第25話 クリスマス②
「――やめなさい!! 彼女嫌がってるじゃないっ!!」
何かの糸が切れた私は、なりふり構わず落合さんを囲む男性の元へ駆け寄り、大きな声でそう叫んだ。
多分、自らの意思でこれだけ怒気を込めた叫びをしたのは、はじめてかもしれない。
私は落合さんの腕を掴んでいた男の手を振り払い、引き剥がした。
「先輩っ!」
落合さんがキラキラとした瞳を私に向け、男たちが一斉にこちらを見た。
ハイヒールを履いているせいか、男たちは私とほぼ同じ目線の高さだった。
「てめえ、邪魔すんじゃ――って、こっちもえらいべっぴんさんじゃねえか」
「へえ……ってことは、このお二人さんは知り合いってことか。どうよ? 二人一緒にカラオケでも行かねーか?」
私を見るなり、男たちは下卑た笑みを向けた。
これだけ嫌がっているのにまだ諦めずに誘うとは、どのような神経をしているのだろうか。
「そんな誘いに乗るわけないでしょ!? クリスマスなのに遊ぶ相手もいないなんてダッサ! ナンパしなきゃ女とも遊べないの? ダサすぎて本当にキモい!」
私が来たからか、落合さんは強気になり、男たちを煽る。
「臭いから早く離れてよ! 服もダサいし、息も臭いし、こんな強引にナンパして喜ぶ女がどこにいるっていうのよ!」
「言わせておけば……ッ」
落合さんが言う事は、私にも結構ダメージがあった。
彼女がいなければクリスマスは一人だったし、色々と寂しい時を過ごしただろう。
「先輩っ、行きましょっ」
「う、うん……」
と、落合さんが私の腕に絡みつき、男たちから離れようとする。
しかし、彼女が煽った結果なのか、彼らは私たちを解放しなかった。
「おい待てよ。このまま逃がすと思ってんのか?」
「触らないでください!」
私は落合さんに手を伸ばした男の手を振り払い、キッとした目を向けた。
「ははっ、やるねえ……でも、そっちのアマに一発食らわせないと気がすまねえんだよ!!」
「!?」
さっきの落合さんの罵倒がとても効いていたらしい。
男の一人が腕を振りかぶったかと思えば、そのまま落合さんの綺麗な顔めがけて右ストレートが飛んできた。
「危ないっ!」
私は落合さんの前に立ち塞がり、男のパンチを左頬で受けた。
「――――っ」
吹っ飛ばされそうなくらい痛かった。
でも、ギリギリ留まった。
それに落合さんを守るためならこれくらいなんともない。
それと同時に、怒りが込み上げてきた。
既に怒ってはいたのだが、体の内がボッと厚くなったのだ。
学生の頃のように強かった私を思い出すように、私は殴られた顔のまま、再び男に向き合って――
「ゆるさ――」
「――私の先輩にっ、なにするのよぉっ!!!!!!」
「ぬあっ!?」
言葉を飛ばそうとしたのだが、落合さんがそれを遮った。
いつの間にか私の前に出ていて、そして自分よりも大きい男の腕を掴み、一瞬のうちに背負い投げをし、冬の冷たい地面に叩きつけた。
――ベリっ。
ドスン、と鈍い音が響き、男は打ちどころが少し悪かったのか、「うう……」とうめきながら動かなくなった。
「死ねっ! 死ねっ! 先輩になにしてくれるのよっ!!」
「ちょっ、俺は何も――んぁっ!?」
「なっ、うああっ!?」
手を出してこなかった他の二人の男にも敵意を向けた落合さんは、普段は言わないような言葉を吐きながら小さな体で次々と柔道技を繰り出し、数秒でノックアウトし地面に転がした。
あまりの衝撃に口を開けたまま呆然とするしかなかった。
え……なんでこんなに強いの?
