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わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。  作者: 藤白ぺるか


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第15話 お礼

 十一月に入り、色鮮やかだった紅葉の木々も枯れ、街はどこか寂しげな景色へと移り変わっていく。


 会社への通勤中、ふと目に入ったのは『クリスマスケーキのご予約はお早めに!』というケーキ屋の張り紙だった。


 ――もう、そんな季節か。

 例年なら、自分には無縁のイベントだと思っていたのに、今年はなぜか、そうは思えなかった。


「――先輩はどんなケーキが好きですかっ?」


 落合楪おちあいゆずりは。彼女が会社に転職してきてから、もうすぐ一ヶ月になる。

 私が自殺を図ろうとしたところを彼女が助けてくれた。

 それ以来、今では会社の外でも顔を合わせる関係が続いている。


 不思議なことに、彼女は私と同じマンションの同じ階に住んでいて、自然と通勤まで一緒になった。


「うーん。……普通じゃないケーキ、かな?」

「なんですそれ〜。抽象的すぎますよ〜っ」


 笑顔で話しかけてくる彼女の明るさは、いつの間にか私の心の支えになっていた。


 いつもなら、クリスマスなんてただの一日でしかなかった。

 それなのに、今は――彼女と一緒に過ごすのも悪くないかもしれない、なんて思ってしまう。


「普通のホールケーキよりも、フルーツの乗ったタルトとか、ちょっと変わったのが好き」

「へぇ〜、珍しいですねっ。私はいちごがいっぱい乗ったケーキが好きだなぁ」


 落合さんらしいチョイスだ。

 可愛いものが好きなところ、昔の私にも少し似ている気がする。

 今の私は、なぜだか、少しだけ変わったものに惹かれるようになっていた。


「――落合さんは? 好きなものとか、食べ物でも、それ以外でも」

「おっ、先輩から質問! 嬉しいですっ! えっとですねー、基本的に好き嫌いなくて何でも好きなんですけど……あ、旅行! 旅行が好きです! 大学の頃はよく行ってました!」


 私も……行っていた気がする。

 会社の環境も落ち着いてきたし、そろそろ、久しぶりに温泉に行ってみたいかもしれない。


 それに――


「…………」

「先輩?」

「あー……えっと。――落合さんには、色々してもらってばかりだから。もし予定が合えば、だけど……温泉旅行とか、どうかな?」


 人にこういうことを提案するのは、本当に久しぶりで――妙に、恥ずかしい。

 顔が赤くなっていないといいけど。


「え、えっ!? えええーーーっ!? 本当に!? 私を!? 旅行に!? 先輩が!?」

「うん。無理にとは言わな――」

「行きますっ! すぐ行きましょう! 今週の土日とか、すぐっ!」


 彼女は、驚くほど食い気味に了承してくれた。

 ひとまず、断られずに済んでよかった。


「いきなり遠出は大変だし……箱根とか熱海とか、東京から近場の温泉で」

「はいっ! わ〜、楽しみ〜!」


「これは私からのお礼だから、宿とかは私が全部決めておくね」

「先輩……大好きっ!!」

「わっ」


 通勤ラッシュの中、周囲に人が大勢いるにもかかわらず、彼女は私に勢いよく飛びついてきた。


 本当に、いろんな面がある子だ。

 私を看病してくれたときはまるでお母さんのように面倒見がよくて、でも今は、元気な年下の後輩らしい無邪気な笑顔を見せてくれる。


 ――ただ、ひとつだけ確かなことがある。


 それは、私は落合さんの笑顔が、案外好きだということだ。


 ◇ ◇ ◇


 週末になった。


 落合さんは「先輩のためならいつでも空けますからっ!」と断言していたので、早速予約サイトを探して、ある宿に決めた。


 今回は、すべて私の奢りだ。

 そもそも、これまで使う機会のなかったお金が手元にたくさん余っている。

 ボーナスだって、母に少し仕送りして以来、そのままだった。


 こうして感謝を伝えたいと思える誰かに使ってこそ、このお金にも意味がある。

 そんな気持ちで、できるだけ上等な旅館を選んだ。


「わ〜っ! すご〜い! お洒落で綺麗っ!」


 やってきたのは箱根の旅館。

 東京からロマンスカーで一時間ちょっとの距離だけど、久々の旅行にはちょうどいい。


 玄関に足を踏み入れると、そこには値段に見合った上品な空間が広がっていた。

 仲居さんの丁寧な出迎えに、落合さんは玄関だけで既にテンションが高い。


 チェックインを済ませて案内されたのは、清潔で趣のある和室だった。


「ええっ!? 露天風呂付きのお部屋じゃないですか〜!」


 窓際に駆け寄った落合さんが、露天風呂の存在に目を輝かせる。


 ――私も、お風呂は好きだった。

 ただ、この会社に入ってからはそういう時間も取れず、気がつけば行くこともなくなっていた。


 私の地元・北海道函館市は温泉街として知られ、露天風呂付きの市民浴場が街のあちこちにある。

 なぜ温泉が多いかといえば、函館山の火山熱による地熱が関係しているらしい。

 そんな環境のおかげで、学生の頃は友人と頻繁に温泉へ通っていた。


 東京では温泉に入るのにそれなりのお金がかかるけれど、函館なら大人一人で四百円ほど。

 スタンプカードなんかもあって、何度か通えば一回は無料になる。

 地元の人たちはみんな、そんなふうに気軽に通っていた。


「あとで、絶対入りましょうね!!」

「うん。でも……最初は大浴場に行こうか」

「はいっ!」


 落合さんは、家を出た瞬間からずっとこのテンションだ。

 本当に、温泉を楽しみにしていたんだなと微笑ましく思う。


 既に私たちは箱根の街を軽く散策していて、お昼もとうに過ぎている。

 このあとは温泉に浸かって、館内を見て回って、それから夕食という流れだ。


「じゃあ早速、温泉行きましょー!」


 そう言って、私と落合さんは、大浴場へ向かう準備を始めた。




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