転生した教師は、乙女ゲームよりも○○が見たい
「この世界は私が好きだった乙女ゲームの世界。私はそのヒロイン」と夢と思い込みで爆走する少女と、
「夢のような世界に転生できた。萌えるCPを見つけて妄想して腐女子満喫してやる」という夢と妄想にひた走る腐女子。
この場合、どっちのほうが異世界にとって有害なのか?(どっちもな気がする)
2024/05/31 改編しました
異世界転生。それはオタクの夢だ。…………ごめん、大袈裟に言いました。前世での私の夢だった。
予期せぬ事故で亡くなった前世の私は、オタクだった。それはもう、沼にどっぷり全身浸かるかたちでオタクだった。一次も二次も拘りがなく、性癖に突き刺さるものは何でも読んだ。そんな生活の中で、私は思ったのだ。
「ああ、一度でいいから生で護衛騎士×王様のいちゃらぶをみたい」
現実的ではない夢は、異世界転生できたら良いのに、という方向へと変わっていった。
そして運命の日。自動車事故に合った私が、再び目覚めた時。そこは、中世時代のようなまさに夢の国だった。
「先生、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
昼下がりの廊下で、私はお嬢様のような挨拶を交わす。ような、ではない。相手は本当に貴族のお嬢様だし、なんと私も侯爵家の令嬢だ。そしてここは、貴族の子息子女が通う学校。私はここで、歴史学の教師をしている。
幼少時に前世の記憶が蘇った私は、それから死に物狂いで勉強をした。貴族令嬢としてのマナーから、近隣諸国の文化、歴史まで。知りたいと思ったことを調べまくり、ものにしていった。その結果、学校を卒業する前に、教員免許を取得。最年少女性教師になってしまった。
しかし私がやりたかったことは、教師ではない。前世の記憶と共に呼び起こされた、腐沼の記憶。あれをまた、この生でも味わいたいだけなのだ。
「あら、あの人」
中庭で談笑する生徒を見つけ、私は小さくため息を吐く。関わりたくはないが、これも教師の仕事だと、足をそちらへ向けた。
「まぁ!セリアさん、もう終えられたのですか?素晴らしいです!」
ここ数ヶ月で校内では知らない人がいなくなっただろう、男爵令嬢に声をかける。努めて明るく声をかけたのは、もちろんわざとだ。
「なんだ、お前は」
すると予想通り、令嬢を守るように隣にいた男子生徒が間に割り込んでくる。お前呼びにカチン、ときたが、相手は接点のない二学年生だ。ここは、抑えなければ。
「あらコーレッタ公爵子息、こんにちは。ご歓談中に失礼しますわ。私はセリアさんの教科担当をしている、歴史担当のアイシャと申します。セリアさんの姿が見えたものですから、驚いてしまって」
学校の先生だよ!という思いを隠して、淑女の笑みを崩さぬまま、カーテシーをする。そして口を挟む隙を与えず、本題に入ることにした。
「この時間、補習のはずですのに。素晴らしいですわ、セリアさん。もう終わらせてしまうなんて!」
「………補習?」
私の言葉に、セリアの肩が揺れた。やはり、公爵子息のケインには伝えていないらしい。まあそうでしょうね。誰だって、自分のマイナスな面を好きな相手には見せたくないものだ。でも、許しません。
「ち、ちがうの!ケイン様、これは間違いで………!」
「ええ、そうです。セリアさん、長期間授業に出席されておりませんので、内申点が足りず……」
ケインの背後からセリアが大声で否定するが、私はそれを遮るようにして、授業で培った良く通る声で言葉を紡いだ。それはしっかりと届いたようで、驚きと不信を顔に浮かべている。
「何を言っている。セリアはちゃんと、授業に出ていたぞ。先日のテストも受けたはずだ」
(よし、かかった)
右手を頬に添えて首を傾げてみせながら、私は内心でガッツポーズをした。ここからは、二人まとめて現実を思い知らせましょう。
「テスト、とおっしゃいますと、もしやAクラスの解答用紙で提出されたものでしょうか?どこで不手際があったのかはわかりませんが、別クラスのテスト問題ですから、あれは無効になりますわ」
「は?無効?」
固まるケインと未だに騒いでいるセリアをよそに、私は言葉を続ける。
「はい。セリアさんはBクラスですから。ですので、何故かAクラスで取られていた出席確認も、無効になります」
この学校は、貴族の子息令嬢が集まる関係で、クラスを階級で分けている。公爵家から伯爵家までを、Aクラス。子爵家から男爵家までを、Bクラス。そして特別編入生である平民の子たちが、特待クラス。それぞれ今後の人生で必要となる知識が異なるため、授業内容は違う。そのため、他クラスの授業に出席しても、カウントはされない。
「だが、セリアはAクラスの授業についてこれたぞ!評価されるべき点だろう!」
(あれのどこが?!提出されたノートはほぼ真っ白だし、テストも辛うじて選択問題が合っていただけじゃない!)
