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わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。  作者: 藤白ぺるか


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第21話 彼女のルーティン

 朝、目を覚ますと、私の鼻腔をくすぐるのは、リビングからふわりと漂ってくる良い匂い。


 一度ベッドの上で唸りながら、もぞもぞと体を揺らす。そんなことをしているうちに、数分後にはスマホのアラームが鳴りはじめた。

 何度かスヌーズを繰り返した末、ようやく私は重たい体を起こし、リビングへと足を向ける。


「おはようございます、先輩っ♡」


 とびきりの笑顔でそう挨拶してくれたのは、エプロン姿がとっても可愛らしい落合さん。

 キッチンで朝食を用意していて、次々に出来上がった料理がテーブルの上に並べられていく。


 焼き立てのパンに彩り豊かなサラダ、ふわふわのスクランブルエッグ、そしてヨーグルト。香ばしい香りの立つ温かいコーヒーも一緒だ。

 私は朝は断然パン派。ご飯だと少し重く感じてしまうことがあるから、こういう軽めの朝食がちょうどいい。


 落合さんの食べる量は私のざっと二倍くらいある。

 下手をしなくても一般的な男性より食べている。


 そして、一緒に暮らすようになってから気づいたことがある。

 彼女が毎朝早起きしているのは、家事のためだけじゃない――ということに。


 ある日、ふと朝早く目覚めてしまったことがあった。

 眠気を残したままベッドを出て、リビングに向かおうとした時だった。扉の向こうから、ガサゴソと何かの準備をしているような気配が聞こえた。


 少しだけ扉を開けて覗いてみると、そこにいたのは可愛いトレーニングウェアに身を包んだ落合さん。

 ぴったりした服のせいで、胸元が強調されていた。


 そんな彼女はキャップをかぶり、そっと扉を開けて静かに外へと出ていった。

 私を起こさないように、扉の閉まる音まで気を使っていた。


 ――つまり、彼女は運動をしているのだ。

 ジム通いなのか、ランニングなのか、詳しくはわからない。でも、早朝に運動しているのは間違いなかった。


「……落合さんが痩せてる理由、ちょっとだけわかった気がするよ」

「あー、先輩もしかして気づいちゃいました?」

「たまたま早く目が覚めた時にね、偶然見ちゃった」


 朝食を取りながら、私は素直にそう伝えた。


「まだはっきりとはわからないけど、落合さんが努力してその体型を保ってるんだって思った」

「私、大食いタレントみたいに何食べても太らないってわけじゃないですからね〜。そういうことですっ」


 ……改めて、冷静に考えてみよう。


 たまたま私が早く起きたあの日、落合さんが家を出たのは六時前だったはず。

 その後、私が七時半に起きた時には、すでに朝食が準備されていて、彼女は身支度まで整えていた。


 外から帰ってきて、シャワーを浴びて、髪を整えメイクもして、そのうえで家事もしていたのだとしたら――かなりの時間を早朝に費やしていることになる。


 つまり、もっと早い時間に起きている日もあるのかもしれない。


 私、このままで良いのかな。

 落合さんが私のために尽くしてくれているのはありがたい。でも、もしそのせいで睡眠や休息の時間が削られているのだとしたら――それはやっぱり、心配だ。


「なーんか、変なこと考えてませんか〜?」

「変なこと……っていうより、自分のこと。私、このままでいいのかなって思って。職場に通ってる以外、ほとんどニートみたいな生活してるし……」

「でも全員とは言いませんが、実家で暮らしている子って、そういう感じじゃないですか? 親に感謝、ですよっ」

「私もう子供じゃないし……アラサーだし……」


 そういえば、実家でもそうだったっけ。

 お父さんが亡くなってから、お母さんはずっとひとりで料理や掃除や洗濯、お弁当作りまで全部こなしていた。

 あの頃は、それを当たり前のように思っていた。私は部活ばかりで手伝いもしなかった。


 でも、いま思えば、あれは全部、私のために頑張ってくれていたんだよね。

 一人暮らしをすることで気づくことが、色々と横着な私は随分と遅れていたんだなぁ……。


