婚約破棄された令嬢は心の中で実況していた。
皆様、初めまして。
わたくし、公爵令嬢の≪ファリー・サイト≫と申します。
幼い頃から小説を読むのが大好きでそれはそれは沢山の本を読んでまいりました。
そんなわたくしは今、"悪役令嬢もの"の小説にドはまりしちゃってます。
だってっ!!!!!!!!!!!!!
小説の中で"悪役令嬢"と呼ばれる方々は皆、格好いいのです! なんて言いますの? こう、強く、気高く、そして美しい。
淑女の中の淑女。学ぶものが多いですわ。
ですからわたくし、そういう系の小説での"推し"は必ず悪役令嬢なのですっ!
しかし、そんな素敵な主人公の周りの人々は…なんというか…ねえ? 阿呆の方々が些か多すぎな気がしなくもないのですが…。
ま、まあ。そんなことは置いておいてですね。
この様な小説は大体、お決まりの台詞から始まるのですよね。
あれですよね、あれ。
大体"卒業パーティー"か"公爵家のパーティー"で行われる断罪イベントはその言葉から始まりますわよねぇ~。
相手は王子か公爵令息。
テンプレ、ですわよね。
え? 何故そんな話をしているのかって? ふふ、そんなの決まっているじゃない?
今宵、わたくし含む貴族学院百四期生の卒業生が主役の"卒業パーティー"が行われます。その時、わたくしはきっとあれを言われますわ。
ほぼ確定。
何故分かるか? そんなの、噂されていますし? 相手もそれを耳にしている筈なのに全く否定しないですし? 確実にわたくしのことを嫌っていますし? というかきっとわたくしの後のお相手も決まっていますでしょうし? もう、確定ですわよね。
悲しい、悔しい、なんて感情はこれっぽっちもありませんわ。
別にこちらだって好きではなかったもの。
そんなことより、わたくしはその時にしてみたいことがあるのですっ!
どうか、わたくしのとある夢を叶えてくださいましね。
わたくしの婚約者、≪リザード・クレジット≫第一王子殿下?
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派手に着飾られた令嬢・令息が集うパーティーは開始早々とても素晴らしい盛り上がり具合をみせています。
令嬢たちはパートナーの父親や兄弟、そして婚約者を連れてこれまで苦楽を共にしてきた友人たちと楽しそうにお話を。
いいですわね、楽しそう。わたくしも混ざりたいわ。出来ないケレド。
理由は簡単。
パートナーである婚約者の≪リザード・クレジット≫第一王子殿下が何故かわたくしの隣に居らっしゃらないから。
わたくし、今、所謂"壁の花"になっているの。まあ、皆様そんなわたくしに話しかけるなんて行為、出来ないわよね。
全く、殿下。いつまでわたくしを待たせるおつもりですの? そろそろいらっしゃってもよくなくって?
なんてことを考えていたら。
急にパーティーホールの扉が開いた。
そこには『ゴージャス』という言葉が似合いすぎる程の着飾りをした殿下。と、その隣にこれまた殿下に引けを取らない着飾り方をしたどなたか存じ上げないご令嬢が。
あら? 殿下。本来そこ、わたくしの居場所なのですが…?
まあ、今回ばかりは許しましょう。一令嬢のわたくしが第一王子殿下に向かって『許す』なんておこがましいのですが…。今日だけです故、見逃してくださいましね。
殿下とどこぞのご令嬢はホールの中央まで足を進めました。
中央まで来て足を止めたと思ったら「おい、≪ファリー・サイト≫はどこにいる?」と殿下。
殿下!? 流石に『令嬢』くらいは付けてくださいっ! 女性を呼び捨てなんてっ! いくら婚約者の間柄とはいえどもっ__て、別にもう良いのですが。
「お呼びでしょうか殿下」
仕方がないので反論などせずに大人しく殿下の前へ出る。
「ああ、今日はお前に話がある。ここに居る皆はこれから行われることの証人となって欲しい!!」
おや? おやおやおや? これから何かが始まるのでしょうか? なんて、ふふ、想像はついているのですがね。
さあ、どんときてください殿下っ! そしてわたくしの夢__貴方にしか叶えられない__を叶えてくださいっ!!
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「≪ファリー・サイト≫っ! 俺はお前との婚約を破棄するっ!!」
【き、き、…………きたあああああああああああああああああああああああああっ! 婚約破棄ぃぃぃぃぃっ!! なんて素晴らしい! 正に小説通り、期待通りの台詞を叫んだっ! ≪リザード・クレジット≫選手っ!】
…流石に国の第一王子殿下に"選手"はダメかしら? でも、でもでも、わたくしのどうしても叶えたかった夢なのっ! あ、殿下を"選手"呼びすることではありませんよ? わたくしの夢というのはですね…
実際の婚約破棄の瞬間に(心の中で)"実況"をすることなのですッ!!!!!!!!!!!!!
