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わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。  作者: 藤白ぺるか


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第34話 落合楪

 ――私、落合楪は四人家族の長女だった。


 それなりに裕福な家庭で育ち、お母さんの作った料理が美味しくて、食べることが大好きになった。

 それもそうだ、お母さんは元料理人だった。出てくる料理は美味しいに決まっていた。


 小学生までは普通の女の子だったと思う。

 それなりに友達もいて、それなりに遊んでいた。


 でも、中高一貫校の女子校に入ってから、私の人生は激変してしまった。

 お母さんの料理が美味しくて、止まらない食欲。食べてくれるのが嬉しいのか、お母さんは一切止めないし、お父さんも妹も止めなかった。


 止めてくれれば――なんて思ったりもしたけど、当時の私は食べることが好きすぎて、何を言われても止まらなかっただろう。


 中学二年生頃のことだ。

 身長はそこまで伸びていないにもかかわらず、一年生の頃よりも明らかに体重が増え、見た目が変わっていった。


 いつの間にか友達とも交流が少なくなっていった。

 太っていく私とつるんでいたくなかったのか、自然と距離をとられた。


 容姿というのは重要らしい。

 まあ、私にそれなりの面白さがあれば、太っていても輪に入っていけたのかもしれない。

 でも、私はそうじゃなかった。


 一人になった私は、みるみるうちにいじめの対象になった。

 直接的なことをされたわけではない。


 ハブられたことにより、グループで取り組む授業や行事では、いつも私の取り扱いにクラスメイトが困っていた。

 最後まで残った私がどこに所属するのか、余り物の押し付け合いだ。


 教室に入れば聞こえるヒソヒソ声。チラチラとこちらに視線を向けながら、耳に入ってしまう暴言。

 不登校にならなかっただけ、自分を褒めてあげたい。


 それまでは大好きだった昼食の時間。

 なのに、一人で食べる食事は、全く味がしなかった。


 人前では泣けない。だから、こっそりと陰に隠れて泣くしかなかった。

 目の前に咲いていたお花たちが私の涙を隠してくれる。それも咲いている間だけだけど、私は少しの時間でも、体を小さく丸めて、お花と会話するようになった。


 大きな転機が訪れたのは、三年生の夏。

 蝉も声をひそめる雨の日。その人は現れた。


 ――橘詩暮。


 名前は知っていた。

 中等部にまで聞こえてくる有名人だったから。


 でも、実際に目の前にして、びっくりした。

 背も高く美人で、かっこよくて、キラキラしている太陽みたいな人。

 本当にそんな人がいるんだなって思った。


 私みたいな、黒い花しか咲かせられない存在にも、手を差し伸べてくれるんだって、はじめて自分の人生に光を見た気がした。



 ――そう思っていた。


 翌日から、地獄がはじまった。


「ふえええええええ〜〜〜〜〜っ」


 同級生に見放されてもいい。でも、この人にだけは見放されたくない。

 だから必死になってトレーニングを頑張った。


 先輩はテニスに忙しくて、基本的には直接見てはくれない。

 でも、連絡はちゃんとしてくれて。


 先輩とやり取りしている間は、毎日が楽しくて、学校なんてどうでもよくなった。

 と言ってもちゃんと通ってはいた。


 毎日のようにジョギングと筋トレをして、ヘロヘロになりながらも私は食らいついた。

 わかってはいたけれど、簡単には変化はしなかった。

 だからお母さんに一つ、お願いをした。


「――あ、脂身が少ない料理にしてほしい!」

「どうしたの楪ちゃん。あれだけ揚げ物好きだったのに」

「……先輩のために、痩せたい……私、やるって、決めたから……っ」

「本気なのね。私たちができなかったこと、その先輩がやってくれたんだ」


 それから、量は変えずに低カロリーの食材や料理になるよう中心に食生活も変えていった。


 脂肪が減りはじめ、筋肉がつきはじめてきて、やっと一キロほどの変化が起こった、そんな時だった。

 ――お父さんの転勤の話が出たのは。


 お父さんは会社のお偉いさんで、だから家はお金持ちだった。

 この度、お父さんが務めている会社が新会社を作るとのことで、その社長に任命された結果、実家のあった函館の家を引き払い、札幌に引っ越すことになった。


 札幌は函館よりも都会。

 私は先輩が卒業するまで、同じ学び舎に通うものだと思っていた。

 だからそれが苦しくて苦しくて、なによりも先輩から課された鬼トレーニングをしているより苦しかった。


 でも、私たちは、高校を卒業するまでは、家族皆で過ごすということを大事にしていたため、引っ越すしかなかった。


 ちょうどそのタイミングだ。

 私がスマホをなくし、先輩の連絡先ごとなくしてしまったのは。


 何度も何度も、先輩の背中を追った。

