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わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。  作者: 藤白ぺるか


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第22話 はじめての看病

 朝起きると、顔が赤く、明らかに体調の悪そうな落合さんが、リビングで毛布にくるまって休んでいた。


 風邪を引いたと話す彼女だったが、パジャマのまま私の朝食だけは用意してくれていたらしく、私は思わず頭を抱えた。


「……私、今日仕事休むから。落合さんはベッドで寝てて」

「えっ……そんな、私のために……?」

「どちらかっていうと行きたくないし、有給もフルで残ってるから。私はいてもいなくても困られないタイプだから都合がいい」

「そんなこと……」


 私は会社に連絡を入れ、休みをもらうことにした。

 もちろん落合さんのことも。二人同時に休むと怪しまれそうなので、事情を知っている秋葉さんにだけ念のためメッセージを送った。


 たぶん、以前の私だったら、こうして仕事を休むというだけでもかなりの決断だったと思う。

 でも、今はそれ以上に落合さんのことが大切だった。



 熱を測ると三十九度。なかなか高めの熱だ。

 どうしたらいいかわからなかったけれど、とにかく病院に連れていくのが最優先だと思った。……でも、落合さんは頑なに病院に行こうとはしなかった。


 家には彼女が用意していた市販薬が揃っていて、自分で用意した朝食を少しだけ口にしたあと、それを飲ませることができた。


 私はその間に、必要な物を買いに出かけることにした。


「ちゃんと寝てるんだよ」

「はぁい……」


 落合さんをベッドに寝かせ、準備を整え、私は家を出た。

 当然ノーメイク。落合さんの持っていたキャップだけ借りた。


 一番近くのスーパーとドラッグストアは徒歩で十五分ほどの距離。

 ……そろそろ自転車でも買ったほうがいいのかもしれない。


「薬はあるけど、他に必要なものってなんだろう……とりあえず、風邪にはお粥だよね。前に私が熱を出したとき、落合さんが作ってくれたし……」


 料理なんてほとんど経験がない。

 でも、スマホを片手に調べながらやるしかない。


 今日は、私が全部やってあげる日だ。


 まずはドラッグストアへ向かい、追加の風邪薬と、ビタミン剤を手に取る。効果のほどはわからないけれど、ネットには「ビタミンCとBが良い」と書いてあったし、ないよりはいいはずだ。


