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わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。  作者: 藤白ぺるか


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第24話 クリスマス①

 ついにやってきた、クリスマスイブ当日。


 この日はちょうど土曜日。

 だから有給を使う必要もなく、自然と会社は休みだ。


 朝から落合さんはバタバタと忙しそうに動いていたけれど、私はというと、のんびりと昼過ぎまで家で過ごしていた。

 少しだけ外に出て買い物をしたあとは、また夕方まで家の中。静かな時間が流れていた。


「――先輩! じゃあ、行きますよ!」


 今日のプランは一切知らされていない。

「全部任せてほしい」と言われていたから、私はその言葉通り、すべてを落合さんに委ねていた。


 私はマスクをつけ、身支度を整えてから、落合さんと並んで家を出た。


 マスクをしているのには、ちゃんとした理由がある。

 それは、メイクを一切していないから。

「今日はノーメイクで来てください」と言われて、素直に従ったけれど、出発した今になっても、何がどうなるのかまるでわからない。


 時間は午後四時。

 ディナーの予定は七時。

 三時間も前に出かけて、いったい何をするつもりなのだろうか。


「とうちゃーく!」


 電車を乗り継いでたどり着いたのは、賑やかな繁華街の駅。

 そこから歩いて五分ほどの場所に、その店はあった。


『アトリエTOSHIO』――。

 看板には「ヘアメイク・レンタルドレス専門店」と書かれている。


「え、あ……」


 状況を飲み込む前に、


「はいはい、中に入りますよー!」


 落合さんに手を引かれ、私はそのまま店内へと連れていかれた。


「トシオちゃーん! 来たよー!!」

「あんらぁー! 楪ちゃあん! 待ってたわよぉ〜!」


 落合さんが「トシオ」と呼んだ相手は、白シャツにエプロン姿。

 長い金髪をオールバックにまとめ、頭にはサングラス。

 ばちばちにキマったネイルに大ぶりのピアス、焼けた肌。――今は冬なのに。


 見るからにテンプレートな美容師というか、いわゆる“そっち系”のオーラ全開だった。

 声も仕草も女性的だけど、明らかに体格や骨格は男性。つまり、そういうことなのだろう。


「今日はよろしくね!」

「もちろんよぉ〜任せて! ……って、この子が……!」


 トシオさんが私に気づいて、ずいと近寄ってくる。


「あら〜! 楪ちゃんに聞いてるわよ! あなたが詩暮ちゃんねぇ〜!」

「ちょっとトシオちゃん! 私より先に先輩の名前呼ばないでっ」

「あらあら〜それは失礼。じゃあ、橘ちゃんって呼ばせてもらおうかしら?」

「えっと……はい、お願いします」


 間近で見ると、その肌の美しさが際立っていた。

 荒れ一つないツヤ肌は、日々の美容への努力の賜物に違いない。


「ふぅん…………これは、化けるわよ」

「でしょ!? だから、トシオちゃんお願いね! 最高の先輩にしてあげてっ!」


 マスクすら外していない状態で、トシオさんはそう断言した。

 まあ、ノーメイクの私が化けるのは当然かもしれないけど。


「落合さん、これって、そういうことだよね?」

「はいっ! 今日のディナーのために、ここでヘアメイクとドレスアップします!」

「おお……」


 本気なんだ、この人……。


 プロに任せれば、自分でやるよりずっと完成度の高い仕上がりになる。

 特別な日を、ちゃんと“特別”にしようとする、その気持ちがひしひしと伝わってきた。

 それに、レンタルドレスまでとなれば、費用もそれなりにかかっているはずだ。


「ってことでー、私と先輩は別々にヘアメイクしまーす!」

「オイちゃん! 楪ちゃんは任せたわよ!」

「オイっす!」


 背後から聞こえた威勢のいい返事。

 もう一人のオシャレなオカマさんが元気に手を挙げていた。


 私の担当はトシオさん。

 そうして、まずはメイクからスタートした。


 店内を見渡すと、客は私と落合さんだけだった。

 クリスマスイブだというのに、大丈夫なのだろうか。稼ぎ時ではないの?


