グラビア写真集を買いに行く日だが、ウソ発見器が取れなくなった。
──二月十六日。
この日、俺の敬愛して止まない吉井みるるちゃんのグラビア写真集を買いに行くべく支度をしていたのだが、机の奥から出て来た懐かしのウソ発見器を試しに指にはめたら、キツくて取れなくなった。
ハンドソープで滑りを良くしてもダメだった。
仕方ないのでそのまま本屋へと向かった。
令和のご時世なんだから、宅配の方が良いのでは? と思う人も居るだろう。しかしそれは間違いだ。何故なら何かが届いた事を知った家族が、探りを入れてくるからだ。
やはり遠くの書店が古来よりの吉方安全一粒万倍日だ。
「いらっしゃいませ、お預かりします」
「…………」
無言でレジに出せば、それで終わる。
自転車で片道一時間掛けたが、それだけの価値はあるのだ。
「ありがとうございました」
頑張った自分へのご褒美に、すぐそばにあったコーヒーショップの馬鹿高いコーヒー様を買ってあげた。味は良く分からないが、もう少し安ければまた買っても良いかな、と思うくらいには美味しいので許すことにする。
「あ、おっす幸夫っち~!」
自宅まであと少しという所で、幼馴染みの真菜に遭遇してしまった。
だが、写真集は鞄の中。開けられなければバレる事は無い。完璧だ。
「んん? どっか行ってたの?」
「まあね」
「ふ~ん……あ、いつもと鞄が違うね。変えたの?」
「──!!」
おっと……! まさか気が付かれるとは……。だが所詮そこまでの事。
「たまには良いかな、って」
「ふ~ん……あ、それってドゥトゥール珈琲の……」
自転車のドリンクホルダーを指差して『エセオシャレ小僧が……!』とでも言いたげな笑みを浮かべた真菜。
確かに俺には似合わないだろうが、所詮はそこまでだ。
「たまには良いかな、って……」
「この辺にドゥトゥールあったっけ? 何処で買ったの?」
「──!?」
……普段気にして見ていないから、店舗が何処に在るのかなんて知らないな。まあいい。どうとでもなる。
「たまたま見つけたからなぁ……」
「ふぅん…………一番近くて隣町の本屋の中にあるんだよ?」
「──ッ!?」
なん……だと!?
「本屋さんに行ったの?」
「い、いや……別に……」
──ブーッ!
「おわっ!!」
「?」
このウソ発見器……生きてやがった!!
だが大丈夫だ……!
何故なら真菜がこのウソ発見器を知ってる訳がない。慌てて右手を隠したが、上手くやり過ごせる筈さ……!!
「今の何?」
「さあ? 何も聞こえなかったけど?」
そろそろ引き時だなと、自転車のペダルを踏もうとするが、真菜が俺の前から避ける気が無く、むしろ行かせないかの様に不審がる目をしていた。
「何の本買ったの?」
「買ってないって」
──ブーッ!
「ふ~ん……買ったんだ……」
コ、コイツ……!!
「漫画だよ」
──ブーッ!
「……何買ったの?」
マズい。雲行きが怪しくなってきた。
このままでは敗北的撤退も辞さないぞ……!!
「さては──エロ本だな?」
「違うってば!」
みるるちゃんはそんな性的な目で見るような子じゃない……!!
「ふぅん……なら写真集か」
「──なっ!!」
「違うの?」
「ち、ちが……」
──ブーッ!
これ以上喋っては自爆するだけだ!!
「じゃ!」
俺は慌てて自転車の方向を変えて走り出した。
「アンタのお母さんに言うわよ!?」
「なっ!!」
コイツ! そんな事をしたら俺は家で社会的に死んでしまうぞ……!?
「だから……私にだけ何を買ったか教えてよ♪」
「…………」
「ね? ウチに来てゆっくりとさ」
俺は従わざるを得なかった。
真菜にバレて軽蔑されようが、家で家庭的に死ぬよりも幾分かはマシなのだから。
「で? ブツはその中?」
無言で鞄を開け、みるるちゃんの写真集を取り出した。眩しいみるるちゃんの笑顔の表紙が、とても罪悪感を引き出させている。
「ほほぅ……みるるちゃん、か。確かに可愛いもんね。胸も大きいし……うん」
許容するかの発言の中に、軽蔑するかの如く冷たい視線を容赦なく浴びせてくる真菜。俺はただ黙って俯いた。まるで全てを暴かれた罪人の様に……。
「はい。返すね」
あっさりと写真集を手渡され、反射的にすぐに鞄へとしまった。
「そうか。みるるちゃんなら相手に不足無し、かな」
「?」
真菜はそう言うと、自分のベッドに腰掛けて、上着を脱いだ。ボディラインに沿ったニット服がとても印象的だ。
「みるるちゃんには遠く及ばないけれど、ココにも一応女の子が居りますのはご存じですか?」
「?」
胸を張り、足を組んで自分を指差す真菜。何の事やら分からない俺は、ただ黙って続きを待った。
「一生掛かっても触れないみるるちゃんと、今すぐにお触り出来る幼馴染み……あなたならどうする?」
「──!?」
恥ずかしそうに両腕で胸を寄せるその姿に、俺は何というか……何も感じなかった。
しかしここでみるると答えるのは、なんか失礼な気もしない訳でして。
「……そりゃあ、真菜かな」
──ブーッ!
「死ねっ!!」
「おぶっ!」
一発ぶん殴られ、真菜は走り去ってしまった。
「……酷い事故だった」
その後、真菜は育乳モンスターと化し、二ヶ月でGカップまで変貌を遂げた。
そして突然俺の部屋にやって来て、その自慢の胸を張った。
「どう!? どうなのかしら!?」
「……みるるかな」
──ブーッ!
「そう!? そうなのね!?」
ニヤニヤと笑う真菜。
「いやいやいやいや、みるる一択でしょ」
──ブーッ!
「ククク……正直になりなさいなおっぱい星人さん」
「……」
なんでやねん。俺はみるるに一生を捧げたと言っても過言でない覚悟で……。
「で? 一生掛かっても触れないみるると、今すぐお触り自由のおかわりし放題の幼馴染み……どっちを取る?」
真菜は持参したシュレッダーのコンセントを鎖鎌の様に振り回してニヤニヤと笑っている。
「さよなら……みるる」
俺は一筋の涙と共に別れを告げた。
みるるは吸い込まれるようにシュレッダーの中へと進んでゆく。溶鉱炉に沈む機械人間を見るかの様に何処か冷めた思考を持ちながら、俺はただバラバラになったみるるを心の中で偲んだ。
「……」
「じゃ、帰るね」
「えっ!?」
真菜は一瞬で部屋から消えてしまった。訳も分からずただ俺は、騙された事に気が付くまで五分も時間を使ってしまった。
「みるる……ゴメンよ……!!」
泣いた。ただ泣き続けた。
「やっぱりみるるが一番好きなんだ!!」
──ブーッ!
「みるる愛してる!!」
──ブーッ!
「……くぅ!」
泣いた。