 その足でスーパーに移動。

 お粥の材料は、以前落合さんが作ってくれたように凝ったものではなくていい。

 しょうがと鶏肉、刻みネギ。うん、これでいい。


 夕食のことも考えて、うどんも購入。ネットに「うどんは消化が良い」と書いてあったから、トッピングは家にある野菜でなんとかする。

 あとはスポーツドリンクにゼリー飲料も追加で。


 これで大丈夫なはず。

 レジを済ませ、私は急いで家へと戻った。


 玄関の鍵を開けた瞬間、室内からうるさい音が聞こえてきた。


 ――ゴー……


 嫌な予感がした。

 リビングへ通じる扉を開けると、落合さんが掃除機を持っていた。


「落合さんっ! なにやってるのっ!!」

「せぇんぱぁい……おそうじ、しなくちゃあ……」

「ダメっ! お願いだからやめて! 私があとでちゃんとやるから……っ、だから今は寝ててって言ったでしょ……!」


 買い物袋を床に落とし、私は落合さんの体をぎゅっと抱きしめた。


「せんぱぁい、あったかい……」

「……何してるのほんとに。寝てなきゃダメだって言ったのに……」

「せんぱいにだけ、やらせるわけには……わたしが全部、せんぱいにしてあげたいんですからぁ……」

「ほんと、アンタって……バカなんだから……」


 触れた彼女の体は、沸騰しそうなくらい熱かった。

 ふらついた落合さんは、私にもたれかかるように体重を預ける。


 言われた通りに寝ていればいいのに。

 こんな時にまで、無理して家事をしようとするなんて。


 彼女の気持ちが嬉しくて、それと同じくらい悲しくて。

 私は気づけば、泣いていた。



「やっと寝た……」


 ベッドまで抱えて運び、横に寝かせると、落合さんは「手、握ってください」と言ったので、彼女が眠るまで、ずっとその手を握っていた。


 そして私は、お昼の準備に取りかかることにした。


 まずはお米。

 ありがたいことに、家にあったお米は無洗米だった。きっといつかこういう日が来るのを見越して買っておいたんだろう。

 お米の研ぎ方なんて知らない私には、とても助かる存在だった。


「よし……炊いてる間にお粥の準備」


 炊飯器の無洗米ボタンをピッと押して、次はお粥の具材の下準備。


 買ってきたしょうがを見て、私はそこで気づいた。

 買ったのは固形のしょうが。今思えば、消化が良くなるよう、チューブの方がよかったかもしれない。

 でも、買ってしまった以上どうにかするしかない。


「と、とにかく、おろし器で……おろそう……!」


 なんとかしょうがをすりおろし、次は鶏肉の準備。

 消化に良いように、細かくして入れるべきだと思ったけれど……包丁なんて、使った記憶がほとんどない。


「な、なんで肉が切れないんだ……それに、この白い部分って取った方が……?」


 鶏肉を切るだけで、ものすごく時間がかかった。

 あとで調べて知ったけど、押しつけるように包丁を使っていたのが間違いだったし、白い部分は脂身だから取るべきだった。


 ひとつの作業に集中すると、周囲のことを忘れてしまうのも私の悪い癖。


 そうして、時間をかけてなんとか下準備を終えた。

 あとはお米が炊き上がるのを待つだけ。


 その間に、私はシャワーを浴びることにした。



「うん、ご飯はちゃんと炊けてる……あとはこれを鍋に入れて、材料と一緒に煮るだけ」


 風呂から出るとお米はちゃんと炊けていたので、レシピ通りの手順で材料を投入。

 お湯を沸かしながら、しょうがと鶏肉、ネギを順番に加え、味見をしながら塩などで味を調える。


「すごいなぁ……毎日ご飯作ってくれてる人って、こんなに大変なことやってたんだ……」


 やってみないとわからないことがある。

 私は落合さんには日頃から感謝していたつもりだったけど……今回のことで、その気持ちは何倍にも膨れあがった。


「できた……!」


 できたてのお粥を少しすくって、スプーンで味見してみる。


「……どうかな? ちょっと味が薄い気もするけど、風邪だしこれでいいはず……」


 ちゃんと鶏肉も柔らかくて、しょうがの風味も出てる。

 ……上出来、なはず。


 時計を見ると、午後一時。

 私はお粥を器によそって、落合さんを起こしに行った。


 


「落合さん、起きて……お昼だよ」

「せんぱぁい……おはよーございます……」


 まだ辛そうではあったけれど、なんとか彼女は体を起こしてくれた。


「わあ……せんぱいのお粥だぁ……すごい……嬉しい……」

「料理なんて全然やったことないから、味は保証できないけど……食べてみて」


 トレーを膝に乗せ、落合さんはゆっくりとスプーンを動かす。


 ……ゴクリ。緊張する。


「おいしいです……せんぱいの味がして、私、幸せです……」

「良かった……って、先輩の味って何それ」

「ふふ、先輩の味ですよ。それと、鶏肉の形が不揃いなのも、先輩らしいです」

「……ガサツって言いたいの?」

「でも、ちゃんと火が通ってるので、良しとします」

「上から目線なのよあなた……まあ、食べてくれるだけでいいけど。食べ終わったら呼んで、片付けしてくるから」

「はぁい……」


 落合さんの目が、少し潤んでいた気がした。

 ちゃんと食べてもらえて、本当に良かった。


 リビングに戻ると、そこにはぐちゃぐちゃになった調理器具と材料の残骸。

 私は深いため息をつきながら、それらの片付けをはじめた。


 そのあと、落合さんは薬を飲んで再びぐっすりと眠った。



「三十八度……だいぶ下がったわね」

「少しよくなりました……」

「じゃあ、体拭くわよ。換えの下着とパジャマも持ってきたから」

「はぁい……」


 夕方、うどん作りにも苦戦しながら、私はなんとか彼女に食べさせるところまでこぎつけた。


 熱が下がり始めたタイミングで、換えの下着とパジャマを用意し、汗ばんだ彼女の体をタオルで拭いてあげることにした。


「弱ってる時って、何されても嬉しいものですね……」

「そうだね。私も落合さんにしてもらった時、すごく嬉しかったからわかるよ」

「それと一人の時に風邪ひいたのと、誰かがいてくれる時って、全然違いますね」

「うん……誰かがそばにいるだけで、安心できるよね。――じゃあ私、そろそろ寝るね。明日はもっと熱が下がってるといいね。おやすみ」

「はい……おやすみなさぁい。優しい先輩、だいすきです……」


 落合さんの手をそっと握ったあと、私は自室へと戻り、眠りについた。


 ……私は掃除機をかけることを最後まで頭から抜けていた。


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。


「ゆずりは、ふっかーつ!!」


 寝ている私の部屋に、勝手に入ってきた落合さんが、元気な声で立っていた。エプロン姿で。


「……熱、下がったの? 一日で全部治るわけないと思うけど……」

「先輩のおかげで、完全復活ですよ!」

「でも、今日は会社休んでね。無理するなら、私も会社休むから」

「ええ〜〜」

「だって、今日メイクしてないじゃん。まだ万全じゃないってこと、ちゃんとわかってるから」

「うぅ……昨日、あれだけ熱い抱擁されたら、また熱上がっちゃいますよぉ……」

「言い方おかしいから」


 体温計で測ってもらうと、三十七度五分。

 まだ微熱が残っていたため、私は落合さんを休ませ、自分だけ出社することにした。


「もうすぐクリスマスなんだから、予定通り過ごしたいなら、絶対に無理しないで」

「わかってますよぉ〜。じゃあ、先輩、行ってらっしゃいの挨拶ですっ」

「……もう、ほんとに……」


 玄関先で落合さんがハグをしてきた。

 なんとなく、新婚夫婦みたいな空気になって、私はちょっと照れてしまったけど、同時に胸の奥がじんわりとあたたかくなった。


 久しぶりの、ひとりでの通勤。

 少しだけ寂しさはあったけれど、家で待っている落合さんのために、私は今日も頑張って働こうと思った。





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