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ワールド・スイーパー  作者: 秋谷イル
一章【災禍操るポンコツ娘】
31/142

旅は続く(1)

「うむ、やはり使い勝手がええ。軽くてしなやか、それでいて強靭。おまけに折られてもすぐに替えが手に入る。実に良い」


 ──ワンガニを離れて二日後。晴天の下で砂浜に立ったアイムはグレンとの戦いに決着をつけた赤い棒を振り、改めて使い勝手を確かめていた。

 当然ニャーンに作らせたものである。例の翼と同じで、彼の毛を与え彼女の脳内に紡ぎ上げたイメージ。それを反映させた武器。

 怪塵(ユビダス)溜まりから生まれた怪物(アンティ)や怪塵狂いの獣程度なら素手でどうとでもできる。これは「蛇咬(ウォルガ)」や「重牙(アイメル)」と同じで強敵専用。彼の獣の体と人間の体、その二つの差を少しでも埋めるために考えたもの。今後ニャーンと共に行動する以上、獣の姿では戦えないことが増える。あの姿でなら赤い星の欠片に過ぎない怪物など敵ではないが、引き換えに小回りが利かなくなる。彼女の方を狙われた時に気付きにくくて守りにくい。

 なので、この新しい武器があれば実に助かる。四つの武技とこれを使えば大抵の敵とは互角以上に渡り合えるはず。

「ま、滅多に使うこた無いだろうがな」


 無いといいが。

 以前、育て親から聞いたことがある。歴史にはそれを大きく左右する存在がたびたび姿を現し、周囲の者達を運命の渦に巻き込むのだと。彼女はそれを「特異点」と呼んでいた。そういうものが出現した時、必ず激動の時代が訪れる。

 注意して観察せよと言われた。兆しを。特別な存在が運んでくる大きな嵐に、前もって備えておくために。

 だが、あれから長い時が経ったのに、まだそれらしい者は現れていない。

 いや、現れていなかった。つい先日、森の奥で出会うまで。多分そうだと思われる娘は、今は近くの岩場で初めての海釣りに興じている。


「ユニティ、なんにも釣れません」

「なんじゃ、もう音を上げるのか? 釣りをしたいと言ったのは主じゃろうに」

 彼女が持っている釣り竿も垂らしている糸も怪塵製。アイムがそのへんの材料で手本を作って見せたらあっさりそれを模造した。便利な力だ。

「でも、もう長いことこうして待ってます。ここ、お魚がいないんじゃないですか?」

「引き上げてみい。エサだけ取られとるかもしれんぞ」

「あ、大丈夫。怪塵ですから、食べられちゃったらわかります」

「は?」

「エサも作ってみたんです。だって生きてる子に針を刺すのはかわいそうで」

 魚に釣り針を食わせるのはいいのか?

「あのなあ……」

 近付いて行って頭を叩く。割と強めに。

「いたっ!?」

「釣れるわけあるか! 釣れても食いたくないわ! 真っ当なエサを使え!!」

「ええっ!? さっき、エサさえ付けとけば食いつくって言ったのに!」

「なんでもいいわけじゃないわい! 貸せ、ワシがやるっ!」

「嫌です! 私だって釣ってみたい!」

「お前じゃ釣れん! ワシに貸せ、名人に任せよ! お主が釣り釣り言うから久しぶりに海鮮を食いたくなったんじゃ、ボウズのままなぞ許さんぞ!」

「自分の竿を使って下さいよ! さっき作ってたでしょ!」


 などと喧々諤々の口論を続けた末、結局並んで釣りを再開。

 己を名人だと豪語するアイムは実際に調子が良い。


「よっと、またかかった。よしよし、こいつも美味そうじゃな」

「ううっ、どうしてユニティばかり……」

「だからエサのせいだと言っとろうが。腕の差もあるがな。お主の竿にかかるのはよほど食い意地の張った魚かアホだけじゃい」

 鼻で嗤ってから、ふと思い出す。

「そういや、一つ聞きそびれていたことがあった」

「なんです?」

 釣り糸を垂らしたまま振り返るニャーン。アイムは東の方角を見つめる。

「何故すぐにワンガニを発とうと言った? ワシもグレンに稽古を付けてくれとしつこく頼まれたり、ナラカに儲け話があると絡まれるのが鬱陶しくて反射的に頷いてしまったが、もう少し滞在しても良かったのだぞ?」

