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第8話 大罪

 午前中は滞りなく仕事が進んだ。


 ただ、ストレスをかけてくる相手が減ったとしても、いるだけで会社から目に見えない圧力を感じるようになっていたことにも気づいた。


 合間合間に気分転換としてコーヒーを飲むために休憩室に行ったりしながらなんとか仕事を行っていくと昼休憩の時間を迎える。


「せんぱーい! お昼ごはん行きましょっ」

「あ、あぁ」


 十二時が過ぎると、キラキラな落合さんが私のデスクまでやってきくる。


「あれ、橘さんって落合さんとそんなに仲良かったっけ?」


 そう声をかけてくれたのは、私の隣の席で仕事をする秋葉涼あきばりょうさん。見た目は大人っぽく長い茶髪が印象的な女性。実際に私の数倍は仕事ができる一歳年上の先輩だ。


「えっと……飲み会で?」

「ああ、先週のね。そういえば、少しだけ話してたもんね」

「はい……」

「じゃあ、ごゆっくり」


 秋葉さんは笑顔を向けて私たちを送り出してくれた。


 向かった先は職場のビルに近い公園。休憩室などでも良かったが落合さんに誘われたので、彼女に着いていくことにした。


 そうして空いているベンチに座ると、落合さんが作ってくれたお弁当を袋から取り出す。彼女も同じく自分のバッグからお弁当を取り出すと同じ形の弁当箱だった。ただ。そのサイズは私の弁当箱より二倍は大きかった。


「先輩飲み物ありますー?」

「あ……ないけど、自販機で買ってくるから良いよ」

「なら大丈夫です! 飲み物も持ってきてますからっ」


 本当に用意が良い。

 そう思いながら彼女がバッグから取り出したのは、一リットルはあるかと思うほどの大きな水筒だった。これも私のために用意したのだろうか。バッグが重いだろうに……。


 弁当箱を開くと、そこにはご飯とバランスの取れたおかずが入っていた。

 本当に美味しそうだ。見た目にもこだわっているように思える。このタレに漬け込んで焼いた鶏肉なんて……じゅるり。


 そうして膝の上に広げた弁当箱。箸がなかったので、それを探そうと袋の中を探したのだが――


 ぼとり。


 嫌な音がした。


 視線を地面に落とす。


「ぁ…………」


 落合さんが早起きして作ってくれたお弁当が地面に落ちて、中身がぶちまけられていた。


「ぁぁ……ぁぁっ……」


 急に胸が苦しくなり、動悸が起きる。息が続かず過呼吸になりそうになりながら、私は犯してしまった大罪に自分を呪った。


「ご、ごめ……なさい……っ。おち、あいっ……さんっ……わたし……わたし……あぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜っ!!」


 なんてことをしてしまったのだろうと。

 彼女の優しさを棒に振るような、許されざる行為だった。


「先輩っ! 先輩っ! ……大丈夫、大丈夫ですから……」

「あぁっ、あぁっ……! ごめんっ……ごめんっ……ごべんなざいいいい〜〜〜っ!!」


 なぜこんなにも涙が出ているのかわからない。

 そんな子供のように泣きじゃくる私を怒ることもせず、落合さんは優しく抱き締めてくれた。


 存在価値のない私に、正面から向き合ってくれて、余計なことは何も言わずに肯定してくれて。それでも私は自分のことが嫌で嫌で……。


「ぁ……まだ、食べれる……落ちてても、汚くなってない場所が……」


 彼女の好意をなかったことにしたくなくて、私は落合さんの抱擁を解き、コンクリートの地面に落ちたおかずを手で拾おうとする。


「――先輩っ!!」


 でも、落合さんが私の肩を掴んでおかずを拾わせるのを止めさせた。

 ぽたりぽたりとぐちゃぐちゃになったおかずに、私の涙がこぼれていった。


「いいですから……その気持ちだけでいいですから……私のお弁当、半分個しましょ?」

「でも……それじゃ……大食いの落合さんのお腹が……っ」

「コンビニで買って食べればいいです。だから地面に落ちたものなんて食べないでください」

「ぅぅ…………っ」


 私はしばらく地面から動けなかった。

 結局私は弁当の中身をどうしても放ってはおけずにハンカチを使って拾い集め、弁当箱の中へと戻した。


「――先輩っ、美味しいですか?」

「えっと……うん、美味しい……」


 今、私と落合さんは大きな弁当箱を二人でシェアしている。

 箸は落ちなかったのでおかずを掴む事自体は問題なくできていた。


 多分、メイクも崩れ、目元も赤くなっていて、酷い顔になっているだろう。

 会社に戻る時、なんて言い訳をすれば良いだろうか。


 私は本当に弱くなったらしい。この程度で涙を流すような人ではなかったはずなのに。こんな泣き虫、面倒くさいに決まっている。


「先輩、本当に気にしないでくださいね?」

「いいや……それは無理だ」

「もう……私が良いって言ってるのに」

「こんなの、申し訳ないに決まっている」


 罪悪感と共に食べるご飯は、どこか変な味だった。

 美味しいとは言ったはずなのに、あまりにも食べることに集中できていなくて、ほとんど味がしない。

 

 どこまでも落合さんは許してくれるが、私は自分を許すことができない。

 だからどうすれば良いかなんてことも思いつかないし、ただ、申し訳ないという気持ちを持つことだけしかできなかった。


「じゃあ、あーんしてください」

「ぇ……?」

「申し訳ないと思ってるなら、私にあーんしてください。それで許しますから」


 そんなことで大切なお弁当を台無しにしたことが許される?

 絶対に釣り合っていない。


 でも、彼女が本当にそれで良いというなら――


「……じゃあ」

「えっ、良いんですか!?」

「うん。だってこれで許してくれるって言うから……」


 私は箸で掴みにくいきんぴらごぼうを掴み、それを落合さんの口へと運んだ。


「あーーーむっ……んむんむ……おいしーーいっ!」


 先ほどから何度も食べていたはずが、オーバーリアクションで喜んでくれた。

 これも私を想ってそうしてくれているのだろう。


「じゃあ先輩もっ! あーーん」

「ぇ、あ!? 私も!? いや、私は――んぐっ」


 突然のことに動揺してしまうも、落合さんの箸は止まらず、私の口めがけて物凄い勢いで突き出してくる。口を開けないと箸が突き刺さってしまうため、私は口を開けてしまった。


「美味しいですかー?」

「うん……」


 強引だったけれど、先程よりは美味しく感じた。

 精神的に回復した、ということだろうか。


「じゃあこれで許しました! なのでさっきのことは気にしないでください! 絶対ですよっ」

「えっと」

「じーーーーーー」

「はい……」


 無理やり言わされてしまったが、気にしないという方向に決まってしまった。


 彼女の優しさがつらい。

 でも、その優しさに救われる。


 私は彼女に依存しはじめているのかもしれない。

 深海に落ちていく私を繋ぎ止めてくれる彼女に私は――。


 



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