するとその様子を見ていた通行人から、パチパチと拍手が聞こえてきた。
なぜか私もパチパチと拍手をした。
「――せんぱいっ!!」
「わっ」
三人の男を倒した落合さんが急に飛びついてくる。
「頬痛いですよね!? ああ……赤くなってる……私のせいだ……あいつらを煽ったから……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「大丈夫だよ、気にしないで。ほら、なんともないから……」
「あぅ……っ」
瞳を震わせ、悲壮感漂う表情になっていた落合さんをぎゅっと抱き寄せた。
「それよりも気になることが――」
柔道技を披露した落合さんだったが、その最中気になったことがあった。
私は彼女のコートのボタンを外し、緑のドレスを確認した。
「……やっぱり…………」
「えっ、ええっ……ウソ……これから大事な……デートなのに……わたし、なんてことを……ああ、ああ……っ」
柔道技で脚を大きくあげたことが原因だったのか、ドレスの裾がビリっと一部破けてしまい、スリットができたような状態になっていた。
「――っ! 落合さん、落合さんっ」
「せ、せんぱぁいっ……ごめ、ごめんなさ……これじゃあ、お店になんて……ひぐっ」
ただ、悲しくて、悔しくて。
相手からの温かい気持ちを全て無下にしたような気分になり、絶望する。
私は落合さんに助けられたあとに出社した日のお昼、彼女が作ってくれたお弁当を落としてしまい、地面にぶちまけた。
今の落合さんは、あの時の私のような感じになっているような気がした。
スマホを取り出し、時間を確認すると六時五十分。
ディナーするお店の場所はわからないけど、おそらく近くだろう。
でも、今の状態のドレスでは行けない。
少しでも今日という日を楽しむため、一秒も時間は無駄にできない。
「落合さんっ!!」
「ひゃいっ」
「行くよっ!!」
「ふえっ、ふええええええ〜〜〜!?」
涙して、まだ感情の整理ができていない落合さんの手を引き、トシオさんのお店に舞い戻った。
連れ出す時、最後に聞いた素っ頓狂な彼女の叫び声は、どこかで聞いたことがあるような気がしたが、全く思い出せなかった。
勢いよくドアを開くと、トシオさんとオイちゃんが片付けをしていたのが見えた。
「ど、どうしたのよあなたたち!?」
「トシオさん、何度でも謝りますからお願いです! 落合さんのドレスを……ドレスをお願いしますっ!!」
頭に血が上っていたのか、私はうまく言葉を伝えられず、ただ、切迫したような表情でトシオさんにそう告げた。
ただ、返ってきた答えは私の思ったものとは全く違ったものだった。
「ちょ、ちょっとあなた……それはいいけど……鏡見てみなさいよぉ!」
「え…………」
ぽたり。
ちょうど、ヘアメイクで使った大きな鏡があったので自分の姿を見てみた。
「――――っ!? …………はは、口裂け女みたいだね」
「せんぱぁい…………っ」
殴られた影響が今出てきたのか、私は口の中が血まみれだったらしく、口から血がぽたぽたとこぼれ落ち、それが唇に付着したことで口裂け女みたいになっていた。
「ほら! まずは口をタオルで拭きなさい! それから楪ちゃんも涙拭く! メイク崩れるじゃない! ドレスも見せなさい! 何があったのかわからないけど、あたしに任せておけばなんとかなるわっ!!」
トシオさんの男らしい――いや、男だから男らしいのは当たり前かもしれないけど、その言葉に私は安心感を覚えた。
落合さんはメイクとドレス、私はメイクを直し、それぞれに準備を整えた。
時間は約三十分かかった。
「はい、完成っ!」
メイクをしてもらっている途中、私は口の中にティッシュを詰め込み、無理やり血を止めた。
今は頬の赤みもメイクで綺麗に消えている。
落合さんの方もドレスは別のものに替えて、今は似たイメージのドレスを着ていた。
こちらも同じ緑でノースリーブのタイプだった。
「ほらっ、行ってらっしゃい! クリスマスはこれからなのよっ!」
再びトシオさんに背中を押され、私たちは彼のお店を出た。
「………………」
落合さんは、まだ顔色が優れなかった。
少しだけ歩くと、私は誰もいない路地に連れ込んだ。
「せ、先輩……?」
不思議そうな声で彼女は言った。
私は壁に手を押し当て、落合さんに壁ドンをしていた。
私の背が高いせいか、様になっている気がする。
「今日は、私のために色々と考えてくれてありがとう」
「で、でも……もう三十分も遅れてて……」
「このくらい余裕でしょう。……でも、あなたが暗いまま過ごすのはもっと嫌。だから、元気だしてよ――」
落合さんの右頬に優しく触れ、彼女の髪を後ろにかき上げる。
見えたのは、もみあげからうなじにかけての綺麗な首筋。
私はその場所に軽くキスをした。
「せんぱいっ!? ななっ、ななななっ!?」
キスされた場所を手で抑えた落合さんは、顔を真っ赤にしていた。
私も顔が熱いよ……。
「ほ、ほら……額とかだと、今日の私のリップって赤くて濃いから跡が残っちゃうと思って……だから、見えないところにしたんだけど…………これで、元気になってくれる?」
本当は額にしたほうが元気になれるかなと思ったが、メイクした意味がなくってしまうので、できなかった。
だから、髪で隠れている部位にキスをした。
「元気というか……えっと……口にしてください――――あだぁっ!?」
「あんたね……調子に乗らないの」
落合さんがバカなことを言い出したので、頭に軽くチョップした。
「まあ、多少は元気になったってことで良いのかな……それじゃあ、行こうよ。場所は落合さんしか知らないんだから」
「――先輩っ! 大好きっ!!」
本当に元気になったらしい。
キスだけでこうなるのなら、チョロいものだ。
落合さんは私の腕に絡みつき、暗かった表情はどこへやら。
ルンルン気分で一緒に歩くことになった。
そうして十分ほど。
今日のディナー会場であるレストランへと約四十分遅れで到着した。