「安心してぇ〜。今日は貸し切りよ」

「えっ」

「だから余計なことは考えず、すべて任せてちょうだい」

「そうなんだ……」


 つまり、貸し切ったのは落合さん。

 想像以上に、本気だ。


 費用のことが頭をよぎるけど、ここで聞くのは野暮ってものだろう。


「あなた、聞いていたより肌がいいじゃない」

「あー、最近はちゃんとご飯食べて、睡眠もとってるので……」


 どうやら落合さんが、私のことを色々話していたようだ。


「そう。それなら安心ねぇ。化粧ノリもいいし……それにしても、あなた――いえ、今はまだいいわ」

「……途中でやめないでください」

「ふふっ、気になるわよね。でも、今はナイショ」


 気になる。言ってほしい。


「あの、落合さんとはいつからの付き合いなんですか?」

「楪ちゃんねぇ〜、あの子が大学生の頃からよ。何かイベントのたびに使ってくれてたの。卒業式とか、いろいろね」

「ああ、そういうの、ありますよね」


 そういえば、私は落合さんの大学時代を何も知らない。

 一緒に暮らしている今も、話すのは最近のことばかり。


 でも、ふと気になった。

 落合さんは、どんなふうに育って、どんな学生生活を送っていたんだろう――と。


 こうして人のことが気になるのは、たぶん、私自身に少し余裕ができてきた証なのかもしれない。


 約一時間のメイクを終え、次はヘアセット。

 美容室のように髪を洗うことはなく、高性能なスチームアイロンで整えていく。


 私は普段、髪型にはあまり手をかけていない。

 せいぜい髪留めをつけたり、ポニーテールにするくらい。

 大学時代は少しだけアレンジしていたけれど、社会人になってからは手間のかからない髪型ばかりだった。


「あなたは楪ちゃんと違って髪が長いからねぇ〜。やりがいがあるわっ!」


 トシオさんは楽しそうに、手際よく作業を進めていく。


「毛先だけでも整えていいかしら?」

「はい。お願いします」


 もう何ヶ月も美容室に行っていなかった。

 髪を整えたいとは思っていたけど、後回しにしていたから、ここはもう、任せるしかない。


 毛先を軽くカットしてからは、三つ編みを一部に施し、巻き髪をシニヨンにまとめる。

 顔まわりには触覚を残して、小顔効果を引き出してくれた。


「完成よぉ〜〜っ!!」

「わっ」


 さらに一時間が経過。

 私はどうやら途中で眠ってしまっていたようで、トシオさんの声で目を覚ました。


「――――これが、わたし……?」


 鏡に映った自分の姿に、思わず息をのんだ。

 目の前にいる人物はとても自分ではないと思えるほど豹変していた。


「あなたね、これからよ? ドレスを着て、アクセサリーを身につけるところまでが今日のお仕事なんだから! ほら立って、行くわよ!」

「あっ、はい……」


 驚く間もなく、私は席から立ち上がらされ、そのまま奥にあるドレスルームへと連れていかれた。

 そういえば、さっきまで隣にいた落合さんの姿が見えない。もう先にドレス選びを始めているのだろうか。


「あらかじめ橘ちゃんの写真はいただいていたからねぇ。ドレスはもう何着かピックアップしてあるわ。その中から、今日いちばん映える一着を選びましょう!」


 私は言われるがまま、更衣室でドレスを次々と試着していった。

 慣れない着替えに手間取ってしまったけれど、思ったよりも私の体型はスリムだったらしく、サイズ的にはどれもすんなりと入った。


「こんな感じ、でしょうか……?」

「橘ちゃん…………っ! あなた、さいっっこうよっ!!」


 トシオさんの情熱的すぎる顔面がこちらに迫り、私は思わず一歩後ろへ下がった。

 足元には彼に用意してもらった、光沢のある黒のハイヒール。見るからに高級そうで、私の足元にはもったいないくらいだ。


「ほら、こっちの大きな鏡で自分を見てみなさい」

「はい…………」


 靴を履き、ヘアメイクも整えられた状態で、自分の姿を大きな鏡に映す。――その瞬間、今日、二度目の驚きが胸を打った。


 光沢を帯びた深いワインレッドのベルベット地。胸元は透け感のあるシースルー素材で、上品さとトレンドのバランスが絶妙だった。

 大人っぽく、それでいてどこか可愛らしさも感じさせるその一着は、まさにクリスマスカラーの主役ともいえる存在感を放っていた。


「なんだか……現実味がありません……」

