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ワールド・スイーパー  作者: 秋谷イル
一章【災禍操るポンコツ娘】
17/142

牙の都へ(1)

「それじゃあ嬢ちゃん、気を付けてな」

「はい! ビサックさん、色々とありがとうございました!」

 旅をするには僧服より動きやすい服。そういう理由からアイムが買って来てくれたこの国の民族衣装に着替え、深く頭を下げるニャーン。彼女はあれからさらに数日別の訓練を行っていた。その成果がどうにか形になったので、いよいよ神の子グレン・ハイエンドがいる「牙の都」に向けて出発する。

 ビサックは同行しない。彼はもう俗世へ戻りたくないそうだ。理由を尋ねると、過去を隠すつもりが無いのか、それとも相手がニャーンだからなのか人目を避け森の奥で暮らすようになった経緯を教えてくれた。だから彼女も、このままそっとしておきたい。

 すると、別れ際に忠告を受けた。

「オイラのようになるなよ、嬢ちゃん」

「え?」

「嬢ちゃんにゃきっと、オイラの昔よりよっぽど大変なことが待ってる。けどな、それに負けんな。辛いことから目を背けて楽な方へ逃げ込むな。こんなところにゃたまに遊びに来る程度でいいんだ。いつまでもそのまんまじゃ腐っちまう。新しいことがなんにも無い毎日ってのは本当に退屈だぞ」

 そう言うと、彼はずっと持っていた棒を彼女に向かって差し出す。なんなのかと思っていたら餞別に用意してくれたものだそうだ。

「この杖を持ってけ。軽くて丈夫なロヒニャの木を削って作った。怪塵(ユビダス)を操ってなんでも作れるとは言うても、不意に力が使えなくなることもあるかもしれん。そんな時のために護身具は必要だし、これなら歩き疲れた時の支えにもなる。それに尼さんが杖持ってると偉い人みたいで格好良かろ?」

「わあっ、ありがとうございます!」

 喜んで受け取る。実際、各地区の教会長など高位の聖職者は法杖と呼ばれる杖を持っていることが多い。誤解を招かないよう、この杖はなんの飾り気も無いシンプルなデザイン。それでも憧れていた存在に近付いたようで嬉しい。

(あれ?)

 よく見ると、持ち手のあたりにだけ小さく文字が彫られていた。


“この杖はきっと、未来の英雄が手にしている”


「英雄……? 私が……」

「ええじゃないか、ワシと手を組むならそう呼ばれるくらい活躍してみせい。ところでだ、お主らさっきから普通に会話しとるが、この状況をおかしいと思わんのか?」

 ニャーンの下から仏頂面で問いかけるアイム。どういうわけか自分より背の高い彼女をおんぶしている。というより、させられている。

「え? これから変身するんですよね?」

「そうだ、まさか徒歩で行くつもりじゃないだろ? ワンガニまでだと一番近くの街から馬車に乗っても五日かかるぞ」

「おのれ……」

 二人揃って、何を当たり前のことをという顔で返答。アイムはこめかみに青筋を浮かべつつも我慢した。この数日ですっかり意気投合した二人を相手に一人では分が悪い。彼は弁が立つ方でもないし。

 ニャーンは体を揺らして急かす。

「早く、早く変身してくださいユニティ。この間は途中で寝ちゃったから楽しみです」

「ワシゃ乗り物とちゃうぞ!? ええい、ともかく世話になったなビサック。この礼はまた次の機会にする」

「なら、いつも通り果実酒に合うツマミでも持って来てくれ」

 そもそも礼などいらないと彼は思っていた。アイムからはこれまで数え切れないほどの恩を受けている。

 今回はニャーンにも借りが出来た。

「楽しかったよ嬢ちゃん。久しぶりにアイム様以外とも過ごせて、本当に楽しかった」

「私もです」

 ニャーンも逃亡の旅の最中、ほとんど他人と接触しなかった。こんなに長く話し相手と一緒にいたのは久しぶり。

「この杖、大事にします!」

「大事にしすぎて抱えとっても意味無いぞ。しっかり使ってくれよ」

「はいっ!」

「それじゃあ行くぞ。まったく……なんでワシがこんなことを……」

 ぶつぶつ言いながら歩き出し、ビサックの小屋との間に十分な距離を置くアイム。背中にニャーンが乗っているためなんとも締まらない絵面。

「落ちるなよ!」

「大丈夫、飛べます!」

「あっ!? なら変身後に飛んで乗ったらよかろうが!」

「よく考えたら、それもそうですね。でもこの方が手っ取り早いですし」

「ええい、もういい! そら出発じゃ!」

「ひゃあっ!?」

 下から突き上げる爆風。空高く舞い上げられたニャーンが長いスカートの裾を押さえたまま落下を始めたその時、漆黒の柔らかい毛並みとその下の意外と弾力のある皮膚が彼女を受け止めた。

 山のように大きな狼。驚いた森の獣達が吠え、鳥は大群で飛び立つ。にわかに騒がしくなった。星獣本来の姿に戻ったアイムは首を巡らせ、友を見据える。

『ビサック、無事か?』

 大男は尻もちついた姿勢で小屋の壁にぶつかっていた。

「あいてててて、近くで変身されるとこうなるんだなあ」

「だ、大丈夫ですかー?」

「平気だ! それより嬢ちゃんこそ、あんまり端っこに寄るな! おっこちるぞ!」

「はーい!」

 警告され、素直に背中の中央へと戻るニャーン。桜色の瞳は眼前に広がった光景を見て輝く。


 青い空、流れる雲、遥か彼方まで広がる森、その中を流れる曲がりくねった川。名前も知らない動物が水を飲んでいる。隣にいかにも獰猛そうな獣がいても動じない。水飲み場では争わないルールがあるのだろうか?

