第6話 私の部屋
意味がわからない。
なぜか落合さんの部屋から出たら、私が住んでいるマンションと同じだった。
しかも見た感じ五階。私と同じ階。
隣……ではない。でも二つ部屋を挟んでいるだけ。
まさか、まさかとは思うが……今までの彼女の私に対する態度といい、わざと近くに引っ越してきたのではないか。
その疑問を確かめるためにまた落合さんの部屋に戻ると——
「あ、先輩。やっぱり寂しくなったんですかー? 私はいつでもウェルカムですよーっ」
「そんなことじゃなくて……! あなた、私と同じマンションなの!?」
私を救ってくれた人に強めに言葉を言ってしまい後悔の念が押し寄せたが、言った手前引くことができなかった。でも、それだけ驚く問題だった。
「えっ、先輩もこのマンションに住んでるんですか!?」
「は……え……?」
「凄い奇跡ですね! やっぱり私と先輩は結ばれる運命……」
「…………」
ここに引っ越してきたのは偶然?
落合さんは目を丸くして驚きを見せるも、それが本当かどうかわからなかった。
「やっぱりあなた、私の近くに住もうと思ってこのマンションにしたでしょ」
「なんのことでしょうか? 逆に先輩が私の近くに住もうと思ってきたんじゃないんですかぁ?」
「何年ここに住んでると思ってるのよ……」
就職してからずっとこの家に住んでいる。
だから既に五年。さすがに落合さんがそれよりも前に住んでいたとは思えない。
すれ違ったこともないし。
「まあ……怒ってもしょうがないわね……じゃあ」
「あっ、先輩!」
ストーカーでも何でも良い。一度は投げ捨てたはずの命。
彼女に悪意があってもなくても、あの優しさだけは本物だと感じたから。今はそれで良い。
そうして再度部屋を出ようとしたのだが、落合さんが呼び止める。
だから私は振り返ったのだが――
「――わっ。なに……」
「ぎゅうううう」
言葉とは逆に優しく私を抱擁してきた。
彼女の行動の意味がわからない。
でも、少しずつ絆されている気がする。
なぜだか、この抱擁もあまり嫌ではない。
耳を噛んだりしなければ、だけど。
「先輩は生きてるだけで偉いです。私たち家近いので、いつでも頼ってくださいね」
耳元で囁かれる声。
嫌な感じはしない。
私はこれまでに色々な人の声を聞いてきた。
下心だけしかない相手の声音はわかってるつもりだ。
落合さんは下心はある。今までの行動からそれはわかっている。でも、それだけじゃない何かが彼女にはある気がしていた。
「……その時は頼む」
「はいっ」
抱擁を解かれると一枚の紙を渡された。
そこには彼女のラインのIDが書かれていた。
受け取ると今度こそ、私は部屋を出た。
久々に帰ってきた気がする私の部屋。
いつもこの場所で過ごしているはずなのに、どこか寂しさを感じる部屋だった。
私はこんなところに住んでいたんだと、落合さんの部屋と比較してしまった。
「ふう……」
軽く息を吐いてからオフィスカジュアルの服を脱ぎ、適当な服に着替えてベッドにダイブした。
それから日曜日まで、何もせず。
ただダラダラと過ごした。
◇ ◇ ◇
月曜が苦しい。
会社に行きたくない。
月曜の朝。私は憂鬱な気分で目を覚ました。
体が重くて、先週の金曜日よりも大分悪い。
一度はっきりと人生が嫌で、会社が嫌だと感じてしまったからだろうか。
ここまで会社に行きたくないと思ったのは初めてだった。
私は無能だとしても、会社にだけは風邪の時以外は全て出社していた。
もちろんそれが当たり前なのだが、だからこそ、今日という日が私にとっての大きな壁になっていた。
枕元に置いてあったスマホを見る。
思い返したのは、落合さんのこと。
私が自分の部屋に戻ってから、彼女は一度も接触したりしなかった。
これがあの子のやり方なのだろうか。
私を寂しい気分にさせて、自分から寄ってこさせようと誘導させているのだろうか。
勝手な勘ぐりを脳内で繰り広げながらも、私はスマホに手を伸ばした。
『助けて……』
ああ、なんて私は弱くなってしまったのだろう。
頼りたい。誰かに頼って、楽になりたい。
短絡的な考えかもしれないけど、そう思ってしまった。
だから、既に登録していたラインから、落合さんにメッセージを送ってしまった。
◇ ◇ ◇
その、一分後のことだった。
ピンポーンとインターホンが鳴った。
マンションのエントランスからのインターホンではない。部屋の扉の前のインターホンだ。
だから誰が家に来たのか、すぐに分かった。
私は重い体を起こしながら立ち上がり、玄関へと向かった。
「おはようございますっ、先輩っ!」
扉を開けると、既に見た目を完璧に整え、出社できる準備が完了していた落合さんがそこには立っていた。
「あ、あ……ええと……なんか。いきなりごめんね」
きゅうっと胸が締め付けられるような感覚があった。
彼女を呼んで、私は何をしてもらいたいのだろうか。
呼んで、何かしてもらえるのだろうか。
わからない。
自分で呼び出しておきながら、答えが見つからなかった。
それでも彼女は――
「レスキュー隊の楪ちゃんが先輩を助けてあげますっ。お邪魔しますねー」
こんなにも簡単に、長く誰も入れていなかった部屋に他人を上げてしまった。