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新婚生活は断罪劇のその後に【隼将軍は敵国の小鳥を囲いたい⑤】

有翼族。それは空に愛された種族である。


有翼族はいずれも空を駆る翼を持ち。一時は世界の覇権すら掌握したという。また有翼族は強靭な肉体を持ち。他の種族よりも長命であるがその出生率は低く。


更には血が薄まるにつれて翼を持たず。短命であり脆弱な有翼族が生まれるようになっていた。


そこでロスタムの曾祖父は。遥か遠い島国に神通力と呼ばれる異能を手繰る有翼族が居ると聞き付け。様々な伝を駆使してその島国に辿り着き。ロスタムの曾祖母である女性と出逢うことになる。


ロスタムの曾祖父と曾祖母の。国を跨いだロマンスはヌール帝国で知らぬ者はいない。曾祖父と曾祖母に恋愛感情が実際にあったのかロスタムにはわからないが。


曾祖父は妻を愛していたらしく。己が亡き後。後添いは持たないで欲しいと遺言をわざわざ残す程度には妻である女性に惚れ込んでいた。


曾祖父が亡くなり。己の子が皇帝となるのを見届けたあと故郷に帰り。それ以来音信のなかった曾祖母と曾孫であるロスタムが顔を会わせることになったのは。


ヌール帝国にあって軽んじられてきた有翼族でありながらも翼を持たない者たちを率いて臣下たちが謀反を起こし。


多くの親族が反乱軍に捕まり。次々に処刑されていくなかでロスタムの母違いの兄は一計を案じ。年の離れた弟を曾祖母の居る暁光国に送ったからだ。


目立たぬよう。船を乗り継いで辿り着いた暁光国で曾祖母に出迎えられ。ロスタムはそこで曾祖母が天狗という種族であることを聞かされ。速飛彦という名を曾祖母から与えられた。


深山、その奥の秘境。天狗の里でロスタムは速飛彦として曾祖母と共に暮らすことになる。天狗もまた出生率が低く。若者は数える程度であったので。ロスタムは天狗の里では最も若いせいかよく息子か孫のように可愛がられた。


天狗たちからすると尊い血筋でありながら国を追われて。何時か母親違いの兄の許に帰ることを望み。日々、武術の鍛練に勤しむロスタムは懐かしい《誰か》を思い出させるらしく時おり涙ぐむ天狗も居た。


ロスタムが速飛彦と呼ばれることに慣れた頃。里長が一人の少女を連れてきた。

なにがあったのか。小さな身体には包帯が巻かれていて。手を繋いだ里長の後ろに隠れて怯える少女こそがすずめだった。


里長には一人娘が居たのだという。早くに妻に先立たれた里長にとって一人娘は亡き妻の形見。箱入り娘として大事に育てていたのだが。かなりのお転婆で里を度々抜け出して、人間の暮らす街に降りていた。


そこで一人の男と出逢ったことで天狗同士の婚姻しか認めない天狗の里の掟に背き。男と駆け落ちし。僅か数年後。子供を産み落として間もなく病で儚くなった。


この里長の娘がすずめの母だった。すずめの父親は程無くして再婚。すずめは後妻に育てられることになるが。すずめは後妻を本当の母であると信じていた。


しかし後妻の方は血の繋がらないすずめを厭い。夫の目がないところで虐めていたのだが。それを見ていたモノが居た。


我が子を喪ったばかりの鬼が継母に虐げられるすずめを見ていたのだ。

この鬼はすずめの父に子を殺されていた。というのもすずめの父は抜剣隊という妖魔や悪鬼を退治する組織に属し。人間に仇為す妖魔たちを狩っていた。


抜剣隊であるすずめの父に我が子を殺された鬼は同じ想いをさせようとすずめを手に掛けるつもりでいた。だがそうはならなかった。実の父に省みられず。継母に虐め抜かれる幼いすずめを見た鬼は憐憫の情に駆られたのだ。


父母の愛を求めながらも邪険に扱われて。声を押し殺して小さな身体を震わせながら泣くすずめを鬼は拐った。


そして亡くした我が子の代わりにすずめを育て始めたのだ。


皮肉な話だが鬼は実の親よりもすずめを可愛がるだけでなく己が産んだ我が子同然に愛した。可愛い吾子。私の吾子と鬼はすずめを呼んでいたという。


当初は異形の姿の鬼に怯えていたすずめも。愛情を惜しみ無く注ぐ鬼に次第に懐き。それこそ本当の親のように慕うまでになっていた。


だが己の面子を保つ為にすずめの父が率いる抜剣隊によって鬼は退治されて。すずめは親元に戻ることになる。


後妻は戻ってきたすずめは。すずめのフリをした鬼に違いないと周囲に言い触らした。本当のすずめは鬼に喰われて死んだのだと言ってすずめに手をあげたという。


周囲はそんな後妻に同調を示して。すずめを無いものとして扱っていたなかで事件が起きる。

すずめの婚約者であった少年が化けの皮を剥がすと。すずめを衆目のあるなかで攻撃し。すずめが大怪我を負ったのだ。


このときすずめはそうとは知らずに亡き母がすずめに遺した御守りを持っていた。天狗の神通力が籠められた御守りは嵐を喚んだ。一人娘が亡くなったことを知っていた里長は不意に亡き娘の力を感じ取り。


