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見てしまった。私は彼を見てしまったのだ。
そして、捕えられた。
私は衛生兵として救護用の天幕の中で働いている。
兵と言っても、私には戦闘能力がない。足も速くはないし、剣術も攻撃魔法も、肉弾戦もできない。
それなのになぜ戦場にいるか。それは、怪我を負った戦士の治療をするためだ。
初めは隣国とのいつもの小競り合いだった。
それがどんどん規模を拡大して、本格的な戦争に発展してしまった。
国を守るために出陣する戦士達を見送る市民の顔は笑顔で、戦士達がこの国を守ってくれることを疑う者は誰もいない。
彼らの犠牲の上に平和が保たれていると、彼らは命を懸けて、私たちのような戦えない者のために剣を振うのだと、理解しているのだろうか?
私は国軍が貼り出した、衛生兵募集の張り紙に飛びついた。
なんでも、戦闘能力が無くてもヒール(治癒)さえ使えれば雇ってもらえるらしい。
私はすぐに衛生兵に志願した。
例え戦えなくても、戦う戦士達を癒してあげたい。私も戦士達の役に立ちたい。
その思いで国軍の本部に向かった。
私が使えるのは、ピュリフィケーション(浄化)、ヒール(治癒)、パラライズ(麻痺)の3つだ。
本当は広範囲に治癒をかけられるエリアヒールや、高度な治癒ができるハイヒールなどが使えたら良かったけど、まだ未熟な私には使えない。
戦場は思った以上に過酷な環境だった。
手の施しようがない状態の戦士が運ばれてくると、私にはパラライズをかけ、死にゆく戦士を見守ることしかできない。
それなのに、
「あなたのおかげで苦しまずに逝ける。ありがとう。」
などと感謝された日には、涙が止まらず眠れない夜になる。
それに衛生兵は、天幕の中でずっと安全が確保されているわけではない。
前線まで怪我を負った戦士を回収に行くのも、衛生兵の仕事だ。
何度も何度も魔法を使えば魔力が消費される。そんな時はポーションを飲んで魔力を回復させる。
1日に何本もガブガブとポーションを飲めば、お腹はタプタプで苦しいし、食事なんて摂れないと思うこともある。
無理にパンをスープで流し込むが、苦しさが解消するわけではない。
しかし、命を懸けて戦う戦士に比べれば、お腹の張りなど大したことは無く、弱音を吐くことはできない。
「怪我人多数!衛生兵回収を急げ!」
天幕に慌ただしく駆け込んだ戦士に付いて、衛生兵の皆が走り出し、私も遅れないよう必死に走った。
多数の怪我人か、また何本かポーションが必要になるかもしれない。
そんなことを思いながら私はひたすら走った。
当然、前戦に駆けていくのだから安全は保証されない。
しかし、衛生兵の腕章を着けている者は、他の戦士に比べて攻撃されにくい。
そして、見てしまった。私は彼を見てしまった。
次々と味方の戦士たちを薙ぎ倒していく敵が1人。
風を纏ってすごいスピードで移動し、纏う風も触れれば切れてしまうような鋭い風で、戦士達は彼を追えず手も出せない状態だった。
その舞うように動き回る彼の動きを、私は目で追ってしまった。
この時から、もう既に、私は彼に捕えられていたのかもしれない。
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自分の速さには自信があった。
風を纏って移動している時は、敵に認識される前に倒すことができたし、誰にも目で追われたことなどなかった。
それなのに視線を感じた。
その視線の先を見ると、幼いあの日に俺を庇って死んだあの子にそっくりな女がいた。敵として。
目が合った途端、手が震えて、もう戦えないと思ってすぐに引いた。
あの子が成長したみたいだった。でもそんなのあり得ない。
だってあの子が死にゆくのを、俺は見ていたんだから。
もう一度会いたい・・・。
いや、敵に会いたいなど、俺は頭がおかしくなってしまったのか?
あれは夢かもしれない。もしくはアンデットか幻惑をかけられたのかもしれない。
確かめなければ。
俺は敵の最前戦から、深くまで切り込んで敵を撹乱させるのが仕事だ。
どうせ味方は誰も着いてこれやしないし、俺は俺の仕事をするだけだ。
そう自分に言い聞かせて、俺はいつものように1人で敵に深く切り込んだ。
彼女はいるだろうか。
敵を派手に薙ぎ倒すことを繰り返すと、彼女が出てきた。
俺は彼女の腕に巻かれた衛生兵の腕章を見て、彼女と戦わなくていいことにホッとした。
そして、それを確認すると自陣へ引いた。
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2度目に彼を見た時も、なぜか同じように私と目が合うと彼はサッと引いていった。
最近は、何度も同じようなことが繰り返されている。
彼はどういう意図があるのか分からないけど私を探しているように見えた。
そして、だんだん目が合う時間が長くなっているように感じる。
なぜ私を探すの?
目が合っては引くところが、手負いのネコが警戒している姿のように見えて、少しおかしかった。
ある時、私と彼の目が合うと、彼が引くことに気付いた者がいた。
確かに敵が余力を残したまま、急に引いていく姿は、誰が見ても不自然さを感じる。
彼はいつも私を探しているようだったし、きっと、この説明できない関係に誰かが気付くのも時間の問題だっただろう。
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