叶いました! 現在進行形で夢が叶っていますっ! 嗚呼、殿下! ありがとうございます!! 貴方様は偉大です。
「なんだ? 黙りこくって、そんなにショックなのか? お前は俺に惚れこんでいたからなあ?」
なんて殿下が悪役然とした笑みを浮かべるものだから。
【でたああああああああああああああああっ! 勘違い発言っ! そしてドヤ顔! 頂きましたわぁっ!】
思わず令嬢らしからぬ言葉遣いで叫んじゃったじゃない。心の中で。
因みにわたくし、殿下に惚れこんでいませんので。
恋愛感情これっぽっちも抱いておりません。
「殿下、申し訳ございません。何故わたくしは貴方様との婚約を破棄されるのでしょうか?」
理由はまあ、これも大方予想はついているけれど、折角だし聞いてあげないとね?
ここでわたくしが「そうですか、分かりました。では、ごきげんよう」なんて言って帰ったらお隣に居らっしゃるどこの誰だか知らないご令嬢の出番がなくなっちゃうものね?
「フッ、理由? そんなの、決まっているだろう」
【必殺、鼻で笑う! まさかこの世にそれを本当にする者がいたとはあああああ!】
嘘でしょう? この世にそんな人が存在するなんてっ! しかも我が国の第一王子!? わたくしの婚約者!? ま、まじですかぁ… あらやだ、「まじ」なんてはしたない! これでも一応現王妃様直々に王妃教育受けてきたのですわよ!
それにしても…理由、何でしょう? 全く心当たりがございませんわね…。
陳腐なのは「真実の愛を見つけたんだっ!」とか? はたまた「お前は俺が懇意にしているこの(お隣に居らっしゃる)令嬢を虐げていただろう!?」とか? え? で、でも、流石にそこまで小説っぽい、現実には有り得ない様なことをこんな公衆の面前で言います? 仮にもこの国の第一王子なのですわよ? でも…なんだか言いそうですわね。女の勘ですが。
言うとしたらどちらなのでしょうね?! ワクワクですわ!
「何ですの?」
「俺は__"真実の愛"を知ってしまったのだッ!!!!!!!!!!!!!」
【"真実の愛"の方だったあああああああああああああっ! ていうか、言ったああああああああああ!? 王子いいいいいいいいいいいっ! 貴方はいつの間にそんなに小説の中の登場人物みたいになったのだああ!】
まさか、ねぇ~…ちょっと呆れてしまいましたわ。
まあ、ちょこっと望まなくもなかったのですが。
って、「そんなの決まっているだろう?」て…知りませんわよッ!
「では、その…"真実の愛"というものを見つけたので、わたくしとの婚約は解消、ということですの?」
「ああ、そういうことだ」
「殿下? その"真実の愛"を見つけたという理由だけでわたくしたちの婚約を変えることは出来ません。これは、れっきとした王家と公爵家の"契約"なのですよ」
「ああ、そうだな。確かにそうだ」
あら?意外と理性はまだ残っていたのですね?
「でしたら何故___」
「俺がお前との婚約破棄望むのにはもう一つ理由があるらだ」
そう、きっぱりと言い放つ殿下。
こ、これはっま、まさかッ!!!!!!!!!!!!!
「お前は俺が懇意にしていたこの≪マリア・ウェンディ≫男爵令嬢を虐げていたっ! そんな公爵令嬢を王家に迎え入れることは出来ん!! 何よりこの俺は許さんッ!」
【どっちもきたあああああああああああああああああああああっ!! ツーコンボォォォ!! 凄いぞ、凄いぞ、第一王子ぃ!】
流石ですわ! リザード殿下! 流石は将来国を背負うお方! 流石のわたくしでもこれは想像がつきませんでした!
なんて、内心で大暴れしていますがわたくしはそんなはしたない姿、見せられませんわ。
仮にも公爵令嬢なのですから。
「殿下、そんな事実はございません。わたくしは他の令嬢を虐げてなど__」
「何? 俺の言っていることが間違っているとでも言いたいのか?」
はい。言いたいです。なんて言えないっ!!
「いえ、そういうわけでは___っただ、証拠はあるのでしょうか?」
「証拠? そんなの必要ない、ここにいるマリアが言っていたんだ。彼女は俺に嘘はつかない!」
【でたっ!! 「証拠はいらねえ!」そして愛しの相手の言うことを疑いもせず信じる!!】
でも、う~ん。その盲信する行為は今後国王になったときに危ういのでは?
はあ、大変ですわね。この国の未来は。
「申し訳ございません。わたくし、そのマリア嬢との面識が無いのですが」
「は? 何を言っている? マリアが嘘を言っているというとでも言いたいのか!?」
はい!!!!!!!!!!!!! とても!!!!!!!!!!!!!
