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先日、いつものように敵に深く切り込んでみたが、彼女が現れなかった。
派手に暴れれば必ず前線まで駆けつけてきた彼女がいない。
彼女は衛生兵だ。怪我人に付いているのかもしれない。
別の男に優しくしていることを想像したら腹が立った。
次に敵に深く切り込んでみた時も、また彼女は現れなかった。
彼女に俺の存在を示すように、先日よりももっと派手に暴れてみたのに、現れなかったのだ。
まさか俺がいない間に魔法か何かで殺されたか?
敵の後方に魔法を放つのはそれなりに大変で、何人もの魔法使いが集まって行う必要があるが、そんな話は聞いていない。
だったら何だ?
病気か?
衛生兵は病気の者とも接する。それが感染症なら、感染してしまってもおかしくはない。
彼女のことが心配だった。
一眼でいい。彼女の無事を確認したい。
こんな殺伐とした戦場の空気は、彼女に相応しくない。
彼女はこんな血生臭い戦場より、温かい家庭のキッチンや、美しい景観の花畑などが似合うのに。
なぜ殺意に満ちた、こんな場所にいるのだろう?
彼女のことが知りたい。
俺は今日も彼女を探して、敵に切り込む。
すると、敵の戦士に囲まれた彼女と思わしき人物を見つけた。
衛生兵の腕章はしているものの、サイズの合わない革鎧をつけ、腰にはナイフホルダーを装着している。
あれでは俺たちの国の者に見つかれば、真っ先にターゲットにされるだろう。
そして、何より驚いたのは、彼女の顔だ。
無数の痣に、腫れて片目が塞がってしまっている。
あれは病気などではない。殴られた痕だ。しかも、1度や2度ではない。何度も何度も・・・拷問か?
なぜ衛生兵の彼女が殴られる?
俺か?勘のいい者が、俺が彼女を見ると引くことに気付いて、スパイの疑いでも掛けられたか?
そう思うと、彼女が拷問を受けたことにも説明がつく。
俺の、せいなのか?
何も知らない彼女を、この立ち姿からして、全く戦闘経験など無いだろう彼女を、一方的に痛めつけたんだろう。
しかも、彼女の同僚である衛生兵は、誰も彼女を治療しなかったのか。
彼女をこんな姿にした敵に殺意が湧いた。
いつもは攪乱するために斬りつけはするが、致命傷は避けるようにしている。
殺してしまっては、衛生兵である彼女は出てこないからな。
俺は許せなかった。
彼女を取り囲む敵の戦士達を、一瞬で死体に仕上げると、彼女の前に立った。
こんなに近くで彼女を見るのは初めてだった。
俺を見上げるそのエメラルドのような透き通った瞳は、今にも涙が溢れそうに潤んでいて、アメジストの目をした遠い昔のあの子とは別人だと分かった。
それでも、俺は彼女をこんなにした敵が許せなかった。
俺が、助けてあげる。
ジッと眺めていると、真っ青な顔で震えながら、腰に着けたナイフの柄に手をかけるも、上手く掴めずに断念したようだ。
何だそれ、やはり彼女は本当に戦いを知らないんだ。
誰かが守ってやらなければ、すぐに死んでしまうような弱い存在。
彼女を守るのは、他の誰でもなく俺がいい。
すると彼女は諦めたのか、ふぅと息を吐いてギュッと目を閉じた。
きっと、俺に殺されると思っているんだろう。
殺さないよ。俺に貴方は殺せない。
だって俺は、名前も知らない、言葉を交わしたこともない貴方を愛してしまったから。
こんな危険な戦場に彼女を置いておけない。
彼女を傷つける敵の元になんか、なおさら置いて置けない。
だったら俺が、攫ってあげる。
俺は彼女を肩に担いだ。そして、俺が修行中に寝泊まりする森の奥の小屋へ連れて行った。
彼女は俺の肩の上でずっと震えていた。
そんなに怯えないで。貴方を傷つける気なんか無いんだから。
ただ抱き締めて、この腕の中に閉じ込めておきたいだけ。
彼女を肩から下ろすと、俺は彼女を抱き締めた。
力を込めれば壊れてしまいそうに華奢な身体だった。
筋肉なんか無いんじゃないかと思うくらい柔らかくて、どんな脅威からも俺が守ってあげないといけないと思った。
もう離さない。俺が守ってあげるから、俺だけのものになってよ。
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