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第7話 ママ

 落合さんを部屋に呼んでしまった私。


 彼女は部屋の中に入るなり、嬉しそうにはしゃぎだした。

 なんだか、部屋を見られるのは恥ずかしい。


 それに、最近は掃除も満足にしていなかったせいか、地面に服も散乱し、食べたコンビニ弁当のゴミもレジ袋に入れたは良いが、その後ゴミ箱に捨てていない。


 落合さんの部屋とは全く違い、私の部屋はとにかく生活感が溢れすぎた部屋だった。


「勝手に開けますねー! 開けますよー! ほんとに開けますからね!?」


 さすがにプライバシーを気にしたのか、私の服が入っているタンスに手をかけた落合さんは、何度もそう聞いてきた。


 私はただ頭を縦に振ることしかできなかった。

 上着以外のほぼ全てが入っているそのタンス。「う〜ん」と唸りながら落合さんは私の服を揃えていった。もちろん下着もだ。一瞬にやけたようにも見えたが、気にしない。


「……まずはお風呂ですね!」


 服を準備してから、私の背中を押して浴室へと連れて行く。あれよあれよとするうちにパジャマを脱がされ、裸にされた。この人はママだろうか。


「シャワー浴びれますか?」

「あ……うん」

「じゃあご飯用意しておくので、ささーっと入っちゃってください」

「ありがとう」


 落合さんの眩しい笑顔に誘導され、浴室の中に入るとバスチェアに座って頭からシャワーを浴びた。


 タオルドライした髪のまま外に出ると、用意してくれた下着とキャミソールを着ることに。


「――っ」


 リビングに戻った時、私の鼻腔にすうっと色々な匂いが注ぎ込まれた。


 ご飯の匂いだ。


 その瞬間、唾液腺が刺激され、次々と口の中に唾液が溜まっていく感覚を得た。

 美味しそう。匂いだけでご飯三杯いける。そんなに胃袋は大きくないが。


「あ、せんぱーい。もう少し待っててくださいねー!」

「うん」


 いつの間にか私のエプロンをつけていた落合さん。

 キッチンに立つ姿はどこか新妻にも見える。……って、私は何を考えているんだ。


 ルンルンに料理をしている彼女は、冷蔵庫には何も入っていなかったはずなのに、鍋で何かを温めていた。


「はいっ、朝食でーす」

「わあ…………」


 季節の野菜が入ったおじやだった。

 それに一口サイズに切り分けられた湯豆腐と卵焼き。

 朝食としては十分すぎるメニューだった。


 涎がこぼれそうになる。

 ゴクリと自分の喉の音が鳴ったのがわかった。


「いた――」

「あー! 先輩! 髪まだ乾かしてないじゃないですかー!」


 用意された箸をとって食べようとした時、落合さんが私の濡れた髪を見て、食事を止めさせる。


「いや、でも」

「そのままじゃ風邪引いちゃいます! 先に髪乾かしますよ!」

「え、あ……私のご飯……」

「ご飯は逃げませんからー!」


 その後、私はドライヤーを使って髪を乾かした。

 乾かしたというより、乾かしてもらった、の方が正しいだろう。


「先輩の髪長いですよね〜色々アレンジできそう」

「まあ……落合さんは伸ばしてる途中?」

「うーん。どっちの方が似合いますかね?」


 質問を質問で返された。

 ドライヤーのごーっという音が頭の後ろでするなか、彼女は指で私の髪を梳いていく。


「どうだろう。でも、短いのは楽そうで良いよな」

「ショート好きかぁ。考えようですね……」


 好きだとは言っていないのだが、そう受け取られてしまった。

 髪を乾かした後はヘアゴムで簡単にまとめ、ようやくご飯だ。


 冷たくなってしまっていたので、電子レンジで温め直した。


「…………美味しい」


 金曜日に食べた豚汁と言い、彼女を何を作らせても美味しいのだろうか。


 おじやの中には大根、にんじん、しいたけ、ねぎなどが入っており、お茶碗サイズなのに、それだけで完成された美味しい料理になっていた。

 もちろん湯豆腐や卵焼きも美味しかった。


「えへへ……」

「……どうしたの?」

「先輩が私の料理を美味しそうに食べてるので」


 落合さんは既に朝食を済ませてきていたらしく、ただ私が食べる姿を眺めていた。


「まあ、本当に美味しいから……」

「そう言われると、また作ってあげたくなっちゃいます」

「そ、そうか……」


 私はまた彼女の料理を食べたいと思っているらしい。

 他にはどんな料理を作ってくれるのか。想像するだけでお腹がいっぱいになりそうだ。


「ごちそうさまでした」

「どうしたしまして♪」


 食べたあとは、片付けなどを全てやってくれて、その間に私は身支度をすることになった。


 歯磨きをしてメイクをし、髪を整えるといつものオフィスカジュアルな服に着替える。


「先輩っ、はいこれ。お弁当です」

「えっ……お弁当まで?」


 手渡してくれたのは、なんと落合さん手作りのお弁当。

 至れり尽くせりで、本当に彼女には驚かされる。


「はいっ。一緒にお昼食べましょうねっ」

「…………どうだろう。忙しくなければ」


 お昼ご飯をゆっくり食べることができるのかどうか。

 落合さんに誘われたものの、難しいと考えていた。


 会社の仕事はそれなりに忙しいから。



 そうして私は落合さんと一緒に会社へ出社することになったのだが――



「――斎藤は退社。木下係長は異動。今日から椎名が係長になるからよろしくな」


 朝礼の時間になると、部長が顔を出し、私たちの部署にそう通達した。

 退社したのは、私が自殺しようとした日、飲み会でセクハラしてきた男性社員。

 そして係長は私にパンクするような仕事や残業を押し付ける存在だった。


 聞いた瞬間、すーっと心の中がどこかで晴れるような気がしたのは、間違いではない。


 人のストレスとは、大抵人間関係だ。

 それが良い方向へと変わったのだと思うと、少しだけこの会社でやっていけそうだと思わなくもなかった。


 


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