 結局ワンガニでの滞在時間は三日と少し。それだけで再び出立した。

「だって、落ち着かなくて……」

 複雑な表情のニャーン。あの街の人々は、すっかり彼女の虜になった。どこへ行っても呼び止められ、称えられ、そして期待の言葉をかけられる。街の片隅の意識が届きにくい場所に怪塵が溜まっていると気が付き、集めて処理したらなおのこと人気者に。

 嬉しくはあったけれど慣れていない。最初とは別の意味で居心地が悪くなり、すぐに次へ向かおうと言った。

「気の小さいやつめ。そんなことではいかんぞ、これからお主はワシらと同じ立場になるのだからな」

「それは、わかってますけど……」

 唇を尖らせるニャーン。不慣れなものは不慣れなのだ。生まれついての性というものもある。自分はチヤホヤされることに向いてない。

 しかしアイムの説教は続く。

「いや、わかっとらん。お主は信用や信頼というものの価値をまだ知らん。いいか、ワシの発言に力があるのは何故だと思う?」

「皆を守って来たから」

「そうだ、実績がある。それを積み重ねて来たから信用され信頼され、言葉に重みが出る。ぽっと出の娘っ子がいきなり『私は世界を救えます』なんて言っても言葉が軽すぎて風に吹かれりゃ誰の耳にも届かんうちに消えてしまう。

 これから主がすべきことはそれだ。ワンガニでやったのと同じ。今までワシやグレンがしてきたように人を助けろ。期待に応え、成果を見せつけてやれ。理不尽な罵倒や中傷に耐えるな。誰にも二度と『呪われた娘』などと言わせず、堂々と胸を張って生きる立場になれ。そして、それに慣れろ」


 称賛や期待に耐えられなければビサックのような世捨て人になるのみ。

 ニャーンは思い出した。彼から自分のようになるなと言われたことを。杖に彫った一文には、英雄になれなかった彼自身の後悔も篭もっているのかもしれない。


「……ユニティは、そうなるまでにどのくらいかかりました……?」

 問われ、彼は視線を持ち上げる。そしてとぼけた。

「さてな、昔のこと過ぎて覚えとらん」

「参考にならないなあ」

「悪かったな。まあ、気の持ちようでなんとでも変わる」

「どういうことです?」

「少しは自分で考えろ。それより十分釣れたし、そろそろ──って、引いとるぞ!?」

「えっ!?」

 二人でびっくりしながら立ち上がった。どうやらかなりの大物らしい。ニャーンが海に引きずり込まれそうになったので慌てて後ろから腰を掴む。

「んにゃあああああああああああああっ!?」

「しっかり踏ん張らんか!」

「あ、ありがとう、ございます……! つ、強いいいいい……っ!」

「それと戦うのが釣りの醍醐味よ! 絶対に手を離すな! 相手が疲れるまで粘って息をつこうと気を抜いた隙に一気に引き上げるのだ!」

「わ、私の方が先に疲れるかも……! あと、お腹に腕が食い込むうううううっ!!」

「弱音を吐くな! 自分で釣ってみたいんじゃろ、ワシはこれ以上手伝わんぞ!」

「う、ううう……あれ? 怪塵の竿なんだから糸を縮めればいいんじゃ?」

「それだ!」


 ニャーンは糸の部分を変形させてどんどん短くした。さらに周囲から集めた怪塵で竿を支える脚も作り、しっかり岩場に固定する。


「なんかずるいなそれ!」

「えーいっ!」

 とうとう獲物が海面から顔を出す。その瞬間、アイムに言われた通り渾身の力を込めて一気に引き上げるニャーン。すると──

「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」


 泣き叫び、獲物から逃れようとする彼女。このままでは自分の方が獲物になってしまう。というか、すでに捕食されかけている。

 彼女が釣ったのはタコだった。


「た、助けてユニティ! この変な生き物、全身グネグネして掴めません! しかも肌に吸い付いて来ます! 食べられるっ!」

「その大きさなら食われやせん。まあ、これも経験だと思って自分で対処してみろ」

「えええっ!? 無理っ、無理ですこんなの! 気持ち悪い! ぎゃあっ、なんか黒い水を吐いたあっ!? 服がっ!!」

 絡み付くタコと死闘を繰り広げる少女。この調子じゃしばらく無理だと思ったアイムは先に食事の準備を始めた。集めておいた焚き木に火を点け、釣った魚を捌いていく。

「お、鬼! 悪魔! ユニティ! 私よりごはんですか!? この背教者っ!! んにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「ええからさっさとタコに勝て、アホ娘」

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