叫びそうになるのを、ぐっと堪える。それと同時に、それらを見せてくれた時の、Aクラス担任の怒りをこらえた顔を思い出した。本当にすみません、今度美味しいお酒を持って行きます。
「それでは、クラス変更届はお出しになられたのでしょうか?」
私の言葉に、今度は二人とも固まってしまった。このまま、畳み掛けてしまおう。
「まさか、ご存知ありませんでしたか?クラス変更届。成績優秀者や上位の家への養子が決まった者が対象ですけれど、公爵家の子息が太鼓判を押すのですから、セリアさんも対象者なのでは?」
ケインの後ろで「え、なにその設定。知らないんだけど」と呟いた声が聞こえた。はい、転生者確定ですね。
「考えたくはありませんが、書類の不備で審査が遅れている可能性もありますね。よろしければ、すぐに書類をご用意致しますわ。公爵家の推薦ですもの!最速で審査していただきましょう!」
あくまで友好的に。善意のみ下心なし、という態度と声音で畳み掛ける。
「あ、ああ。よろしく頼む」
「お任せください。書類が揃いましたら、セリアさんのご自宅まで郵送させていただきますね」
「え!なんでですか?!」
(なんでですか、じゃないわよ!)
またもや飛び出そうになった言葉を、既のところで堪えた。この子、生まれも育ちも男爵家のはずなんだけど。常識はどこに置いてきたのか。
「提出書類ですから、保護者の方のサインは必要です。過去に保護者の許可を取らず、好みの女生徒を養子にしようとした方がいらっしゃいまして………。それから、些細なことでも保護者の方のサインが必要になりました」
もちろん、その貴族は逮捕された。調べてみたら、余罪がわんさか出てきたらしい。ちなみに、養子縁組の目的は言いたくもない。
「オレの推薦だぞ。それでも必要なのか」
「申し訳ございませんが、それとこれとは別です。領地経営についてご存知であればご理解いただけるかと思いますが、書面での手続きは重要なものです。それにクラスがAクラスになった場合、授業料が変わってきます。無断でできるものではありません」
言外にお金かかるよ、と含ませてみたが、まだケインは文句を言いたそうにしている。ここで自分が払う!と言い出さないだけ、まだ理性はあるようだ。
「では、私は必要書類の準備をしてまいりますわ。ああ、そうそう。クラス変更をする場合、実力テストがありますからね。セリアさん、また日程は追ってご連絡します。それまでは、Bクラスの授業にしっかりと出席してくださいね」
有無を言わさずに笑いかけ、二人へ一礼をしてから私はその場を去る。背後から「どうしよう」「大丈夫だ」などとお互い励まし合う声が聞こえてきたが、振り返ることはしないかった。
二ヶ月後、ケインとセリアは破局した。
最後はお互いに相手を貶し合う、修羅場になったらしい。
「本当にご苦労様でした」
「いえ、教師として当然のことをしたまでです」
立役者となった私は今、校長から激励の言葉をいただいている。実は今回の件、王弟殿下であられる校長から直々に、全教職員へ依頼されていたものだった。内容は、『隠密に公爵子息と男爵令嬢の仲を引き離してほしい』というもの。もちろん全教職員、満場一致で「やります!」と言ったわよね。あの二人、目に余る行為が多かったから。