 先輩の最後のテニスの試合だって直接観に行ったし、先輩が図書室で勉強している様子を陰で見ていたり、先輩がどのトイレを使っていたのかまで把握していった。


 先輩は大学のため、受験勉強に忙しかった。

 簡単には性格は変えられない。積み重なったいじめによって、私は引っ込み思案な性格になっていた。

 そのため、先輩には声なんてかけられず、結局はそのまま引っ越してしまった。

 先輩の家のポストに手紙くらい置いておけばよかった。そんなことを思ったけど、あとの祭りだった。


 でも、最後だけ、先輩を見送りたかった。

 半年後の卒業式、両親に許可をもらって、一人函館へ向かった。


 転校先の中学では、先輩の学校よりも先に卒業式が終わったので、時間があると思ったのだ。


 卒業していく先輩の姿を物陰からじっと見つめた。

 先輩は最後の最後まで、かっこよかった。


 いつ見ても美しくて、素敵で、私の王子様だった。


「卒業、おめでとうございます」


 ――この時、私は既に十キロのダイエットに成功していた。


 トータル九ヶ月で十キロのダイエット。

 元々太っていたとはいえ、十キロも痩せたとなれば、見た目もかなり変わることができた。


 故に、私は高校デビューに成功した。

 転校先でもそうだったけど、私をいじめていた人が一人もいない学校に進学することができたのだ。


 引っ越してから、お母さんにお願いして入った柔道を教える道場。

 私はジョギングと筋トレを継続しながら、柔道で体と心を鍛えていった。


 先輩みたいに、強い人間になりたい。

 キラキラした憧れを抱いて、私は先輩を模して、交友関係を広げつつ、トレーニングを行っていった。


 暑い日も雨の日も、風の強い日も雪の日も、毎日毎日、トレーニングだけは欠かさなかった。


 高校一年生の冬休み。

 私はさらに十キロのダイエットに成功していた。

 そこにはもう、太っているとは絶対に言われない体型を手に入れた私がいた。


 先輩の言った通りになった。

 美人なお母さんに似た顔つきに変わり、回りの友達も自然と可愛い友達が増えた。


 劣等感が全て消えたわけじゃない。

 あの時のトラウマはずっと残っている。だけど、その原因だった見た目が改善できた。


 だから、私はこっそりと会いに行った。


 ――先輩のお母さんのところに。



「あら……どちらさま?」


 体型が変わった私を認識できなかった先輩のお母さん。

 私は、正体とフルネームをはじめて伝えた。


「落合楪って言います。先輩にはとてもお世話になりました。何度かこのお家にも来たことがあって――」

「楪ちゃん……素敵な名前ね。これからは楪ちゃんって呼ぶわね」


 ゆーちゃん呼びから、楪ちゃん呼びに変わった瞬間だった。

 先輩のお母さんも本当に面倒見が良くて、突然訪れた私のことを大歓迎してくれた。


 それと一つだけお願いをした。


「――私が来たこと、先輩には言わないでほしいんです」

「あら……なぜ?」

「いつか……変わった自分を直接見せに行きたいんです。だから――」

「わかったわ。……なら、私からもお願いがあるの」


 そう言って、先輩のお母さん――夕子さんからお願いされたのは、いつかこの家に先輩と私で一緒に帰ってくることだった。



 それからはちょくちょく先輩の家にお邪魔させてもらった。

 もちろん先輩が帰ってこない時期を事前に教えてもらって。


 私の目標は決まった。

 先輩を追いかけるようにして東京の大学へ行き、先輩の幸せをサポートする。


 あの時救われた恩を絶対に返すのだと決めて、私はそれに必要なことを覚えていった。


 高校を卒業するまでに取った柔道の黒帯。

 元料理人のお母さんから教えてもらった料理。

 新しく友達になった友達から教わった今時のお洒落。


 先輩のためになることならと、何でも吸収して、取り入れていった。



 やっと先輩がいる東京に行ける。

 高校を卒業した私はついに上京した。


 いつの間にか、私のことが大好きになり、カリスマと崇めていた妹は、泣きついてなかなか行かせようとしてくれなかったけれど、それを振り切って先輩の後を追った。


 大学は別の大学に通った。

 同じ大学では、いつか気づかれてしまうかもしれない。


 だから、こっそりとこっそりと観察した。

 大学のキャンパス内で、三年振りに先輩を見つけた時、魂が震えた。


 神々しくて、直接会うなんてことは、とてもじゃないができなかった。


「ゆずっちー。何してるの〜。行くよー」

「う、うんっ」


 友達に言われるまで、目を奪われていたことに気づかなかった。


 三年もすれば成長し、変化する。

 変わったのは私だけではなかった。先輩は美人度がグッと増していて、大人の女性になっていた。つまり、それはもう神だったのだ。


 会いたい。直接会って、私は変わりましたよと、そう言いたかった。

 でも、緊張しすぎて、体が動かなかった。


 多分、この時には、もう恋をしていたんだと思う。

 どんなにイケメンを見ても、どんなに可愛い子を見ても。他の誰を見ても、ドキドキはしなかった。

 私の胸を高鳴らせたのは――この世で先輩だけだった。