その場に駆け付け。周囲が里長の出現に騒然とするなかで。力なく横たわる幼い子供が己の孫であると直ぐに察するや。邪魔立てする有象無象を凪ぎ払い有無を言わせずすずめを里に連れ帰ってきたのだという。


天狗の里に子供と呼べるのはロスタムだけ。孫娘の面倒を見てやってくれぬかと里長に言われ。ロスタムは里長の背中に隠れ、暗い目をするすずめと膝を屈めて目線をあわせ。


暁光国の言葉を話すのはまだ難しかったこともあり。習いたての神通力を使い。俺は速飛彦だと頭に直接言葉を届かせるとすずめは目をパチリと瞬かせながらおずおずと里長の背中から出てくる。


有翼族は出生率が低いことから。血の繋がりの有無に関係なく子供を大事にし。年長の者は年少の者を気にかけ世話を焼く。


それが有翼族の習わしであり。気質だ。だからロスタムは目の前のいとけない少女を虐げた者たちの気持ちが分からないし。分かるときが来るとは思わない。


無垢な目で。ロスタムを注意深く見詰めるすずめがお腹を鳴らす。恥ずかしげに俯くすずめに笑い。

ロスタムは着ていた着物の袂から山に実っていた小振りの枇杷を取り出してすずめに差し出す。


《俺がお前の面倒を見てやる。なにも心配することはないぞ。なにが来ても俺がお前を守ってやるから安心すると良い。》


すずめはロスタムの差し出した枇杷を受け取り口に運び。枇杷をかじるなりぽろぽろと涙を流したかと思えばわあわあと泣きじゃくった。


きっと張り詰めていた糸が切れてしまったのだろう。ロスタムはすずめを抱き寄せて翼で囲う。

それは有翼族がよく幼い子供にするあやし方だった。


《泣きたいだけ泣けば良い。此処にはお前を虐げる者は居ない。泣いているお前を馬鹿にする者も居ない。よく一人で耐えた。》


お前は我慢強い娘だな。だがこれからは辛いことは辛いと。苦しいことは苦しいと言って良いんだ。


《この俺がお前を必ず助けてやるからな。》


世話を焼くとは言ったけれども。すずめは手の掛からない子供だった。基本、生家ではほったらかしだったことから身の回りのことは自分でやれてしまうし。滅多に泣くこともなかった。


我が儘を言わず。息を潜め。静かに天狗の里の外れにある屋敷。その部屋の片隅にすずめはいた。


そんなすずめを何時も外に連れ出すのはロスタムだった。


多少、強引ではあったかもしれないがあらゆるものに怯えるすずめにこの世界はただ恐ろしいものだけではなく。

美しいものや愉快なもので溢れかえっているのだとロスタムは教えてやりたかった。


《俯く必要はない。目を曇らせることなく前を向け。お前はありとあらゆるものに祝福されているのだから。確かにお前を愛さない人間は居るだろう。だがお前を愛する人間も居る。少なくとも此処に一人お前を好いている人間が居るぞ──。》


「どうして···?とう様は私を見てくれなかった。かあ様は私を何時も叩いた。私は生まれてきてはいけない子だったって。みんなが言う!!そんな私をどうしてあなたは好きだと言える!?」


《生まれてきてはいけない人間か。随分と哀しいことを言うのだな。俺は聖人ではない。だから生まれてきてはいけない人間など居ないとは口が裂けても言えん。》


だから俺は。傲慢かもしれないが俺にとって大事な人間だけを肯定することにしているんだ。


《すずめ、俺はお前に出逢えたことが嬉しい。よくこの世に生まれてきてくれたな!!》


黒真珠に似た瞳を丸く見開き。すずめはくしゃりと顔を歪め。唸るように泣く。ロスタムは笑ってお前は泣くのがへたくそだなぁと。翼で囲って小さな頭に顎を乗せる。


ロスタムはすがるようにしがみつき。べそべそと涙するすずめの背を撫でてやりながら。嗚呼、やっぱりすずめを厭う人間の気持ちなど俺にはわかりそうにないと思うのだ。


「ねえ様、あそぼう!」


打ち解けて以来。すずめは随分とお転婆な少女に変わった。手の掛からなさは依然として変わらないが。自分からロスタムの許に来るようになったし。ロスタムによく懐いてくれた。


