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ワールド・スイーパー  作者: 秋谷イル
一章【災禍操るポンコツ娘】
9/142

難しい年頃(1)

 ──夜遅くアイムは戻って来た。一番近い街まで出向いていたのだ。人間ならこの森を抜けるのに数日を要する。しかし彼の場合、往復でさえ一時間とかからない。

 なら何故こんなに遅くなったかと言うと、今の時間に開いている店が見つからなかったからだ。飲食店や風俗店ならばともかく服屋ではそれもしょうがない。結局店主を起こし、詫びとして多目の金を支払って目当てのものを手に入れた。

「帰った」

 灯りが点いているのでそうだろうと思っていたが、中へ入ると案の定ビサックのみまだ起きていて読書中。この男は見た目に反して詩集など好む。

「おかえり」

「あやつは寝たか?」

「今夜もベッドを使っていいと言ったんだがね、オイラ達の顔を見たくないそうで毛布と枕だけ抱えて奥の倉庫へ行っちまったよ」

「まだ不機嫌なのか、まったく」

「しかたねえさ、年頃の娘なんてあんなもんだよ」

 ククッと笑うビサック。温泉からあがったニャーンはアイムが用意した服へと着替えたわけだが、それはこの大男のタンスから適当に借りた代物だった。うら若き乙女にむさい中年男の服を与えたわけである。喜ぶはずがない。

「で、ちゃんと買えたかい?」

「……これでええか?」

 買って来た商品をビサックに向けて放り投げる。丁寧に畳んだ状態で麻紐で束ねられたそれは、このあたりの国々に共通する民族衣装。全て女物。

「ああ、間違いない。ちゃんと娘っ子向けだ」

「そういうのをくれと店主に言ったからな。えらく驚かれた」

「そりゃアイム様が女もんの服を買ったりしたら誰でも驚く。妙な趣味に目覚めたとでも思われたかもしれんね」

「心配いらん。乳臭いガキンチョの服だとも説明した」

「それはそれで別の誤解を招いてそうだな……」

 紐を解いて一枚ずつ確認した服を、もう一度丁寧に畳み直すビサック。アイムの説明のせいだろう、若干小さめの服が多い。しかし心配いらない。この地域の民族衣装は全てが最初は大人用。着る者の背丈や体型に合わせて折り畳み、小さく仕立て直す。だから糸を数本切るだけでニャーンにちょうどいい大きさにできる。そういう仕組みだし頑丈なので同じ服を一生大事に着続ける者もいる。

 直すのは今晩、自分がやっておこう。これであの娘の機嫌が直ればいいのだが。家の奥を見つめるビサック。

 アイムもまた同じ方向を見て首を傾げる。

「千年お主らを見て来たが、未だわからん。服なぞ消耗品だぞ、なんでもよかろう」

「オイラもそう思うが、しかし、やっぱり着飾ることが好きな人間は多いよ。特に女の子はな」

「知ってはおる。納得できんだけだ」

 言葉の通り、アイムには服に対するこだわりが無い。彼の服装は世界各地の民族衣装の集合体。駄目になったら適当な替えを現地調達。その繰り返しだから統一性も皆無。

 納得いかない表情の彼を見やり、ビサックは悪戯っぽく目を輝かせた。

「アイム様も修行が必要だなあ」

「なんのだ?」

「娘っ子との接し方だよ。これから、あの子の面倒を見てくつもりなんだろう?」

「見込みがあればの話じゃ。無ければ早々に見切りをつける」

「ほう、見切りをつけてどうなさる?」

「……」

 沈黙するアイム。正直言ってそこまではまだ考えていない。というより、これぞという案が浮かんで来ない。何度考えても選択肢は二つだけ。だから思考を放棄する。

「あれは、もう人の世には戻れんじゃろう。少なくとも普通の娘としては」

「だなあ……」

 同情するビサック。何故なら彼も同じだった。ある日、突然精霊が見えるようになって祝福されし者と呼ばれた。そこで、それまでの彼の人生は終わったのだ。

 誰も彼もが彼を放っておかなくなった。力ある者には責任が課されるものだと教えられ、望まぬ人生に進むことを強いられた。


 そんな周りの声に流されるまま従い続けた結果、大切なものを失った。


「あの子のあれが精霊の祝福かはわからねえ。昼に何度か力を使っていたが、精霊の姿は一度も見えなかった」

「ワシもじゃ」

 アイムにも精霊による干渉が行われた様子は確認できていない。つまりあの力は精霊の祝福とは別系統の異能である可能性が高い。

「祝福されし者なら、ワシが見捨てたとて多少はマシな人生を選べる。しかし、そうではなかったようだ。残る道は二つしかない」


 呪われた力で人々を救い、評価を覆すか、

 呪いを受け入れ、人類の敵となって殺されるか。


「まさか、もう見捨てないよな?」

 それだけはやめてくれと目で訴えるビサック。アイムは当然だと返す。

「連れて来た責任は果たす。お前も焦り過ぎじゃ、まだ初日ぞ」

「息子が生きとったら、あのくらいの年頃だからな」

「そうだったな……」

 ここへニャーンを連れて来た理由はもう一つある。この男なら絶対あの娘に肩入れして危害を加えないと思ったからだ。護衛としても実力は申し分ない。

「まあ、あと数日はここでしごいてみる。それでだめなら次の手を考えるとしよう」

「そのシゴキなんだが、もう少し手加減しちゃ駄目かい? ああも泣かれると、こっちも心が痛んでしょうがねえ」

「ならん。命の危険が無い時点で十二分だ。これ以上手心を加えては意義を失う」

 実戦に勝る経験無し。命のやりとりができないにしても、それに近い緊張感は必ず要る。でなければ本番で竦んでしまう。あの悪臭も嫌悪から危機感を煽るための細工。臆病者を鍛えるために考えた苦肉の策だ。

 ちなみに、匂いの元は磨り潰すと糞のような匂いを発する草。だからまみれたところで病気になったりはしない。

「ならせめて、汚れてもいい服に着替えさせてやるとか」

「ふむ、それは……いいかもしれん」

 機嫌を損ねたのは僧服を汚されたせいでもあるだろう。あの娘はいまだに敬虔な教会の信徒。僧服は今の彼女に残された唯一の神との繋がり。それを大事にしたいという気持ちなら理解できる。


 なるほど、ようやく気付けた。この一点においては自分が浅はかだった。

 しばし考えたアイムは、もう一度出かけることにする。


「訓練用の服も調達してくる。また寝ている者を叩き起こすのは忍びないし、今度は星の裏側まで行くとしよう。その間、あやつのお守りを頼んだぞ」

「任せてくれ」

「うむ」

 外に出た彼は一応、周囲の気配を探った。星獣の極めて優れた感覚器官と直感でも怪塵狂いの獣以上の脅威は感知できない。つまりビサックの手に余る敵は存在しない。

 安心した後、すぐさま走り出した。獣に戻った方が早い。だが小屋の近くで変身すると建物を壊してしまう。少し離れないといけないのだ。

 数秒後、巨大な狼が西へ駆けて行った。

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