 ――時が過ぎ、先輩を観察するだけの生活が続いた。


 と言っても頻繁にじゃない。

 遠くで見ているだけで幸せだった。


 それでも私は、いつかの時のために、たくさんの準備をした。

 お金だって必要になるかもしれない。家からの仕送りとは別にSNSを駆使して、私は副業をはじめた。

 私の見た目は、明るい髪色に染めても簡単にフォロワーを集めた。その結果、案件をもらえるほどに成長した。



 大学を卒業し、先輩が就職した。

 陰ながら先輩の社会人としての門出を祝福した。


 でも、私は勘違いしていた。

 世の中というのは、とても理不尽だということに。


 太っているという理由だけで、私はいじめられたことを、ずっと忘れていたのだ。

 先輩が会社でおかしくなっていく様子に、私は気づかなかった。


 私は大学に、先輩は会社に。

 バイトも経験しておきかったこともあり、先輩との一日のスケジュールがまるで合わなくなってしまった。


 その結果、先輩の異変に気づくのが大きく遅れてしまった。



 私が先輩の勤める会社の取引先企業に就職した時、既に先輩は壊れていた。


 気付いたのは、取引先企業として、先輩の会社に訪れた時。

 ちらりと見た社内……そして変わり果てた先輩の姿。


 痩せすぎでこけた頬にツヤのない髪。

 まともに睡眠もとれていない証拠の濃い隈と充血した目。


「楪っ……何してたのよ……っ!」

 

 いつしか、遠くから眺めているだけで、満足してしまっていた。

 私はなんのために東京にまで来たのか。先輩に幸せになってもらうため、準備をしてきたんじゃないのか。

 もう、なりふり構っていられなかった。


 私は、大学からの交友関係。会社関係の人脈。

 あの手この手を使いまくり、情報をかき集め、先輩をおかしくさせた元凶を突き止めた。


 全ての準備が整った私は、先輩が住んでいるマンションの空き部屋に引っ越しして、先輩の会社にまで転職を果たした。

 勤め先や住所の情報はもちろん夕子さんから全部聞いていた。


 最初に行ったのは、先輩が働くフロアの――大掃除だった。


 でも、それはとても簡単だったのだ。

 可愛い女の子の友人を使って近づいたセクハラ男性社員とパワハラ係長。


 元凶だった二人は結婚しているにもかかわらず不倫していた。

 それを表沙汰にするだけで、簡単に排除できたのだ。


 でも、それを実行する前に、先輩はのほうが先に限界が来てしまった。



 本当にあと一歩。

 電車のホームから重心を傾けた先輩を、ぎゅっと抱きしめて、命を投げ出すのを阻止することができた。


「――――ナイスキャッチ私っ♪」


 明るい声を出した。

 先輩が暗くならないよう、明るく振る舞った。


 でも、内心、心臓がバクバクで、さすがの私でも頭が回らなかった。

 そんな状態で、してしまった水の口移し。


 あれは……するつもりがなかったものだ。

 いつの間にか、してしまっていた。


 今でも、あの時の衝動的な行動の意味は自分でもよくわかっていない。

 先輩にショックを与えて、正気にしなきゃいけないとでも思ったのだろうか。


 ともかく、私は先輩の命を救えたことで、一安心することができた。



 先輩はもちろん私のことは、見た目が一致していないからか、思い出すことができないようだった。

 でも今はそのことは後回し、先輩が元気になることが優先だった。



 ついに私の存在意義が、一番発揮される場面がやってきた。


 全ては先輩のため。私が学び、準備し、培ってきたものをふんだんに使う。


 そうして、徐々に元気になっていく先輩の姿を見て、私は、私がしてきたことが役に立ったのだと、本気で嬉しかった。


 これからの私の人生、全てを先輩に捧げる。

 そう思うほど、先輩のことが愛おしくなっていた。


 恋愛対象が男性だとか女性だとか、もうどうでもいいくらい、先輩のことしか見えなかったから。



 ――クリスマスイブを一緒に過ごした日。

 

 本当の先輩の美しさを取り戻せた気がして、感動に打ち震えた。

 先輩のことが大好きで、大好きで、言葉だけでは足りないほど、心がいっぱいになって。


 私が尊敬した大好きな先輩は、やっぱり先輩だったんだと、思わせてくれた日になった。



 私は幸せ者だ。


 きまぐれで救ってもらったのが、学校一の素敵な先輩で。

 多分、先輩じゃなければ、ここまでの気持ちになっていない。


 先輩に出会えて、一緒に暮らすことができて、毎日のように一緒にご飯を食べて。

 願わくば、私を恋愛対象として見てくれて、もっといちゃいちゃしたことがしたいけど、それはゆっくりでいい。


 徐々に私に絆されていることがわかるから、先輩が堕ちるのは、時間の問題。

 その日が来るまで、穏やかな日々を過ごしたい。


 落合楪は、暗闇でも世界を優しく照らすような、月のような存在になります。

 太陽だった先輩を、ずっと支える、月でいますから――



 ――これからも、末永く、私と一緒にいてくださいね。





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