セリアのクラス変更テストは、予想通り不合格だった。それはそうだろう。本来受けるべき授業を受けておらず、その代わりになるような自習もしていないのだから。ちなみに補習テストはギリギリ合格だったため、なんとかBクラスに在席はしている。
「男爵家からは、今学期まで、という退学申請が届きました。コーレッタ公爵子息の婚約者である侯爵家からだけではなく、他の家からも苦情や慰謝料請求がきているそうです」
「かしこまりました。手続きは進めておきます」
ケインの婚約者である侯爵令嬢は、婚約破棄をしないかわりに再教育を希望したそうだ。婿養子に来るはずの男が、公然と浮気していたのだ。要望がそれだけだったのは、優しいほうだろう。どれほど厳しい再教育になるのかは、知らないが。
それと、セリアからちょっかいを出されていた男子生徒たち(たぶん、攻略対象者たち)は、皆セリアに靡くことはなく、それぞれの婚約者たちと良好な関係を続けている。
この点から考えるに、この世界はセリアが思っていた『ゲーム、又はラノベの世界』とは、似て非なるものだったのだろう。今でも彼女がそう信じているのかは分からないが、退学までには目を覚ましてもらいたい。
「さて、それでは報酬についてですが………本当に、これで良いのですか?」
「はい」
本来ならばいけないのだが、今回の依頼は校長としてではなく王弟殿下として、だったため、成功報酬が約束されていた。もちろん、金品は除く。
「分かりました。それでは、騎士団のほうには私から連絡しておきます。日時が決まり次第、ご連絡しますよ」
「ありがとうございます。お手数をおかけし、申し訳ございません」
私がお願いした報酬は、王国騎士団の訓練を見せて欲しい、というもの。完全に趣味である。むしろ、趣味のための取材である。
(やったぁぁ!これで憧れの騎士団長様に会える!そしてあわよくば、宰相閣下にも!お見かけするだけでも良い!)
頭の中でどんどんピンク色の世界が巻き起こり始めてしまい、慌ててそれを止める。だめ、それは自室でやりましょう。此処はまだ職場よ、私!
そして平静を装いながら顔を上げた時、校長の背後に違和感を覚えた。
「ところで校長、今日は補佐の方が違いますのね」
いつもは細マッチョな黒髪の青年が補佐として控えているのだが、今日は栗色の髪をした校長と同年代の方が控えている。
「……少し、体調が優れないんだ」
「そうでしたか。不躾に失礼致しました」
(その間はなんですかねぇぇ?!あと視線が泳いだの、見逃しませんでしたよ!)
「それでは、失礼致します」
「忙しいところ、ありがとうございました」
綺麗にカーテシーをして、校長室を後にした。そこから私に充てがわれた教員室まで、出来うる限りの早足で向かう。その間も、頭の中ではどんどん妄想が広がっていく。
そして教員室に入りドアの鍵を閉め、ハンカチを口に当てて、私は思いっきり叫んだ。
「萌える!!!!」
私はアイシャ。前世でも今世でも、BLを愛する貴腐人。
「あー、やばい。これやばい。まさか職場に萌えが転がっているなんて。新刊が厚くなるわ」
そしてBL本が無かった今世のこの国で、BL本を密かに流行らせている。
〜転生した教師は、乙女ゲームよりもBLが見たい(無いなら作るだけよ!)〜
これでも主人公、結婚していたりする(余談)