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ワールド・スイーパー  作者: 秋谷イル
一章【災禍操るポンコツ娘】
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話し合い(2)

「無理っ! 無理です、行かせてください!」

「逃げてどうする。どうせグレンに追いつかれて終わりじゃ。当然だが今のワシらは監視されておるのだぞ」

 宿としてあてがわれた寝室。男女なのに相部屋。逃亡を予測したアイムがそう申し出たからである。

 予想通り窓から飛んで逃げようとしたニャーンをひっ捕まえて室内へ連れ戻す。

「離して! 放してー!」

「風呂に入って寝間着にまで着替えたというのに、往生際の悪い奴め」

「ううっ、お風呂上がりの今なら油断してると思ったのに……」

「諦めい。ワシからも逃げられんぞ、踏んだ場数が違う」

 窓を閉ざすと、ようやく大人しくなった。代わりに今度は泣き始める。

「死んじゃう、今度こそ死んじゃう。あんな人に勝てるはずありません、私、明日の今頃には天国にいるんだ……」

 天国行きを確定と思ってるあたり、なかなか図太い。それを少しでも度胸の方へ回してくれたらいいのだが。

 風呂上りとていつもの格好。はたしていつ服を洗濯しているのかわからない謎に満ちた生態のアイムは、しゃがみ込んで少女の背中に手を添える。

「人間、いつかは必ず死ぬ。それが明日でも百年後でも実は大差無い。大事なのは悔いの無い生き方ができたかどうかじゃ。違うか?」

「ユニティ……」

「グレン・ハイエンドに挑んで討ち取られたとなれば、少なくとも酔っ払い共の話のネタくらいにはなろう。お主の名は長く語り継がれる。なあ、悪い話じゃなかろう?」

「最悪ですよっ! 一瞬でも勇気の出る言葉をくれると思った私が馬鹿でした!」

 再び走り出すニャーン。その際に枕を掴んで投げつけて来た。少しは頭を使ったもののアイムはあっさり回避。低い姿勢のまま素早く先回りすると、腰に腕を回して捕え、肩に担ぎ上げた。それでも手足をバタつかせ抵抗する少女。

「うー! うー!」

「おい、暴れるな」

 流石の彼も苛立ち、軽く尻を引っ叩く。室内に響く小気味良い音。

「ひうっ!?」

「いいかげんにせんか! やらねばならんことはやれ! それが道を選んだ者の取るべき責任ぞ! お主はもう選んだだろう!」

「だからって相手が悪すぎます! 勝ち目なんかありません!」

「ええい、蹴るな叩くな。痛くはないがうっとうしい。別に、お主に勝てとは言っとらん。話を聞いてなかったんじゃあるまいな? あやつはお主の抹殺が目的。それをワシが阻止する。お主は好きなように動く。つまり二対一、倒す役目はこっちに任せれば良い。圧倒的に有利なのに何を嘆く?」

「その『お主の抹殺が目的』の部分ですよ! どう考えてもそこが無理でしょう!」


 この岩山から麓の街まで一瞬で移動してくるような相手。当然逃げ切れない。アイムがいくら強くても、彼自身が狙われていない以上きっと一瞬で終わってしまう。自分自身が標的なら素早く反応できるが、他を守ろうとすればどうしても反応が遅れる。その僅かな時間でグレン・ハイエンドは標的を両断できる。


「なるほど、ちったあ頭を働かせたか。だが考え足りん。昼間、ワシはお主を狙った奴の攻撃を止めて見せたぞ。ワシなら他人が狙われても反応できるということだ。無論完璧にとは言えんがな。ワシと奴の差は実際わずかで、その不足分はお主が埋めてくれりゃいい。どんな手段でも構わんから一瞬だけ凌いで見せろ。猶予があれば必ず追いつく」

「ほ、本当ですか……?」

 ニャーンの瞳にほんの少しだけ希望の光が灯った。かき消すまいと頷くアイム。

「ワシは前にもあやつと戦った。だからわかる、嘘ではない。あやつは光と同化できるが本当に光と同じ速度で動いてるわけではない。っと、その前にお主、光がどれだけ速いか理解しとるか?」

「いえ……どのくらいです?」

「この世で一番速い。人ではその速度に対応できん。だから人間の反射神経で順応できる限界の速度に抑えておるのだ。そうさな、せいぜい雷程度。奴の本気はそのへんでワシはそれより少し遅い。昔、雷を避けたことはあるがな」


 もっとも、ニャーンの懸念も間違いではない。昼間は狙いが明白だった。彼女の首一つ。だから先読みして動くことにより速度の差が縮んだ。

 しかし二対一となる明日の戦いでは、こちらが先に狙われるかもしれない。その意識が頭にある分どうしても出遅れてしまう。だから実際には有利とは言えない。

 だからといって不利でもない。彼女の頑張り次第で五分五分にもそれ以上にも以下にもできる。ニャーンこそが勝敗を分ける鍵。


「飛んでもいい。盾で防いでもいい。とにかく一瞬だ。ありとあらゆる手を尽くして一瞬の猶予を作り続けろ。どうせ長くはかからん。勝負は数回瞬きする間に決まる」

「そんなに早く……?」

「あれと戦うというのは、そういうことじゃ。奴は速度だけでなく切れ味も凄いぞ。見ろ、これを」

 上着をめくり上げるアイム。ところがニャーンは両手で顔を覆ってしまう。

「いきなりなんですか、破廉恥!」

「馬鹿もん、傷を見ろと言っとるのだ」

「傷?」

 そーっと指を開いて隙間から覗くと、なんと彼の左脇腹に傷痕があった。それも刃物で斬られたような傷。かなり大きい。

「三十年前、最後に奴と戦った時にやられた。危うく死にかけたわい。とはいえ向こうも重傷でな、先々代のこの国の王に止められて決着は付かずじまい」

「い、痛くないんですか、それ?」

「三十年前の傷だぞ、痛いわけがあるか──と、言いたいところだが、実を言うとたまに痛む。なかなか屈辱的な話じゃ。ワシゃ星獣じゃぞ、この星で最強の生命体だ。治癒力も並ではなく普通の傷ならすぐに塞がる。他には傷一つ無かろう?」

「はい。あんまりしっかり見られませんけど」

「裸くらいでいちいちめんどくさいな、これだから人間は。まあともかく、ワシの体に傷を残したのは千年のうちであやつだけだ。それだけグレンは強敵ということだな。しかし、今の話は裏を返せばあやつとワシは互角という意味でもある。そこにお主の力が加われば勝機は十分。そう思わんか?」

「うう~ん……?」

 ニャーンの表情は微妙な感じ。どうしても確信が持てないらしい。とはいえそれは普通のこと。自分が勝つという確信を持って勝負に当たる者は少ない。確信は慢心へと変わり敗北を招く。己の勝利は疑って然るべきだ。

 重要なのは、その上でなお、不確かな未来に踏み出す勇気。

「しょうのないやつめ。どれ、気晴らしに散歩にでも連れてってやる」

 頭を掻いて立ち上がる彼。自分から窓へ近付いて行く。

「え? あの、それってどういう──」

「明日の戦いはワシだって命がけじゃ。そんなへっぴり腰のまま参加されちゃ困る。気の済むまで付き合ってやるから、街でも見て回るがええ」

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