それは構わない。むしろ望むところであるのだけれども。すずめはロスタムを同性だと思っていた。


原因は三つある。当時のロスタムの容姿は少女と見間違う程に可憐であったこと。里の大人たちが姫吾子とロスタムを呼んでいたこと。


そして同性だと思っているが故にロスタムと打ち解けたすずめに。本当のことを言って距離が空くのは嫌だとロスタムがすずめの誤解を解かないことだった。


ねえ様、ねえ様と。ロスタムを無邪気に慕い。後をついてくるすずめを見ていると。

まあ、性別を間違えられたところで困ることはないかとロスタムは思っていたのだけれども。


「ねえ様、ねえ様は川遊びしないの?川、冷たくて気持ちがいいよ。」


《すずめ。お前は警戒心を持つべきだな。》


服を着たまま川に飛び込んで。はしゃぐすずめは愛らしいが。同性だと思うからこそすずめはロスタムの前で肌を晒すし警戒心もない。


だが年相応に羞恥心はあることは知っているロスタムは小さく嘆息し。見て。お魚、捕まえたと大振りの鮎を手にしてあどけなく笑うすずめにロスタムはますます男だとは言えなくなったのだ。


すずめが天狗の里に来て二年が経つ頃。ヌール帝国に残った兄から手紙が届く。

反乱軍の鎮圧に手こずっている兄はロスタムの手を借りたいと言う。


ロスタムは国に帰るときが来たと悟る。この日の為にロスタムは鍛練を重ねてきた。ヌール帝国に帰る日を心待ちにしていたというのにロスタムの心を翳りが覆う。


ロスタムは数日後に暁光国を発つ。それをすずめにどう伝えたものかと考えながら。すずめが寝起きする里の外れにある屋敷に向かえばすずめの方もロスタムを探していたようで。


焦燥を滲ませながら泣きそうな顔をするすずめを見て。ロスタムが国に帰ることをすずめが知ったのだと察した。


口を開き。けれども胸に渦巻く想いを上手く言葉にすることが出来ず。すずめは口を閉ざす。すずめは何時かロスタムが生まれ故郷に帰る為に。


兄の助けになる為に鍛練を積み重ねてきたことを知っていた。だから行かないで欲しいとは言えずに泣きそうな顔で俯くすずめの手を取り。ロスタムは出掛けないかと誘った。里の大人たちには内緒で街に行こうと。


内緒とは言っても里長や曾祖母辺りは里を抜け出したことには気づいていただろう。翼を神通力で隠し。ロスタムはすずめと街に降り。俯くすずめに。これから俺は過酷な日々に身を置く。挫けそうなことも。悔恨に叫ぶこともあるだろう。


だからこそ心の支えになる思い出が。お前との思い出が欲しいと笑った。すずめは目を擦り。にこりと笑い。私の代わりに思い出を持っていって欲しいとロスタムの手を握り締めた。


ロスタムはこのときばかりはヌール帝国のロスタムではなく。ただの速飛彦としてすずめと街を練り歩き。屈託なくすずめと笑いあった。楽しい時間は瞬く間に過ぎる。


日が暮れ。もう里に帰らなければならない時間になる。目に涙を溜めて。言葉数が少なくなるすずめにロスタムが口を開いた時だった。耳をつんざく。数多の悲鳴。


逃げ惑う人々に何事かとすずめを腕に抱き。視線をやれば。往来のただ中で牛鬼が暴れていた。ロスタムが印を結び牛鬼の動きを封じる。

その隙を突き。暁光国では珍しい金髪碧眼の子供が刀で牛鬼を切りつけ鬼など恐れるに足らずと得意気に笑う。


「西園寺様···?」


《すずめ、お前が知っている人間か?》


「許嫁です。どうして西園寺様が此処に。」


すずめが戸惑いと。僅かな怯えを見せながらロスタムの服を掴む。ロスタムは目を細め。アレがすずめを傷付けたという小倅かと鼻面にシワを寄せて。駆け付けた抜剣隊らしき人間に指示を出す西園寺蓮に眺め。


すずめの肩を抱き。踵を返す。その間際、牛鬼が戒めを解き。暴れ。西園寺蓮を撥ね飛ばした。


「西園寺様!!」


再び悲鳴が上がるなかでロスタムは舌打ちし。隠していた翼で空に駆け上がり。

手に錫杖を顕して掲げれば空が曇り。雷鳴が轟き。錫杖の上に雷が集まり巨大な太陽と見間違う程の光球となる。西園寺蓮を喰らおうと蠢く牛鬼にロスタムは躊躇いなく雷撃を喰らわせた。

 

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