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わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。  作者: 藤白ぺるか


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第31話 年越しと函館山

「うう……さむ……」


 朝、目を覚ますと、すぐ横に敷かれた布団の上で、落合さんがまだスヤスヤと眠っていた。

 ああ、そうだった。今は実家なんだっけ――。

 ぼんやりした頭でそんな当たり前のことを思い出しつつ、私も昨夜はベッドに入ってすぐ眠ってしまったようだった。


 毛布をめくった途端、冷気が体を襲う。

 思わず身を縮こませながら、消してあった持ち運び用の灯油ストーブのスイッチを入れる。これは煙突が必要ないタイプで、寒い朝には本当にありがたい存在だ。


「おはようございまぁす……」

「おはよう。ちょっと寒いけど、温まるまで我慢してね」

「はぁい……」


 眠たそうに目をしぱしぱさせながら布団の中でもぞもぞする落合さん。

 この家にはエアコンがなく、しかも古い構造のため、外気の寒さがダイレクトに伝わってくる。朝の寒さは、東京の比じゃない。

 ストーブをつけっぱなしにして寝るのは危険だから、タイマーで切るようにしている。だから朝方は特に冷える。

 落合さんが使っていた布団には毛布が四枚も重ねられていたが、それでもちょうどいいくらいだった。


 この日も私の思い出の場所をいくつか巡ることにし、それに落合さんが付き合ってくれた。

 函館市内は意外とこぢんまりとしていて、車さえあればどこへでもスムーズに行ける。



 そして――年の瀬も迫った、翌日。

 ついに大晦日がやってきた。


 午前中はお母さんと落合さんと三人で大掃除をして、家の中を徹底的に綺麗にしていった。


 その後は、お母さんの車を借りて温泉へ。

 運転をしたのは落合さんだった。


 私はもうペーパードライバー状態で、少しでもハンドルを握るのが怖くなっていた。

 対して落合さんは、東京でもレンタカーでたまに運転しているらしく、手慣れた様子だったので、彼女に運転をお願いすることにした。


 函館は温泉地としても有名で、市内各所に手頃な価格で入れる温泉施設が点在している。

 銭湯のような感覚で、毎日のように通う地元の人もいるくらい。

 観光地というより、生活に根ざした温泉文化がここにはある。


 私たちはざぶんと湯船に浸かり、内風呂と露天風呂を堪能した。

 冬の冷え切った空気の中で入る温泉は、体の芯からあたたまって最高だった。


「お風呂、気持ちよかったですね〜」

「うん。家のお風呂は寒すぎるから、毎日来たくなっちゃう」


 うちのお風呂は玄関と廊下を挟んだ先にあるため、玄関からの冷気が直接伝わってくる。

 浴槽に浸かれば温かいけれど、上がった瞬間、ぶわっと冷気に包まれる。

 あれはなかなかの修行で、冬場のお風呂は精神力との戦いだ。


 夜になると、私たちは年末恒例のテレビ番組を眺めながら、軽めの夕食をとった。

 そして準備を整え、私たちは再び外出する。


 向かった先は――函館山。


 大晦日の夜、函館山では特別営業として、深夜までロープウェーが運行されている。

 約三時間限定で開放されるこの特別運行に乗って、山頂で新年を迎えることができるのだ。


 時計の針が十一時を回り、あたりが完全に暗くなった頃。

 私たちはロープウェー乗り場に到着し、続々と集まってくる人々と一緒にチケットを購入。

 そしてゴンドラに揺られ、ゆっくりと山頂を目指した。


 ロープウェーの途中から見える景色も十分に美しかったが、やはり本当の絶景は、頂上に立ってはじめて目にすることができる。


「先輩……さぶいですっ……」

「だね……でも、カイロたくさんあるから……これでしのごう……」


 震える体に貼ったカイロも焼け石に水だったが、それでも多少はマシになる。

 山頂の寒さは想像以上だったけれど、大勢の人が集まっていたからか、人の熱気で少しだけ和らいでいるようにも思えた。


 展望台への階段を登ると、函館市街が一望できる高台に出る。

 そこから眺めた夜景は、息をのむほど美しかった。


 くびれのある特徴的な函館の地形。

 街の明かりが、まるで無数の宝石のように散りばめられ、冬の空気の中で一層きらめいていた。

 この光景こそが、“百万ドルの夜景”と称される理由だった。


「久しぶりに見たけど……やっぱり綺麗」

「はい……本当に、綺麗ですね……」


 落合さんが私にぴったりと身を寄せてきた。

 こうして体を寄せ合っていれば、寒さも少しは紛れる気がする。


 私も落合さんも、スマホを取り出して夜景を撮影した。

 そして彼女はインカメに切り替え、夜景をバックに、私と二人が並んで写るようにシャッターを切った。


「――――落合さん。ありがとうね」


 この景色を、もう一度見ることができたのは、彼女が私を救ってくれたからだ。

 何度感謝しても足りないほど、私は彼女に助けられている。


 だからこそ、今この瞬間にも言葉にして伝えたかった。


「こちらこそです……先輩と一緒にいられて、一緒に暮らせて……今、毎日が本当に幸せです」


 そう呟いて、彼女は頭を傾け、そっと私の肩に寄り添ってくる。


 カウントダウンが近づいていた。

 右手と左手――お互いの手を手袋越しにそっと重ね、ぎゅっと握る。

 そのとき、周囲がざわつき始めた。


「一分前みたいですね」

「もうそんな時間か……」


 来年は、どんな一年にしよう。

 今年よりも、もっと楽しく、穏やかで、前を向ける年に。


 私はもう、一つ決めていることがあった。

 まだ落合さんには伝えていないけれど、東京に戻ったら話そう。

 それが、私の新しい人生の第一歩になると信じているから。


「――十! 九! 八! 七!」


 カウントダウンがはじまり、周囲の声に合わせて、私と落合さんも顔を見合わせながら声を上げた。


「三! 二! 一! ……ハッピーニューイヤー!!」


 新しい年の幕開け。

 街の灯りが変わるわけでもないのに、不思議と空気が変わったように感じる。


 あちこちで拍手が湧き、喜びの声が交差する。

 私たちもその中で手を叩き、笑顔で新年を迎えた。


「先輩っ。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「あけましておめでとう。こちらこそ、今年もよろしくね……落合さん」

「先輩……今年も、来年も……ずっと好きですからねっ」


 もう来年の話をするなんて、気が早い。

 でも、そんな落合さんのことを、私は受け入れつつある。


 彼女は、私の腕にぎゅっと絡みつき、鼻を赤くしながらニコッと笑った。


「うん。ありがとう――」


 今年は、もう逃げない。

 ちゃんと落合さんと向き合おうって、そう決めたから。


 でも、そのためには……必要なことがある。


 ――彼女のことを思い出すこと。


 記憶の中の彼女に辿り着けたとき、私ははじめて落合さんに、本当の意味で触れられる気がする。


「じゃあ、初詣に行こっか」

「はいっ。行きましょう、先輩っ!」


 私たちはロープウェーで函館山を下り、昔から初詣に通っていた神社――亀田八幡宮へと向かった。




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