「そんなぁ! ひ、酷いわぁ! ファリー様ぁ! あんなにアタシに酷いことしてきたのにぃ!」
【おおおおおおおおおおおおおっとおおおおおおおおおおおお?! マリア嬢乱入だ!これまたテンプレの"男爵令嬢"である彼女ッ!! 公爵令嬢に向かって驚く程のため口です!】
マリア嬢は小説あるあるの庇護欲をそそられる、可愛らしい女の子! って感じの方ですわ。
というか…貴方本当にどなた?
確か、男爵令嬢っておっしゃいましたよね?
学園の構造は公爵家以上の者が中央棟でその他が爵位の高い順に北・西・東・南棟に振り分けられている。
ならマリア嬢は一番低い南棟の生徒さんですわよね?
で。わたくしは中央棟。
一体いつ、どこでわたくしたちが出会った設定になっているのでしょう?
あ、あと殿下とはどこで出逢ったのでしょう? 殿下もわたくしと同じく中央棟の生徒の筈なのですが? 気にしても仕方がないのでしょうが。
「ああ、可哀想なマリア。泣かないでおくれ」
「リザード様ぁ! 謝らないでください~! リザード様のせいじゃないですぅ!」
【マリア嬢も必殺技である語尾伸ばしを使ってきたぞおおおおおおおっ! この戦い(?)も佳境に入ってきたということかっ!】
我ながら『戦い』ってなんですの? 悪役令嬢vsヒーロー&ヒロインでしょうか? ふふ、悪役、ね…、いい響きね!
「ああ、マリア…。クッ! おい! ファリー! 貴様は本当に酷い人間だな?! しらばっくれる気か!?」
いやだからわたくしマリア嬢の存在自体知らなかったのですが…。
「だめですぅリザード様ぁ! ファリー様が可哀想ですぅ!」
【でたっ! ヒロイン男爵令嬢特有(?)!! 第一王子殿下を名称付で呼ばない&公爵令嬢にたいして可哀想発言!! こ~れはなかなかに酷いぞ!】
一体どんな教育を受けてきたのでしょう…?
ていうか、なんかもう、飽きてきてしまいましたわ。
最初はノリノリでやってましたが…なんだか先程からとても侮辱されている様でそろそろ疲れてきましたの。
ということで殿下、早く締めの一言をよろしくお願いします!
「優しいなマリアは」
そう殿下はマリア嬢の肩を優しく抱いてわたくしの方をキッと睨みます。
わぁー、こわぁーいぃ。
令嬢に向かってそれはなくないですか?
それにしても、いつまで締めの台詞を引っ張るんですのっ!?
「何でしょう? 殿下」
ああ、殿下が台詞を言うのが遅いからわたくしから振っちゃったじゃないの。
「はあ、貴様、罪の意識はないのか!?」
ないですわね。これっぽっちも。だってやってないのですものね!
何も言わないわたくし。それを肯定とみたか。
「貴様の様な最低な女は俺の婚約者に相応しくないっ! 婚約破棄は確定だ! 二度と俺たちの前に姿を現すなっ!」
【きたあああああああああっ! 締めの台詞、頂きましたあああああああああああああっ!!】
「分かりましたわ! 殿下とマリア嬢の未来に幸あらんことをっ! では、お二方、ごきげんよう! 皆様も!!」
「「え??????」」
殿下の本日二度目の婚約破棄に即答で同意し、お二人の恋路の応援までして__それもとても嬉しそうな顔で__その場をスタスタと離れたわたくしに殿下とマリア嬢は戸惑っている様子。
あら? 無様に泣くとでも思っていたのかしら? そんな筈ないでしょう? あ、そういえば殿下、わたくしがご自身に惚れていると思っていらしたわね! すっごい誤解ですが!
でもこれ、_________
【気持ちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!】
こんな爽快感味わったことないですわ!
肩の荷が下りたってこういうことですの!?
第一王子の婚約者って大変なんですよ?
王妃教育に数多のお茶会出席…あ、思い出すだけで吐き気が…。
とにかく! 良かった! 今日は夢も叶いましたし、とても素敵な一日になりましたわ!
あ、殿下に言わなければならないことがあったのです!
「殿下!」
「?! な、なんだ? 今頃許しを請うか? もうお__」
「令嬢に貴様はいけませんわよ? 今後はお気をつけくださいまし。では!!!!!!!!!!!!!」
振り向き際にそう言い残しわたくしはパーティー会場を去りました。
ああ! 今日は本当にいい日になりましたわねっ! いろいろとスッキリしましたわ!
これであとの余生を楽しく生きられます!
これから何をしましょう?! 先ずはやっぱり小説を読みましょう!
これまでは王妃教育で読む時間が少なくなっていましたからね!
読みふけってやりましょう! 夜更かしなんてしてみても良いですわねぇ?
ふふ、これからのことが楽しみで仕方がありませんわ!!!!!!!!!!!!!
それでは皆様、ごきげんよう!!