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第9話 消えた理由

「――先輩、会社戻れますか? それともこのまま早退しますか?」

「……皆に迷惑はかけられないよ。戻る……」

「わかりました。じゃあ簡単にメイク直しましょう」


 弁当を食べ終えると、落合さんは泣いて崩れたメイクを直してくれた。

 取り敢えず目元をどうにかすれば、泣いたとはわからないだろう。


 そうして会社に戻ると、何事もなかったように仕事を再会。

 セクハラ男性社員と係長がいなくなったお陰で、先週までとは本当に違い、ストレスがほとんどかからずに終業までこぎ着けた。


 ただ、休憩時間。同僚女性社員からとある話を耳にした。


「あの斎藤さ、不倫してたらしいよ。別部署の人と」

「嘘でしょ? でも、さすがにそれバレちゃ会社に居づらいか〜」


 私にセクハラをしてきていた斎藤は既婚者だった。

 そうか。同僚に手を出すくらいだ。他部署の人と不倫していてもおかしくはない、か……。


 それにしてもまさか辞めた理由が不倫だったとは……天罰だろうか。


「木下係長もさ、取引先の社員に手を出しちゃったらしい」

「いやいやっ! それはさすがにヤバい! あの人も既婚者だしな〜」

「真面目な交際だったらまだしもね。でもヤバいのがそこじゃなくて、その取引先の相手ってのが結婚を控えていた人らしいの」

「はあ〜〜〜〜!?」

「それが明るみに出たことで、先方の社長もカンカンで、その子の婚約者ともドロドロになったとか……まあ噂で聞いた話だけどね」


 斎藤以上にとんでもないことになっていたらしい。

 さすがに取引先企業に加えて婚約者がいる相手との不倫はマズいだろう。


 不倫自体許されるものではないけど、会社を巻き込むほどになっていたとは。

 これは斎藤とは違って木下係長は本当に大目玉を喰らったということになる。


「橘さんも良かったよね〜」

「え?」


 突然話を振られた。

 私が近くにいたからだろうか。


「だって、あの二人には色々苦労させられてただろうし……まあ、私たちも助けてあげられなかったのは事実だけど」

「それは……」

「助けちゃったら、こっちに矢印向いちゃう可能性もあるしね……」

「その気持ちは……わかる」


 私以外だって被害者はいたはずだ。

 それは彼女たちだって例外ではない。目の下にクマができていることからもよくわかる。


 私は周りの女性社員の中でも特にターゲットにされていたということではあるんだろうけど……。


「でも、落合さんが来てからだよねー」

「実はあの子会社の天使だったりする? いらん人を消してくれたし」

「そうだったら落合さん様々だね。見た目とか態度はちょっと鼻につくところはあるけど、斎藤と木下がいなくなったことを考えればね……」


 落合さんはやはり鼻につくらしい。

 それもそうだ。男性社員にはきゃぴきゃぴしてあからさまによいしょしてるし、女性からしたら、何アイツと思われても仕方ない。


「あー! 橘先輩こんなところにいたんですか!」


 そんなタイミングで休憩室にやってきた落合さん。

 わざわざ私を探しにきたのだろうか。


「チョコあげまーす」

「……え?」

「良いからもらってくださいっ」

「はぁ……」


 飴ちゃんではなくチョコ。

 女性としてはどうなのだろうか。ニキビができやすくなるだけではないかとも思うけど……。


「あ、お二人さんもどうぞー!」

「え、私たちも?」

「はいー!」

「わ、これ良いところのチョコじゃんっ。良いの?」

「もちろんです! この会社に就職した挨拶みたいなものですからっ」

「じゃあ、ありがたくいただこうかな」

「私も……」


 落合さんは自然と溶け込み、先程までちょっとした悪口を言われていたとは思えないほど、二人の女性社員の心を掴みかけていた。


 女性ほど敵になると怖いものはない。女性同士のいがみ合いが一番恐ろしいのだ。

 落合さんはそれをよくわかっているのだろう。


 手土産一つでこうも態度を変えさせるとは彼女は本当に……。


 すると落合さんはチョコを渡し終わると私の近くにして、耳元で囁いた


「――てことで、仕事終わったあとは……また家に来てくださいねっ」

「えっ……」

「ほら、もうそろそろ寒くなってきたじゃないですか。……だから今日は鍋にしようかと思って」


 ゴクリ。私の喉が勝手に鳴った。

 鍋といえば……キムチチゲ、豆乳、もつ、ちゃんこ、水炊き……色々な鍋を想像し、私のお腹も反応した気がした。


「…………うん」

「ふふ。楽しみにしていてくださいね。あ、でもせっかくですから、一緒にスーパーでお買い物して帰りましょうっ」


 彼女は私の胃袋を掴んでどうしようというのか。

 こんなにも積極的に仲良くなろうとして、今後どうしたいというのか。


 それに、あの時から聞けていない水を口移しした時のキスのこと。なぜか全裸にされてベッドで一緒に寝ていたこと……。


 普通に考えて、いくらなんでも口移しはあり得ない。


 耳元で囁く落合さんの薄紅色に艶めくリップ。


「――――っ」


 彼女の唇を見ると、どこか恥ずかしい気持ちになった。


「わ、私は鍋にうるさいよっ」

「ええー、そうなんですか? なら一緒に入れたい具材選びましょうっ」


 白い歯を見せて笑う落合さん。

 数年振りに残業もなく仕事を終えると、彼女と一緒にスーパーへ寄ることになった。








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