「ふふふっ、本当にあなたって……素材がいいのね。ドレスだけじゃないわ、メイクも髪型もパーフェクト!」


 いつもより太く整えられた眉に、目元を強調するアイシャドウ。赤味のあるルージュと自然に浮かぶチーク。

 一部を三つ編みにして巻いた髪は、首元でシニヨンにまとめられ、顔周りには長めの後れ毛が垂れていて、小顔効果も抜群。


「すごい……自分じゃ、こんなふうには到底……」

「こっちはプロなのよ。素人に真似されたら、こっちの立場がないわ」


 確かに、そのとおりだ。


「あとはアクセサリーをつけましょ」

「はい……お願いします」


 トシオさんは手際よくアクセサリーを取り出し、私に次々とつけていった。

 深い青の宝石があしらわれたネックレス。揺れる大きな輪型ピアス。金の細身のブレスレット。どれも派手すぎず、それでいてドレスの色味と調和するデザインだった。


 そして、その瞬間――。


 バサッと隣のカーテンが勢いよく開かれた。


「…………せん、ぱぁい……」


 そこに立っていたのは、深緑色のドレスに身を包んだ落合さんだった。

 目元には大粒の涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうになっていた。メイクが崩れちゃうよ……。


「だから、言ったじゃないですかぁ! 先輩は、最高しゅぎましゅっ……! わたしは、わたしはっ! こんな先輩が見たかったんですぅっ!! やっぱり……やっぱり、私の目に狂いはなかったぁっ!! ああ、神様……おお、神様……っ!!」


 感極まったのか、崇拝のような言葉が次々と口からあふれてくる。

 いつもなら私の服に掴みかかってくる勢いだが、今日はさすがに綺麗なドレスを着ているためか、ぎりぎりで踏みとどまってくれたようだった。


「落合さんも……とっても綺麗だよ」

「はうっ……」


 彼女の着ているドレスは、クリスマスカラーのもう一色――鮮やかな緑色。ノースリーブで、胸元が大きく開いたデザイン。彼女の豊かなバストが大胆に引き立てられていた。


 色白の肌に映える薄紅色のリップが、唇をふっくらと魅力的に見せている。

 明るい髪はゆるく巻かれ、少しアンニュイな雰囲気をまとっていた。

 彼女自身の輝きが強いためか、身につけたアクセサリーはどれも控えめ。しかし、それが調和し、全体の印象をさらに引き立てていた。


「はーい、そこまで〜。二人にはこのカバンね〜。これも貸し物だから、絶対になくしちゃだめよ〜!」


 互いの姿に見惚れ、しばし呆然としていた私たちを現実に戻したのは、トシオさんだった。

 ドレス、メイク、アクセサリー、カバンまで……まったく、すごすぎるお店だ。本当に失くせない。



 その後、落合さんは私の写真を何枚も何枚も撮りまくり、最後には二人一緒の写真をトシオさんにお願いして撮ってもらった。


 ――時刻は六時半。


 そろそろ会場へ向かう時間だ。


「じゃ、行きましょっか!」

「うん……外に出たら、少しだけ待っててくれる?」

「いいですけど――?」


 私たちは、店から借りたコートを羽織り、外へ出た。


「じゃあ、二人共、楽しんできてねぇ〜!」


 手を振るトシオさんにお礼を告げたあと、私は落合さんをその場で待たせて、足早に荷物を取りに行った。

 場所だけは事前に教えてもらっていた。だから私はお昼過ぎに一度向かい、コインロッカーに彼女へのプレゼントを預けておいたのだ。

 それを受け取りに行った――。


 ――その判断が、間違っていた。


 あんなにも可愛い落合さんを、一人きりで外に残しておくなんてこと、私は絶対にするべきじゃなかったのだ。


 時間にして三分。ほんのわずかな隙だった。


「――ねえねえ、もしかして彼氏に振られちゃったー?」

「よし、ここは俺たちとクリスマスカラオケ行くしかないっしょ!」

「暇してるなら、行こーぜ〜」


 若い男が三人。クリスマスイブの街中で白昼堂々とナンパをしていた。

 しかも、よりによってその相手は――落合楪。私の大切な同居人だった。


「ちょっと! やめてよっ! 触らないで!」


 彼女の腕を掴み、強引に引っ張ろうとするその男の手。


 ――その瞬間。


 私の中で、何かがプツンと音を立てて、切れた。




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