資料が白浜の作成したものと、どこが違うか述べてみろ」


「白浜さんの資料は地味というか、飾り気がないというか、従来どおりで工夫がなくて、新しい時代を築いていくという我が社のコンセプトとはかけ離れています」


「なるほどな。松木の意見としては、白浜が作った資料は良くないと言いたいんだな」


「はいそうです。彼女の資料では、インパクトが少しも残りませんから」


「そうか。わかった」

 琢磨が松木の言葉を肯定するような反応を見せたため、ホッと安堵した。


 だが、それは束の間のこと。


 松木美奈の今の言葉を否定するかのような呟きが、参加者から漏れ始めた。


 そうかと思えば、出席者から胡桃の資料について賞賛の声があがり始める。


「白浜さんのは地味だからこそ、今説明を受けた資料より、見せたい情報が伝わる内容だと思うけど」

 その言葉に別の参加者が続く。


「グラフの配色なんかも、一番見て欲しい項目だけ目立つ色合いにしているから、訴えかけたいことが瞬時にわかってもらえるというか……。わかりやすくていいよね」

 それらの意見に、会議室内の人物が一斉に食い入るように胡桃の資料をパラパラとめくって見ている。


 会議室内に「確かに」と、ざわめきが大きく広がっていく。


 その様子に口角を上げる琢磨の一方、何が起きたのかさっぱり理解できていない胡桃は、ハラハラしながら周囲を見回している。


 皆が胡桃の資料に注目しているところで、琢磨が話をまとめた。


「プレゼン資料は見る相手に対し、いかに負担をかけずに内容を伝えられるかが重要なんだ。松木のように派手にすればいいってもんじゃない」


「ですが、とても洗練されたデザインで、我が社らしいですよね」


「松木の資料は何を伝えたいのか、さっぱりわからない」

 琢磨は納得しきっていない表情を見せる松木を睨みつけながら強気な口調で告げた。


 そうすれば、出席者から「確かにそうだな」という言葉が呟かれた。


 ここまで聞くと、ぐるっと体の向きを変えた琢磨が、胡桃を見て告げる。


「白浜は基の資料から、この資料に修正した理由はなんだ」

 急に降ってわいた自身への質問に、真っ赤になる胡桃。


 そんなことを急に聞かれるなんて聞いていないと、琢磨に力強い視線を向ける。

 だが彼は真剣な眼差しをしていたため、逃げられないと観念して、自分が作った資料を持ち上げると、緊張で震えながら答えた。


「最近は老朽化した建築物の立て替え需要が高まっていますが、あ、悪条件が重なる現場も多い中でも、わ、我が社の工期の速さを売りに資料をまとめました」

 胡桃は自信なさげにどもりながらも、必死に発表しているため、うんと大きく頷く琢磨。


「ああ、俺もそれが戦略的に営業をかけられる強みだと思っている」

 その指摘に松木が真っ青になって口をつぐむと、横にいる田中が強めに反応した。


「それくらいなら、松木さんも私もわかっていましたし、写真とグラフをたくさん盛り込んで、インパクトがあるように伝えたではありませんか」


「た、たぶん、その写真とかグラフが多いせいで、伝えたいことに統一感がなくて、……わかりにくかったんだと思います」


 震えながら発する言葉とは裏腹に、胡桃の表情は真剣で、真っすぐ田中を見つめていた。


 その瞳に押された田中は、「ぅ……っ」と言葉にならない音を発したあとに、負け惜しみのように挑発してきた。


「別にグラフが多いに越したことはないじゃないですか。必要な情報がたくさんある方が断然いいわけですし」


「いいえ、使用しているグラフそのものに改良の余地もありました」


「具体的に説明してみろ」

 珍しく胡桃が自信を持ってはっきりと告げたため、右の口角を上げた琢磨が促した。


「元の資料の折れ線グラフだと、全項目がカラフルなので、見て欲しい変化がどれなのか、読み手は探す手間が出るんです」


 そう言われて胡桃が作成した資料をパラパラとページをめくる。


 あるページでその動きが止まると、田中と松木が食い入るように2人揃って資料の同じ場所に焦点を当てた。


「だからグラフの線の一本だけが赤いの……か」


「そうです。他も同じく強調したい箇所が伝わるように、敢えてシンプルに作りました」


 そこまで言うと、時計を見た琢磨が話をまとめにかかる。

「2人のように、すごいことしてやろうと思う気持ちは大切だが、プレゼンの資料は相手に伝わることが重要なんだ。ファッション誌のようにカラフルにして目立てば良いってものではないからな。今日の資料はこのままでは採用できない。明日の午前中までに作り直して提出するように」


「あっ、明日ですか?」


「白浜は同じ条件で準備してきたからな。もし2人の資料が間に合わなければ、部長会議では白浜の資料を使用するだけだ」


「わかりました」

 と弱々しく発する松木と田中の声がピタリと重なった。


「以上でこの会議は終わりだな」

 そう言った琢磨が立ち上がり、この会議は終了となった。


 俯きがちに立ったまま固まる田中と松木を見やりながら、経営企画部の社員たちも部屋から出ていく。

 その場に残る理由のない胡桃も動き出すと、悔しげに顔を歪ませた松木がその背中を睨みつけていた。だが胡桃は気づいていない。


 すると廊下に出たタイミングで男性社員から声をかけられた。

「白浜さん」


 誰だろうと思いながらゆっくりと背後に顔を向ける。


お読みいただきありがとうございます。

ブックマークをして、この先も追いかけいただけると嬉しいです。

今後もよろしくお願いします。

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