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第5話 ここはどこ?

「ん……」


 目を覚ますと、私は再び落合さんのベッドの中で寝ていたことに気づく。


 窓から差し込む光の明るさでまだ昼間だと理解することができた。


 なんだか、久しぶりにゆっくり寝られた気がする。

 二度寝したからだろうか。これでは豚になってしまう。いや、一日くらいではならないだろう。


 首を動かすと、テーブルの前で落合さんがパソコンとノートを広げて何かしているのが見えた。


 馬鹿みたいに谷間が見えるキャミソールに可愛い女の子が着るようなスウェット。

 そして丸っぽい大きめの眼鏡もしていた。


 …………あれ、この眼鏡姿、どこかで……。


 どこか既視感があるように思えたが、思い出せない。

 わかったことは、落合さんは眼鏡をかけていても可愛いということだ。


 眉を寄せて考え込んだり、何か思いついたようにパッと笑顔になったり。

 一人なのにコロコロと表情が変わる。面白い子だ。


「あ、せんぱーい。起きたんですね」


 私に気づくとニコッと笑いかけてくれた落合さん。

 眩しい。


「うん……マッサージで寝ちゃったんだね。なんだかごめん」

「いいえっ! 私のマッサージが気持ちよくて寝てくれたなら本望ですっ」


 彼女的には寝てくれたことが嬉しかったようで、胸の前に両手で握り拳を作り、ふんすと満足げに鼻を鳴らした。


「今、何時?」

「そうねだいたいね〜」

「ぶはっ!?」


 流れるような有名バンドの歌詞を返され、私は吹き出してしまった。

 本当に掴めない子だ。


「ちょ……落合さんの世代じゃないでしょ。どこで知ったのよ」

「やだなー先輩。音楽に世代は関係ないですよ〜…………ってのは嘘です。お父さんがよく聴いてたので。そういう先輩だって世代じゃないでしょうに」

「私もまぁ……お父さんだけど……」


 そりゃそうか。

 私の父は学生の頃に亡くなった。その父は音楽好きで、よくドライブ中に車内で色々な曲を流してくれていた。特に海際を走る時は海に似合うバンドの曲だったり、景色に合わせていた所が父のマメなところでもあった。


「いいから時間教えてもらえる?」

「えっと……今は三時ですね」


 私寝過ぎじゃない?

 この感じだと五時間くらいは寝ている気がする。


 あれだけ食べたからお昼は必要ないくらいお腹は満たされているので、食事は取らなくても問題ないが、それにしても寝すぎだ。


「先輩の寝顔。可愛かったですよ?」

「お、お前なぁ……」

「ほら、こんなに気持ちよさそうな顔して――」


 すると、落合さんはスマホを取り出し、一枚の写真を見せてくれた。

 私がうつ伏せになって寝ている写真だ。しかも口端からよだれが見えた。


「ちょっ!? 許可なく何撮ってるの!」

「じゃあ許可取ればいいんですか〜?」

「そういう問題じゃ……!」


 私は起き上がり、スマホの写真を消してもらおうと、落合さんに飛びつく。

 しかし落合さんは貧弱な私よりも力が強く、なかなかスマホを奪えない。


 あんなに恥ずかしい顔。ちょっとした弱みを握られたようなものだ。

 持っていてもらっては困る。


「落合さんっ……それはダメ……消してっ」

「無防備に寝ちゃった先輩がいけないんですよ――きゃあ!?」


 両手を使った攻防の中、私が体重をかけたことで落合さんが後ろに倒れてしまう。

 その勢いで私も一緒になって倒れ、彼女の両手を掴んだまま覆いかぶさるような形になってしまった。


「……先輩って結構大胆ですねぇ〜」

「ち、ちがっ……これは不可抗力で……っ」


 肌ツヤの良い落合さんの顔が間近に見える。

 眼鏡を通してこちらを見ている瞳はうるうるしていて、この状況を喜ぶように少しだけ頬を染めていた。


「先輩がその気なら私はいつでも――」

「な、なにを――」


 すると私が掴んでいた手を外し、そのまま抱きしめるようにしてぎゅっと引き寄せられた。すると、彼女の巨乳が私の慎ましい胸と接触し、もにゅんとした感触が伝わった。


 ――落合さんの首筋から良い匂いがした。


 お風呂上がりだったからか、少しだけ汗ばんでいるうなじ。

 同じシャンプーやボディソープを使ったはずなのに、なぜか私とは違った匂い。


 女の私でもその色香に惑わされるような抱き心地の良さと香り。

 直に伝わる彼女の温かい体温が、私の心臓の鼓動を速くする。


「案外、女の子同士も……よくありませんか?」

「ひぁっ……」


 耳元で優しく囁く落合さん。わざと息を吹きかけるようにしたことで、私はきゅっと首が縮こまってしまう。


「あ、耳弱いんですね。良いこと知りました――あむ」

「ひゃん!? だめ……そんな……」


 落合さんは私を掴んで離してくれず、かぷりと私の片耳を咥え込む。

 初めての感触に、私はつい声を漏らしてしまっていた。


「ん……あむ……」

「ちょ……もうそれ以上は…………だめって言ってるでしょ!」

「あんっ」


 少しして正気に戻った私は、落合さんの腕を思いっきり振り払い、彼女から解放された。


「わ、私着替えて帰るからっ」

「夜ご飯も一緒に食べましょうよ〜。私だって……」


 ここに長くいては、彼女のペースに流され良いようにされてしまう。

 だからアイロンをかけてもらった服に急いで着替え、私はそそくさと玄関へと向かう。


 そんな中、何かを言い淀んだ落合さん。でもその後は声が小さくて聞こえなかった。


 ただ、玄関の扉を開ける前に、私は立ち止まった。

 ちゃんと、言わなくてはいけないから。


「えっと……落合さん」


 確かに死のうとはした。そこで人生が終わっても良いのだと思っていたから。

 でも、温かいお風呂に入って、彼女の豚汁を飲んで料理を食べて、いやらしいこともされたけど、今、少しだけ生きていて良かったと思っている自分がいた。


 だからこそ、感謝の言葉を伝えないと思い――


「――昨日は……ありがとう」


 背を向けての言葉にはなったが、今は少し恥ずかしくて面と向かって言えない。


「……はい」


 反応はもっときゃぴきゃぴしているものと思ったが、なぜだか穏やかな声音で返事が返ってきた。


「じゃあ……また?」

「はい。また、です。絶対にまたです」


 落合さんは、また私に会うらしい。

 私が月曜日にちゃんと会社に行くことができれば、だけど。


 そうして、私は玄関の扉を開けた。


 ただ、私は一つ重要なことを忘れていた。


 ここはどこなのか。


 自分の家に帰るにはどこの駅へ向かえば良いのか、駅までどのくらいかかるのか。

 落合さんが住むこのマンションの位置を聞いていなかったのだ。


 でも、すぐにその必要はなくなる。

 ここがどこなのか理解できてしまうのだから。


 ガチャリとドアノブを開け、部屋の外に出る。


 目の前に柵があり、視界の高さから五階ほどだとわかる。

 そして、見慣れた景色。会社へ通勤する際、角にあるエレベーターで降りて、マンションの外へ――



 ――は?



 見慣れた景色……?



 左右を見て、そしてもう一度柵からの景色を確かめる。

 そういえば落合さんの部屋は、私と同じ十畳のワンルームだった。


 そこから導きだされる答え。

 つまり、ここは…………



「私が住んでるマンションじゃないか〜〜〜〜っ!?」





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