「先輩は何もしなくていいですからね? 先輩のために尽くしてるなぁって思えるときが、私の幸せなんですから。奪っちゃダメです」

「うーん……でも、それで落合さんが倒れたりしたら、私は絶対に嫌だよ」

「え〜!? 先輩、私のこと心配してくれてるんですか!? 隅に置けませんねー! 私、発情しちゃいますっ!」

「アンタはいつも発情してるでしょ」

「アンタって言ったー! でも、たまーにそういう呼び方されると、仲良くなったんだなって思えて嬉しいですっ」


 何を言っても好感度が上がる……それはともかくとして。

 落合さんの早起きと、ちゃんとした睡眠時間の確保については、私も少しは考えなきゃいけない。


 単純に早く寝ればいいって話かもしれない。

 でも、私が起きてると落合さんもなかなか寝ないから、まずは私が早寝してみようかな。




「――落合さん、おやすみ。また明日ね」


 夜、仕事から帰ってきて、ご飯を食べてすぐにお風呂へ。

 それから、いつもより少し早めに寝室へ向かった。


「ええっ、もう寝ちゃうんですか? まだ九時ですよ?」

「今日はちょっと疲れたからさ。落合さんも、ちゃんと早く寝るんだよ?」


 落合さんの睡眠時間を確保するために、自分から行動を変えてみた。


 どこか寂しげな表情を浮かべていたけれど、以前話した一人になりたいという私の言葉を受け止めてくれて、今日はしつこく絡んでこなかった。


「もうちょっとお喋りしたかったなぁ……」

「また明日、ゆっくり話そう。おやすみ」

「おやすみなさぁい……」




 翌朝の朝食時、私は彼女に聞いてみた。


「昨日、ちゃんと眠れた? あのあとすぐ寝た?」

「睡眠時間はいつもと変わりませんでしたよ?」

「そっか……疲れはとれた?」

「ん〜、いつも通りって感じですかねっ」

「………………」


 ……なんで、いつもと変わらないの!?

 私が早く寝たから、落合さんも早く寝ると思ったのに……!


「ははーん。もしかして先輩、私のために気を遣って早く寝ましたね? だから昨日はあんなに早かったんだ」

「そ、そうだけど、悪い? 少しでも落合さんの疲れがとれればいいなって思ってやったのに……それなのに、何も変わらないって言うから……」


 確かに、見た目には何も変化はない。

 元から目の下にクマなんてなかったし、肌もつやつやだった。


「先輩。私はですね、突発的な予定がない限り、寝る時間と起きる時間をルーティンにしているんです」

「……つまり、私が早く寝ようが関係ないってこと?」

「そういうことです。昨日は十一時に寝て、五時半に起きました。六時間以上寝られたので、体調もバッチリですっ」

「うーん……六時間って、ちょっと少なくない?」

「いろんな説はありますけど、理想的な睡眠時間は六〜八時間って言われてます。私はちょうどその範囲内ですし、問題なしですっ」


 ……そう言われてみれば、落合さんが深夜に起きてる姿って、あんまり見たことがなかった気がする。


 つまり、本当にそのルーティン通りの生活をしていたのかも。

 ずっとその生活を続けてきてるのなら、きっと体のほうも慣れているんだろう。


「心配してくれるのはとーーーっても嬉しいですっ。でも、人の心配は自分の心配を終わらせてからにしてくださいね?」

「もっともなご意見です……でも、お願いだから無理だけはしないで。もし落合さんが体調崩したら、きっと私、自分を責めるから」

「大丈夫ですっ。自己管理だけは誰よりも得意ですから。もし何かあったらちゃんと伝えますね」

「うん、ありがとう」


 落合さんの生活スタイル、ようやくちゃんと知ることができた。


 言ってくれたとおり、まずは自分のことを見直すことも大事だ。

 でも、心配になっちゃうんだから仕方ない。


 一緒に暮らすようになって、落合さんの見えなかった一面が、少しずつわかってきた。

 彼女は本当に完璧に見える。


 けれど、完璧な人間なんていない。

 私だって、昔は自分のことを最強で完璧だと思ってた。

 でも今の私は、このザマだ。


 だからこそ、もし落合さんが困ったときは、私が助けられるようになりたい。

 心から、そう思ったのだった。




 ――そんな会話を交わした翌朝。


「せんぱぁぁぁぁい、風邪、引いちゃいましたぁぁぁぁ……」


 ……私の出番が、早速きてしまったようだった。

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