 一斉に飛び立ち、旋回して戻って来た鳥達がすぐ目の前を横切る。強い風が吹くと枝葉が揺れ、森全体を波立たせた。


「すごい景色」

『飛んでる時にゃ同じものを見とるだろ』

「そうですけど」

 でも、たった一人で飛んでいた時とは全く別の風景に見える。おかげで先程ビサックに言われた言葉の意味を理解できた気がした。

(同じ景色でも別の誰かと一緒にいれば、世界は変わって見えるんですね)

「さあ行け、達者でな嬢ちゃん! アイム様、守ってやってくれよ!」

『フン、言われるまでもないわ』

 友に見送られ走り出すアイム。途端に高度がさらに上昇する。何故なのかをニャーンはすでに知っていた。アイムは自分の足元に光る円盤を出現させられるのだ。それを足場に空中に立ったり海上を走ったりできる。今は森の木々を守るためそうしたのだろう。

 そして、またあることに気が付き、疑問に思う。

「そういえばユニティ、変身してから元に戻っても同じ服を着てましたよね? あれってどういうことですか?」

 変身する時に人間の姿で着ていた服は当然弾け飛んでしまうものと思っていた。けれど、ここ数日の間に何度か変身した彼の服装にはなんら変化が無い。臭い泥がついて洗濯した直後のみビサックの服を借りて着用していた。格好が変わったのはその一度だけ。

 アイムはこともなげに、予想だにしていなかった事実を明かす。

『ああ、ワシには身体が二つあるんじゃ』

「二つ? つまり、ええと……あの人間の姿も元々の姿、ということですか?」

『少し違う。生まれた時はこの身体だけじゃった。その後で育て親に色々と仕込まれてな。星獣とは星が身を守る必要を感じた時、己の生命の一部を守護者として実体化させたもの。そして実体化を果たした後も根っこは星の命と繋がっておる。だったら同様に生命の一部を切り離してもう一つ身体を作れと言われた。人間と接触するには人の姿にもなれた方が好都合だろうと』

「はぁ……」

『実際この姿より人の姿の方が都合の良いことは多い。必要に応じて使い分けられるしな。二つの身体は一つの≪存在の枠≫とやらを共有していて、いつでも任意に入れ替えられる。紙の裏表だと思えばいい。裏返せば服やカバンなど身に着けていたものも全て一緒に裏へ回る。消えて無くなることも破損する心配も無い』

「えっと……それって、もし私がこのままユニティにしがみついていて、ユニティが人の姿に戻ったら、裏側に行っちゃうってことですか……?」

 想像すると乗っているのが怖くなってきた。

 しかし、その心配はいらないらしい。

『それは無い。裏がどうなっているのかワシ自身にもよくわからんが、巻き込まれるのは魂を持たぬ無機物だけだ。生物は全て弾かれる。さっきもワシが変身する時に吹き飛んだだろう』

「あっ、あれってそういうことなんですね」

 何故変身するたびに爆発的な突風が吹くのかと思っていたが、裏表がひっくり返される際に裏側へ回ることのできないものが弾かれて起こる現象だったのだ。

「不思議な話ですね」

『お主、本当に理解できたんじゃろうな?』

「えっと、たぶん、半分くらいは……」

 目を泳がせるニャーン。するとアイムは見えているかのように嘆息。狼もため息をつくことは可能らしい。

『怪しいもんじゃ。こりゃ座学も必要だな』

「えっ、勉強するんですか?」

『今後のために必要な知識は一通り叩き込む』

「うう、教会で読み書きそろばんくらいは教わりましたけど苦手なんですよね。難しい話を聞くと眠くなっちゃって……」

『ワシの授業中に眠ったりしたら水ぶっかけるぞ』

「シスター・ペパインより厳しい」

 いつも鬼のような形相で叱りつける老いた修道女の顔を思い出す。けして好きな人ではないけれど、それでも元気にしているだろうかと心配になった。もう高齢なのだしあまり頭に血を上らせないでほしい。前みたいに倒れてしまう。

 ビサックのことも恋しくなって振り返る。アイムの脚は早く、とっくにあの森は影も形も見えない。

 でも手の中の硬い感触で思い出す。彼からもらった杖はここにある。

 そして、もう一方の手ではアイムの黒い毛を掴む。相変わらず硬そうな見た目に反して柔らかく心地良い手触り。この星を守る最強の獣のものとは思えない。


「……負けません」


 芽生えた反抗心は今も静かに燃え続けている。どんな過酷な運命が待ち受けていようと負けない。呪われた力でも役に立てると、幸せを掴めると証明してみせる。


「負けません、から……」


 決意は固く、されど瞼は重く、連日の訓練の疲れが抜け切っていなかった彼女はいつの間にか突っ伏して寝こけていた。ワンガニに向かって走りながら嘆くアイム。


『こやつ、ワシの背中をヨダレまみれにせんと気が済まんのか?』

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